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満月の夜  作者: 桐生初
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前代未聞スライス事件

福井の事件から数日経ち、全国から送られて来る未解決事件の資料や、動物の変死、動物、人間を問わず、体の一部分が発見されただけの未解決事件等の資料が集まり終わり、整理も終わり、いよいよ、霞がやろうかと言っていた、一家惨殺事件に取りかかろうとしていた頃だった。


 電話が鳴り、夏目が出たが、仏頂面の不機嫌そうな顔で応対している。


 「はあ?レアな死体?なんですか、それは。生っぽいんですかあ?」


 まるで馬鹿にしているかの様な口調である。


 死体というのは、生っぽい状態で発見される事の方が 多いのだが…。


 「はあ。分かりました。伺います。」


 電話を切り、太宰に報告する。


 「奥多摩山中で変わった死体が発見されたので、五課で宜しくと、一課の本村課長からです。」


 「本村ね…。殺しなのに、いきなりこっちに回してくるとは、なんか裏がありそうだな。」


 四人で警察車両に乗り、奥多摩に向かった。

 本村というのは、現在の捜査一課の課長である。刑事部長お気に入りのキャリアの男で、まだ三十そこそこだが、太宰の後釜に座った。太宰が課長をやっていた頃、一課の内情を逐一刑事部長に報告する腰巾着の様な男で、太宰とも甘粕とも反目しており、捜査員達にも嫌われていた。刑事部長の鶴の一声で課長に収まった様だが、上手くやれているかは、甚だ疑問である。


 「夏目、本村なんて言ってきたんだ。」


 「大変レアな死体なので、そちら好みなんじゃないかと思ってねえ…と、大変嫌みっぽくおっしゃっていました。」


 「それであの受け答えか。面白いやつだねえ、お前さんも。」


 夏目という男、知れば知る程ドS臭がする。



 現場に到着すると、現場に先に到着していた捜査員達は全員道路の方に出て、吐いてる者も居れば、踞っている者もありという感じで、死体は相当凄まじい状況であることが見て取れた。


 「どしたあ?」


 顔見知りの一課の捜査員に声をかけると、今吐いていましたという青い顔で答えた。


 「すいません…。あんまり凄いんで、本村さん話聞いただけで嫌がっちゃって、太宰課長の方に…。」


 「お前が謝んなくていいよ。で、そんなすげえの?」


 「はい…。もう…。俺、刑事辞めたくなりました…。」


 「んな事言わないで。みんなちょっと休んでろよ~?」


 出て来ている捜査員達に声をかけ、現場に足を踏み入れた太宰は、死体の前に陣取って、背中からハートマークでも出ているかの様に、嬉しさが滲み出ている白衣の後ろ姿を見て、首を横に振った。


 その人物は、くるっと振り返り、太宰を見ると、喜色満面で言い放った。


 「だっざ~い!見事なスライス!」


 「スッ…スライス?どういうこったい!」


 柊木に注意するのも忘れ、そう言いながら近寄って死体を見た太宰は、そのあまりの状態に、長い刑事生活で初めて気分が悪くなった。


 霞を庇うように隠すと、霞は言った。


 「大丈夫です。見せて下さい。」


 「いや、でも本と凄いよ。」


 「大丈夫です。」


 言い張るので、心配しながらも避け、四人で死体を覗き込む様に見た。

 その死体は、5センチ間隔に、縦に、まさしくスライスされており、刺身の様に斜めに横倒しにされ、ビニールシートの上に広がっていた。


 「流石の俺でも、今んとこ死因はわかんねえ!」


 「わ…わかんねえだろうな…。そりゃ…。」


 「何で切断してんでしょうね。」


 甘粕が聞くと、柊木は断面を見ながら言った。


 「丸鋸みてえなのには違いねえんだが、切り口が素晴らしく美しいぜ。本と真っ直ぐ。測ったみてえに。見える?甘粕。この芸術的とも言える切り口。」


 「う…うん…。確かにきれいな切り口ですね。」


 「そうなのよ。しかも迷いも無くスパッと一気に切ってっからな。材木加工の、なんかほら、あんじゃん。台の上で木滑らせて、があ~っと切るやつ。ああゆうんじゃねえかと思うんだが、にしたって、木だって素人にゃあ真っ直ぐ切れねえぜ。まあ、職人だろうな。それと生じゃここまで切れねえだろう。状況から見て、多分凍らせてやってた。ほら、ここ見てみ。まだ半分凍ってんだろ。」


 確かに柊木の指差している肝臓だか何だか分からない部分は凍っている。


 「柊木…。2年位前に胴体真っ二つの死体が多摩川べりで発見されなかったか?」


 「おう。あったな。」


 それなら、先ほど整理していたデータベースの中にもあった。


 「あ、あれですね。大田区側の多摩川の川岸に、投げ捨てられたかの様に放置されていたという…。」


 霞が言うと太宰が頷き、甘粕も言った。


 「あの一件は何の手掛かりも無いまま、ガイシャの身元だけが判明。浮浪者だったという事で、進展無し。あれ一件だけで、その後は類似の事件はありませんでしたね。」


 霞は何か考えながら柊木に聞いた。


 「これだけのスライスを作るには、練習が必要ですよね?」


 「だな。ーて事は、あの胴体真っ二つは練習の失敗作かい?お嬢ちゃん。」


 「の様な気がしますが。」


 「確かに真っ二つの方は、切り口も曲がってるわ、ギザギザだわ、あんまいい出来じゃなかったな。ガイシャの血中アルコール量は泥酔状態。酔っぱらってる内に胴体切られて、痛みで目が覚めて暴れたんだろうな。指とかまで切れてたもん。切り口の生体反応アリだったし。多分そんな感じ。」


 「あ…。」


 夏目が思い出した様子で言った。


 「そういやさっき来たデータの中に、都内では無く、川崎でしたが、動物がスライスされた事件が、二年程前から起きている報告書がありましたね。」


 「人間で失敗したから、創意工夫の上、動物で練習して、本命の人間でやったのね。」


 柊木に他に無いかと聞いたが、


 「うるせっ!今堪能してんだよ!結果出たら、嫌という程説明してやる!大体このスライス、もう解凍されてきちまってるから、落とさねえように運ぶのも大変なんだ!ほらあ!気を付けろ!」


 確かに助手は、二人掛かりでズルズルと滑るスライスを一枚一枚ビニールシートに移し替え、運んでいるが、段々持ちづらくなってくる様で、さっきから何度も落としそうになっている。


 「分かったから…。頼むから堪能とか言うなよ…。」


 「だって太宰!こんなの一生の内にお目にかかれるか、かかれねえかだぜ!」


 「そりゃそうだけどもさあ!普通、お目にかかりたくねえもんなのよ!」


 「相変わらず分かんねえ奴だなあ…。太宰、不謹慎とか人にどう思われるかとかとっぱらってみなって。すげえと思わん?」


 「そりゃすげえと思うが…。」


 「なっ!」


 ニカッ。爽やか過ぎる笑顔。


 「だから、俺を仲間にすんなああああ~!」


 「遠慮すんなよ。同級生のくせに。」


 「遠慮してねえええ~!」


 太宰は息を切らせて三人に向き直った。

 三人共、必死に笑いを堪え、肩を揺らしている。

 太宰は三人の笑いが気になりつつも、どうにか気を取り直し、課長らしく言った。


 「と…、ともかく。川崎と大田区は川挟んで隣だしな。署に戻って二年前の真っ二つ事件と動物スライスと合わせてプロファイリングしてみよう。」


 四人が動き出したところで、鑑識班班長の幸田に会った。彼もまた鑑識分野でのマニアである。


 「足跡発見。二十五センチのスニーカー。現在メーカー割り出し中。仏さんに繊維が付着って柊木が言ってたから、それは後で分析する。で、足跡だけども、こっから…。」


と言いながら歩き出したので、付いて行く。


 「ここまで。で、ここ。車のタイヤ痕。タイヤとタイヤの間測ったら、二トントラックだった。タイヤ痕からメーカー等は照合中。因みにここまで車で入ると、タイヤに土が付くから、この一帯の道路、車に轢かれそうになりながら追跡してみた所…。」


 流石鑑識マニアである。


 「残念ながら、山から降りて、右に曲がったところで全部無くなっちまってた。」


 「右に曲がると、高速か…。」


 甘粕が呟いた。


 「犯人はこの近所に住んでない事が分かると…。つまり、川崎や大田区に住んでいる可能性も出て来たという事ね…。」


 「そうだな。どちらにしても、ここからはかなりの距離だ。」


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