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満月の夜  作者: 桐生初
17/27

プロファイリング開始

四人は昼食を摂りながら関係有りと思われる事件をボードに整理し始めた。


 二年前の、太宰と甘粕が覚えていた、浮浪者の胴体真っ二つ事件は、丁度今頃の冬に差し掛かる11月に起きていた。


 多摩川で早朝ジョギングをしていた会社員の男性が川岸に何か浮かんでいるのを発見。

近付いて見た所、男性の下半身である事が分かり、すぐに通報し、警察が付近を捜索した所、少し離れた川岸に上半身が浮かんでいた。

 遺留品は無く、男性は全裸の状態で、顔写真で聞き込みを行った所、この辺りを根城にしているホームレスであることは分かったが、目撃証言などは出なかった。

 柊木も言っていた様に、極度の泥酔状態で、訳が分からない内に、いきなり胴体を真っ二つにされかかり、痛みで流石に覚醒したらしく、暴れ回った様子が見られ、指や手も部分的に切断されていた。

 被害者が暴れたことで、切り口が斜めに曲がってしまったのか、切り初めから3センチ位の所からめちゃくちゃになっているし、断面もかなり汚い。

 凶器は、家庭用で売られている丸鋸と判明しているが、相当数出回っているので、購入者等の割り出しは出来ていない。

 死因は外傷性ショック死で、年齢65歳。

 また、川に捨てられていたことで、かなり洗い流されてしまったらしく、犯人に繋がるようなものも発見されていない。

 爪の間も、本人の垢だの汚れだのだけだった。


 野良猫のスライス事件は、胴体真っ二つ事件の直後から、今年の10月まで起きていた。

 初めの内はゴミ置き場から発見されており、全部で3体。

全て横にスライスされている。

スライスと言っても、今回のに比べればかなりお粗末な代物で、猫の体を三等分にしている程度で、凶器は浮浪者の男性の時と同一の丸鋸。

切り口は男性のものよりはいいが、それでもあまり美しくはない。

残念ながら詳しい検死はされていないが、死因は三体すべて首の骨を折ったことによるものとされている。


 その次から犯行は徐々に進化して行く。


 まず、手持ちの丸鋸でなくなり、今回のスライスしたものと同様の機械で切断し始めたのと、冷凍してからという方法を取り始めている。

今日発見されたスライスの状態にかなり近く、美しくなってきているが、まだ真っ直ぐではないし、横に三等分程度である。

ただ、犯人はそこそこ満足行ったのか、捨てる場所はゴミ置き場から、児童公園の入り口近くと、見せたい欲求が見て取れる場所になってきている。


 これが時間を追う毎に、徐々に上達して行き、凶器を変えた4体めの次の5体目から横スライスが縦スライスとなり、3等分が4等分へと、間隔も同幅に狭くなって行き、遂に最後の五体は、今日のスライスの小型版という出来になっていた。

猫なので小さい為、作業がしやすかったのか、二センチ刻みで測った様な真っ直ぐなスライスとなり、ビニールシートの上に刺身の様に横倒しに並べられてるのも全く同じだった。

 発見場所も、川崎市内の小学校の門前、中学校の門前、高校の門前、美術学校の門前には続けて二回も置かれていた。


 「この自信作が置かれてた場所、なんかあるんだろうな。」


 甘粕が言うと、全員そう思ったらしく、頷いた。


 「そうね。この学校関係、調べてみて損はなさそう。猫はともかく、人間を丸ごと冷凍できて、人目に付かずに作業するって…。やっぱり、現場に死体を運んで来た二トントラックの中でやってるのかしら…。」


 「多分そうだろうな。ああいう機械は音が出るし、2トントラックの中に積んどいて、作業するなら、人気の無い場所に移動して作業出来るしな。でも、冷凍装置の付いたトラックの中じゃ機械が動かねえだろう。2トントラックに載せられて人間が入る大きさのの冷凍庫ねえ。どんなんだ、そりゃ。」 


 太宰が首を捻りながら言うと、夏目が言った。


 「アメリカ映画とかに出てくる冷凍庫とかどうですか。棺桶みてえなの。」


 「あ…、ああ、あれか。あれなら確かに入るな。しかし日本であんなもんどこで手に入る…入る!コストコだ!」


 「コストコ?あの楽しそうなスーパーですか?」


 何故か霞は冷凍庫では無く、コストコに反応している。


 「そうそう!まさしく川崎市のコストコ!毎週家族で行ってんだ!毎回ある訳じゃねえけど、見た事はある!買う奴少ねえだろうし、調べさす!」


 太宰は早速電話し始めた。甘粕はボードを見ている。


 「美術学校の卒業生か、中退したのか、果ては入れなかったのか…。いずれにせよ、これだけじゃプロファイリングしづらいな。ガイシャが分かんねえと…。」


 「そうね…。」


 今回の被害者は女性らしいのだが、スライスされている上、頭部だけは二センチ刻みでスライスされているので、顔すら分からない状態なのである。


 「今の段階だと、犯人は川崎に小学校時代から住んでいる可能性が高く、材木を加工する職種に従事。

なんらかのきっかけにより、加虐性が爆発し、材木で人間を切ってみたくなり、浮浪者に飲酒させ切ってみたが失敗。

野良猫で練習し、自信作をなんらかの意図で自分と関わりのあった場所に置いた。

そして遂に人間でやってみた。

見せびらかしたいところだったけど、一応人目を避ける意識はあり、山の中へ。

でも、この置き方はスライスを自慢している。

人間にしても、猫にしても、なんの躊躇もなくスライスしており、美しいスライスに全精力を傾けている。

それ以外考えていないし、それが彼の快楽の全て。

よって恐らく孤独で、友達も恋人も居ません。

居たとしても、普通の恋愛関係は結べない。

彼の加虐性は人体の切り口を見て快楽を得る為ですから、普段は大人しく、目立たず、注目されない人間です。だからこそスライスを見せびらかすと思われますので…。

2トントラックが作業場だとすると、同居か一人暮らしかの判別はつきかねますが、同居だと、仕事に行っている間にトラックの中を見られる可能性がありますから、いずれにしても、駐車場は借りているのではないかと思われますが…。」


 いつの間にか電話を切ってプロファイリングを聞いていた太宰が言った。 


 「さすが霞ちゃん。これだけでお見事。甘粕、どうだ。」


 「職種が材木加工だとしたら、職場では腕が悪いとか、反応が悪いとか、しょっちゅう叱られてる人物ではないでしょうかね。どうだと言わんばかりのこの置き方といい、無抵抗にしてから行い、苦しむ姿を見て、自己の優位性に浸ることはしない辺りからも、日頃から虐げられ、オドオドしている人物なのではないかと…。」


 「私もそう思います。」


 霞が同意すると、ほっとしたような顔をした。


 「自信を持て、甘粕。裕翔君をプロファイリングで見付けたのはお前だぞ。」


 「はい。」


 霞もにっこり微笑んで頷き、プロファイリングを続けた。


 「親から虐待まで受けていたかどうかは、この段階では判別がつきませんが、あまり大事にされて来なかったのは確かな様ですね。

ずっと虐められっ子。

だから認めさせたい。

自分はこんなもんじゃないという意思表示を感じます。

この犯人の犯行自体も、あまり賢いとは思えませんし、死体をスライスしたいと思うなんていう歪んだ認識からも、そう思われます。

そして十中八九、子供の頃から小動物は虐めていたのではないでしょうか。死体を弄ぶという感じかもしれませんが。」


 「年齢は分かる?霞ちゃん。」


 「そうですね…。人間がカチンコチンに凍るまで待つ忍耐力や、目的遂行の為の準備期間を設けた気の長さからいって、二十代後半から三十代までといった感じではないでしょうか。快楽殺人のピークは大体それぐらいですから。ほっとくと一生やってますけど。」


 「い…、一生ね。早く見付けよう。」


 柊木の検死はまだらしく、先に幸田が来た。


 「ガイシャに付いてた例の繊維だけども。米松の木片だった。恐らく鋸刃に付いてたんだろうな。あの林ん中は米松なんてねえし。米松ってのは、その名の通りアメリカの松で、一般的な構造材として建築材料で使われるそうだぜ。」


 やはり、柊木の言った通り、材木加工用の機械で切断したのは間違いなさそうだ。


 「しかし、いくら凍ってても人間切ったら、掃除が大変だよな?」


 「だと思うぜ。マイ機械持ってんだろうな。で、トラックはいすずの2001年型の2トントラックと思われる。

持ち主洗い出してるが、えれえ台数だ。時間かかるぜ。

ビニールシートはホーセンターなんかで売られてる、建築現場なんかで使われる青いやつな。

量産品で特定不能。

スニーカーもホームセンターで売られてる安全靴タイプ。

やはり購入者の特定は不能だ。

因みにホシの体重は62キロ。」


 林の足跡から計算したらしい。

 四人で拍手すると、ニヤニヤと笑って頭を掻いた。


 「照れんじゃねえかよ。朝飯前だ。それと、スライスした機械だが、かなり昔に製造された、太陽って会社のもんらしい。刃は変えても、微妙な切り口で分かるらしいってんで、職人さんに見てもらってさ。」


 「え…。な…何を見てもらったんだ…。」


 「そりゃ太宰、柊木が撮っといてくれた、凍ってる時の肉の写真と、現物に決まってんだろうがよ。骨には刃の跡があるって柊木が言うから。」


 霞もギョッとなって聞いた。


 「だ…、大丈夫だったんですか。その職人さん…。」


 「おう。吐きまくってた。」


 「かわいそうに…。ちゃんと礼しとけよ?」


 「おう。ピーポー君人形、特大版やっといた。」


 ー喜ぶか、そんなもん…。


と全員思ったが、一応言わないでおいた。


 「ほぼ型番まで割れたから、仕入れ先なんかを特定中だ。一課が本村ほったらかしてやってくれてるよ。内さんなんか『一課の課長は太宰課長だあ!』とか本村の前で言っちゃって、他の奴らも『はい!』とか元気良く返事しちゃってさあ。大丈夫かね。全く。」


 内さんとは、一課の係長で、もう五十になっている内田という男だが、太宰にはよく尽くしてくれていたいい右腕だった。


 「有り難いが心配だ…。」


 「お前さん好かれてたからな。誰が後釜になってもやりづれえよ。じゃ、以上だ。」


 「ありがと。ご苦労さん。」


 柊木はまだ来ない。

 遺体を検死室に入れてからかれこれ3時間は経っている。

 やはり堪能しているのだろうか。


 仕方が無いので、川崎市内と大田区の木材加工業者をピックアップする作業などをしていたが、それも終わってしまった。


 猫の自信作が置かれていた学校関係にプロファイリングの人物が居ないか問い合わせるにしても、まだ少し足りない。


 コストコの冷凍庫の方も、年代が定まっていないので、ここ二年間ということにしたら、かなりの数に上ってしまったらしく、届いた購入者リストを四人で手分けして、氏名と住所から職業を割り出す作業をしていたが、今のところ、金持ちや外国人など、さもありなんという人物しか購入していない。


 「う~ん!無い気がする!」


 飽きて来たらしい太宰が言うと、甘粕が珍しくたしなめもせずに言った。


 「課長、このリスト、カードで購入、あるいは現金で買っても配送して貰っている人達ですよね?」


 「そうだな…って、あ、そうだよ。2トントラックを先に仕入れてたとしたら、自分で持って帰れるんだもんな。それじゃ、これは直接コストコの店員にホシが割れてから聞くしかねえな。つーことで、この作業終了ね。」


 夏目と霞は苦笑し、甘粕はまた頭を抱えている。


 「しかし柊木遅えなあ。」


 「きっと一枚一枚、楽しんで検死なさってるんですよ。」


 霞が思い出し笑いをしながら言うと、太宰は急に苦悶の表情になった。


 「ーだろうな…。」


 甘粕と夏目が苦笑したところで、突然通路をドタバタと走ってくる音がし、柊木が飛び込んで来た。


 「だっざ~い!一大事だあ!」


 「なんだ!どした!」


 何事かと血相を変えて立ち上がると、柊木は悲しそうに答えた。


 「一枚足りねえんだよお!」


 「はっ!?番町更屋敷じゃあるめえし、何が一枚足りねえんだ!?」


 「バカっ!切り身の一枚に決まってんだろうがよ!」


 端から聞いていると笑ってしまう様な会話だったが、霞は真顔で聞いた。


 「戦利品に取ったんですよ。どの部分ですか。」


 柊木は手を刀の形にし、左目の真ん中に立て、下にスーッと引いて行きながら答えた。


 「この部分。丁度左目のど真ん中。確かにここが一番上手く切れてるぜ。」


 「まるで芸術家気取りですね。」


 夏目が言うと、甘粕と霞がはっとした顔で夏目を見た。


 「そうだよ!夏目、でかした!」


 「は…。」


 「霞さん、ホシは芸術家志望だったんじゃないですか。でも、恐らく作風がグロ過ぎてあの美術学校では受け入れられなかったし、芸術系の就職も出来なかった!」


 「私もそう思ったの!それで、猫の自信作は二回も美術学校に置いてるのよね!」


 「プロファイリングはほぼ固まったな!冷凍庫と材木加工工場の調べは一課に任せて、小学校、中学校、高校、美術学校と手分けして聞きに行こう!で柊木、検死結果は?」


 「おう。血中から大量のアルコール。泥酔状態。

死因は平たく言やあ凍死。

酔っ払って眠ってる間に冷凍されちまったって感じだろうな。

よって、死亡日時はよく分かんねえが、仏さんは女性。推定23歳。

所持品も無えし、歯はボロボロになっちまってるから、歯形の照合は出来ねえしな。

血液型はA型。DNAはヒット無し。

つまり前科無し。

全くもって身元不明だが、聞き込み行くなら、これ持ってくか?

とりあえずスライスくっつけて、左目の二センチは無え状態だが、顔写真撮ってみたからさ。

少々不気味だが、無いよかいいだろ?」


 少々どころではない。かなり不気味だ。

 二センチ刻みで切り込みが入っているし、左目部分が抜けている。


 「ひ…柊木…一般人にはとてもじゃないが見せられん…。科捜研持ってって、もう少しマシな状態にしてもらってくれよ…。」


 「アホンダラ。そりゃお前らの仕事だろ?こんだけでも有り難いと思えよ。」


 「はいよ…。で、レイプなんかは?」


 「多分無えな。ホシのDNAも無えよ。外傷も無し。因みに仏さんの身長は156センチ。体重68キロ。ま、デブだな。」


 犯人の体重は62キロである。どちらかと言えば、小柄な男と思われる。ターゲットとして選ぶなら、もう少し小柄な女性の方が楽なはずだ。この女性を選んだのには意味がありそうである。


 「彼女である必要があったんですね。だから大変でもスライス一号にした。関係者である可能性が高いですから、この写真は必要です。課長。」


 「それは分かるけども、霞ちゃん…。これ見られるもんに加工してもらわないとだよ。このままは持って行けないよ?」


 「んな事言ったって、加工すんのに何時間かかるんですか?大丈夫ですよ。私平気だもん!」


 ーそりゃあなたは一般人でないもの…。


 太宰の心の声が聞こえたかの様に甘粕はクスっと笑うと、写真を取り、走りながら言った。


 「科捜研の坂口に頼んでみます。あいつなら30分以内で出来ますから。」


 思わず甘粕の背中を拝んでしまってから、太宰が言った。


 「じゃ、霞ちゃん、プロファイリングまとめて。」


 「はい。犯人は小学校時代から特殊な芸術世界を持ち、周囲に否定され続けてきました。

恐らく背徳的なもので、不快感を催す、教育的指導が必要な類いの残酷なものであったと推測されます。

猫の完成品スライスを学校の門前に置いたのは、明らかに、どうだ、参ったかという犯人の主張に他なりません。

しかし、あまり知能は高くなく、自分の芸術世界を曲げる気は全く無いので、芸術関係の就職は出来ず、止むなく木材加工の職人となったと思われます。

この一見関係が無いと思える選択から、恐らく親の縁故などによる就職だったのではないかと推測されます。

二年前に何かのきっかけで、人間を切断してみたいと思い、実行に移したが思う様に行かず、練習を重ねて上手くなって行ったところを見ると、すごい執念を感じますし、犯人にとって人間のスライスは、至高の芸術と信じて止まず、犯罪であるという認識は薄く、罪悪感などまるでありません。

戦利品の保管はトラックでは無く、自宅。

いつも見られる場所にある。

従って一人暮らし。

犯行を2トントラックで行っている事を考えると、一軒家である必要は無い。

そして、戦利品の保管と素材となる人間の冷凍は別の冷凍庫と思われますので、課長…。」


 「冷凍庫、二つ買った人間という事だね?一課に連絡入れとく。」


 「お願いします。

住所は子供の頃から一人暮らしをするまで、住んでいたのは川崎でほぼ間違いはないかと。

猫のスライスが置かれていた小学校、中学校の学区内だと思われます。

現在も川崎かどうかは逆に怪しくなってきましたが、ただ、他の失敗作の猫が全て川崎市内のゴミ置き場や公園だったので、川崎という線が濃厚ではないかとは思います。

仕事を持っているのに、ちょこちょこ行けるという事からも、川崎、大田区は生活圏には違いないかと。」


 霞のプロファイリング中に電話を受けていた夏目が報告した。


 「死体が置かれていた大体の時間が聞き込みで判明したそうです。午前2時から3時の間だろうという事です。」


 それに伴い、柊木も言った。 


 「現場に行った時の仏さんの解凍状況からみて、冷凍状態が解除されたのは、9時間位前だ。2時から3時に置かれたんなら、11時位にスライスし始めたって事だな。」


 「奥多摩から川崎、あるいは大田区まで空いてれば1時間位か?」


 太宰が聞くと、運転していた夏目が答えた。


 「2トントラックだと、あまり飛ばせないでしょうから、もう少しですかね。1時間半から2時間かな。」


 「なるほど…。夜中の内に済むから仕事には影響無しと…。」


 「あのう、トラックの荷台って、エアコン効くんですか?。」


 「いや、荷台だから基本的に付いてな…。」


 霞に答えかけた夏目は、言いかけたまま柊木を見た。


 「先生、作業中溶けてきたら?」


 「そりゃ切りづれえだろ。」


 「霞さん、という事をおっしゃりたいんですよね?」


 「はい。」


 「課長。冷蔵装置の荷台が付いてるかもしれませんね。」


 「そうだな。一課に付け足して…。」


 「俺行ってきます。」


 夏目は言ってる側から走って行ってしまった。

太宰も追いかけ、夏目が伝えた後、内田に付け足す様に言った。


 「ホシの経歴は恐らく川崎美術専門学校の卒業生ないしは中退者だ。念の為伝えとく。」


 「はい。頭入れときます。」


 本村がこめかみ辺りに青筋を立て、不機嫌そうな顔でコートと鞄を手に帰り支度という体で太宰の所に来た。


 「困りますよ。こっちのヤマはどうなるんですか。」


 「4〜5人貸してくれりゃいいよ。」


 「全員かかりっきりなんですよ。」


 「なのにお前帰んのか。まだ定時前だぜ。」


 「仕事になりませんから。」


 太宰も夏目が見た事が無い殺気立った不機嫌な顔で、本村を睨みつけている。


 「じゃあ仕事させてやるよ。内さん、5人集めて5課に来てくれ。」


 「え…。課長、そりゃ難しいっすよ。みんなやりたがってます。」


 「気持ちは有り難いが、お前らは一課の仕事しないと。本村の為じゃなく、一課のプライドとしてやってくれ。5課の仕事は飽くまで手伝いの範疇で頼む。五人だけじゃなく、全員が手伝ってくれてんだと、俺はいつも思ってる。」


 全員に言うと、本村にはしない気持ちのいい返事が返って来た。 


 「本村、お前も出世考えんなら部下に従って貰える様、もう少し考えろよ。このままじゃ一課は空中分解だ。じゃ、内さん待ってる。」


 「はい、すぐ行きます。」


 そして去り際くるっと振り返り、本村をギロリと睨んで言った。


 「つー訳で帰らねえで仕事しろ。部下が仕事してる時、課長も仕事すんのが当たり前だ。」

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