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満月の夜  作者: 桐生初
14/27

ひと段落で一休み

甘粕は夏目と共に安田邸を訪れ、事件の報告をしていた。


 「有り難うございます。」


 両親は涙を零しながら頭を下げた。


 「法改正のお陰で、十五歳以下でも刑事裁判で裁かれますし、福井は精神病質という異常者ではありますが、心神喪失ではないので、きちんと法の裁きを受けます。自身の家族を含め、十二人を殺してますし、検事は森さんという鬼検事で、極刑を求めるとおっしゃってます。」


 甘粕が説明すると、母親は安田少年の遺影を抱きしめて言った。 


 「良かったね…。裕翔…。」


 福井悠斗と奇しくも同じ響きの名に、甘粕も夏目も複雑な思いがした。


 黙っていた父親が、甘粕に話しかけた。


 「その精神病質というのは、治らないんですか。」


 「完治は難しいと言われています。」


 「どういうものなんですか?反省するとか、そういう気持ちは生まれないんですか。」


 「真に心からというのは、難しいと思われます。」


 「そうですか…。」


 「どうかなさいましたか。」


 「いえ…。人間生きているほうが死んでしまうよりも大変です。裕翔の死を知り、私達も実感しています。だからもし、罪の意識があるのなら、無期懲役で永遠に苦しみ続けてもらったほうがと思ったもんですから…。」


 「あなた…。同じ空気を吸ってると思うだけで、気が狂いそうよ…。」


 「そうだね…。本当だ。反省も罪悪感も無い、そんな人間じゃない様な奴、さっさと死んでほしいな。」


 「ええ…。」

 


 甘粕と夏目は、安田邸を辞すると、秋の空を見上げた。


 「今日は晴れてんなあ。」


 「そうですね。」


 「安田君のご両親は…なんとかやっていけるかな…。」


 「お辛いでしょうが…、意外と大丈夫そうな気がしました。ご夫婦仲がいいから。」


 「うん…。」


 「ところで甘粕さん。」


 「なんだよ。」


 「霞さんとはどうなってんですか。」


 バッと真っ赤な顔で夏目をみると、やっぱりニヤリと笑っている。


 「だから何も無えよ!」


 「泊まったんでしょう?」


 「行きがかり上な!」


 「何も無し?」


 「無し!」


 「進展は?」


 「無し!」


 「好きなんでしょう?かなり本気で。なにやってんですか。いい年して。」


 「うっ…。うるせえ!帰るぞ!」


 車に乗ると、まだ赤い顔のままで、話を反らすべく夏目に聞いた。


 「筆跡鑑定、一週間かかるって話じゃなかったか。」


 「せっつきに行ったら、なんか古そうなシステム使ってたんで、親父のトコ持ってったんです。あそこなら早く出そうだから。」


「親父さんの所ってなんだよ。」


「内調です。」


 「な…、内調?!夏目の親父さんて、内調の人なのか!?」


 「はい。禁じ手でしたか?」


 「いいのか…。そんな事に使って…。」


 「親父は渋々、国民の生命に関わる事だからいいかとか、なんとか自分を納得させようとしてましたが。」


 「おいおい…。あんま使うなよ?」


 「はい。」


 にっこり。

 嘘だと甘粕は思った。



 その頃、太宰課長は電話だというのに立ち上がり、敬礼までしていた。

 警察庁長官自ら電話をかけて寄越した上、褒められているからだ。


 「よくやってくれた。今後も宜しく頼む。期待しているよ。」


 「は!有り難うございます!」


 「都内の迷宮入り事件資料をそちらにデータ化して、全て送らせる様手配しておいた。また頑張ってくれたまえ。」


 「はい!」


 今度は米搗飛蝗の様にペコペコと頭を下げながら礼を言い、電話を切ると、どっと疲れた顔で椅子にドサッと座った。


 「ああ、吃驚した。いきなり警察庁長官自らってのもなあ…。」


 霞が不思議そうな顔で言った。


 「佐藤長官ですよね?よく森のうちにお酒飲みにいらしてましたけど、気さくなおじ様ですよ?」


 「か…。霞ちゃんちは特殊なのよ?俺達一般刑事にしてみたら、一生のうち会うか会わないかの雲の上の人なのよ?」


 「はあ…。そうなんですねえ…。」


 甘粕と夏目が帰って来た。


 「お疲れさん。」


 太宰も先ほど、霞と一緒に遠藤京子や室井教諭の自宅に行き、報告を済ませて来ていた。

やらない人間も居るが、太宰はやる。

甘粕もやらずには居れないのでやっている。


 「あの、霞さん。」


 夏目が全員にコーヒーを配りながら声をかけた。


 「はい。」


 「福井が大人だったとしたらどうでしたか。」


 「非常に難しかったかもしれません。

自意識過剰な性格のお陰で、多少の穴はあったかもしれませんが、あんな単純な怒らせ方で自供は引き出せなかったでしょうし、証拠や監視カメラに姿を残したり、Suicaで履歴が残るような事もしなかったでしょうしね。

まだ子供だから、証拠も全て残っている状態で逮捕できたのではないでしょうか。

仮に大人だった場合も、証拠は残っていたかもしれませんが、自供はかなり難しかったかなと思います。」


 「ーでも、大人でも居るんですよね?」


 「そうですね。アメリカでは25人に1人は居ると言われていて、犯罪を犯していない一般人でもサイコパスである人間は居ると言われています。

東アジア諸国では0.1%前後と言われていますから、数は圧倒的に少ないです。

ただ、犯罪の欧米化もしてきていますし、徐々に増えている様な感触はありますね。

後になって研究してみると、サイコパスだったという犯罪者もいますし、調べると、実はもっと居るかもしれません。」


 「恐ろしいな…。福井の大人版なんて…。」


 夏目の呟きに、全員深刻な顔で頷いた。

 そういう者達を相手にするのがこの課である。


 「ん~、でも俺はこのメンバーならやって行けると思う。甘粕も夏目も独自の判断で動いてくれるし、犯罪心理のスペシャリストの霞ちゃんに、ちゃんと勉強して来た甘粕。夏目もよく勉強しておる様だし、大丈夫だ、うん。」


 そう言って、人の良さそうな童顔の笑顔になる太宰をみると、なんだかそんな気がしてくる。


 「あ~、でもほっとした。いきなりこの快挙。しかも長官から金一封まで出る出来。この調子でガンガン行こうぜ。」


 ふんぞり返って笑う太宰に、頭を抱える甘粕。


 恐らく太宰のプレッシャーは相当な物だったと思う。

 甘粕が入ったことで、それはより強い重圧となったはずだ。

 1課時代もそうだったが、部下思いの上司の鏡のような男である。


 ーが、甘粕は知っている。

 そんな重圧に耐え続けながら、太宰はストレスで病気になる事も無く、眉間に皺の一つも出来ていない理由を。


 太宰は突然、その苦悩にも重圧にも飽きるのだ。

 正確に言うと、苦悩している自分に飽きる。

 勿論、ほっぽり投げて、無責任になる様な事はしないのだが、やるだけやったら、後はなるようになると、突然馬鹿の様な楽天主義になり、重圧だのプレッシャーだの、忘れ去ってしまうのである。

 忘れ去ってしまうのが凄いと甘粕も呆れるを通り越して、感心してしまうが、大体においてそうなのである。

 そんな太宰の口癖は『なんとかなるよ。』である。

 どんな難事件にぶつかっても、見ているだけでも分かる位苦悩し、自ら率先して働きまくり、それでもどうにもならない時、突然そう言う。

 しかし、結果を見ると、どうにかなっているので、太宰は皆を慰め、励ましているだけで、本当は人知れず重圧を一人きりで背負っているのだと、部下達は思う。

だから課長の為になんとかしようぜ!となっている。実際、甘粕も、太宰の飽きっぽさに気付く前はそう思っていた。


 しかし、しばらくしてどうも違うと思い始めた。


 ある事件の時、捜査が行き詰まり、なにをやっても容疑者も目撃者も見つからないということがあった。上からもマスコミからも批判の嵐。太宰もいつも通り率先して聞き込みや調査に当たったが、なんの進展も無いまま十日が過ぎたある日の事、太宰は突然言った。


 「あ~!もう嫌んなってきた!」


 確かに嫌にはなる。

 足を棒にして、靴をすり減らして歩き回っても何も出ないのだから。 

 しかし課長という立場でそれを言っていいのかという話である。

 そして太宰はいつもの様にカラッと笑って言った。


 「大丈夫、大丈夫。何とかなるよ。気楽に行こうぜ。もう聞き込みも飽きたし、全然別の事をやってみよう。えーっと、えーっと…。そうだな…。」


 ー聞き込み飽きたってなんだ!?


 居並ぶ捜査員達は、全員そう思ったに違いない。

 全員で呆然と、ボードのあちこちを見ながら考えている太宰を見守った。何の方針も無く、思いつきで言っている事は、誰の目にも明らかだったが、太宰の言葉の続きを待つしか無い。


 「ーそうだ!遺留品と鑑識結果、もう一度よ~く見直そう!検死も川端先生じゃなくて、柊木にやり直してもらったら、何か出るかもしれないし!よし決まり!柊木に言ってくる!というわけで今日は聞き込み無しね!」


 その大幅な方針転換のお陰で、事件はほとんど奇跡的に解決した訳だが、太宰が病的に飽きっぽいということを、甘粕はその時に知った。


 だから今回も、甘粕の将来と五課の命運、ひいては自分の進退という重責を背負っている事に飽きたのだと、甘粕には分かったのである。

 甘粕の隣の席の霞が、それを分かったかの様にクスクス笑っていた。


 「かわいいよね。課長。」


 「ははは…。」


 もう笑うしか無い甘粕に微笑むと、霞は上機嫌の太宰に全く違う質問をした。


 「お子さんいらっしゃるんですよね?」


 太宰は嬉しそうに頷くと、話し始めた。


 「全部女の子なんだ。名前は上から、きなこ、あずき…。」


 夏目が手を挙げた。


 「待った。三番目当てます。だいふくだ。」


 「違うよ!そんなの名前に付けるかい!」


 「ああ。原材料系なんですね。じゃあ、くず。」


 「くず!?くずなんて名前付けたら、ぐれちまうだろ!完成品だ!」


 夏目は明らかに太宰をからかっている。

 このふてぶてしさがなんとも面白い男である。

 甘粕と霞が大爆笑している中、二人の掛け合いは続く。


 「三番目の子だけ完成品なんて可哀想に…。じゃあ、薄皮とか?」


 「薄皮ってなんじゃい!」


 「薄皮まんじゅうですよ。それとも温泉?」


 「お前、太宰温泉饅頭って名前、声に出して言ってみな!温泉土産の商品名になっちまうよ!」


 甘粕が笑いすぎて涙を浮かべながら言った。


 「もなかちゃんだよ。課長も早く言えばいいのに。」


 「だってえ!」


 「なんでですか。和菓子好きなんですか。」


 「まあ、好きなのもあるけど。可愛いかと…。」


 霞が同意すると、機嫌も直り、またにやけだす。

 相当な子煩悩の様である。


 「おいくつなんですか。」


 「上から十三歳、十歳、六歳よ~ん。写真見る?見る?」


 「は、拝見させていただきますわ…。」


 太宰の財布から取り出された写真を見た霞は、思わず笑みをもらした。


 「わあ、お世辞じゃなく、本当に可愛い。課長に似てらっしゃいますね。課長、女の子だったら、こんなに可愛かったんだ。」


 「そう…。小さい頃は美少年と言われておったのだが、大人になって間延びしたら至って普通のご面相に…。」


 「課長、普通じゃないですよ?可愛い感じします。おじさんぽくないし。」


 「そーかしらん…。てまあ、別にオッサンになって顔の作りがどうこうっつーのはあまり思わんが…。」


 「奥様とは、どこで知り合われたんですか?」


 「大学。所謂合コンてやつよ。最近の子はやらんようだけども。」


 「へえ。課長から?」


 「いや。カミサンからーって、甘粕、夏目!何故吹き出す!こう見えて俺はモテ男だっ…爆笑すんなああ!」


夏目は、会話しながらも、甘粕と一緒に、未解決事件のファイルを見ていたらしく、突然質問した。


「柊木先生は、監察医の中でも、群を抜いて、丁寧な検死報告書を出してらっしゃいますね。」


顔を真っ赤にして怒っていた太宰が、急激に顔色を無くし、虚ろな目で答えた。


「ありゃあ…、マニアだよ…。変死体が3度の飯より好きっつー変態だ。」


「そう…なんですか…。」


「そうなんだよ…。参るよな、現場であんな嬉しそうな顔しちまってさあ…。」


甘粕が笑いながら答え始めた。


 「課長が首絞めた検死官は、柊木先生が最初で最後でしょうね。」


 「全くだあ。」


 「何があったんですか?」


 霞が楽しそうに聞くと、太宰が渋々話し始めた。


 「甘粕の初日だったんだよな、あれ。

ヤクザの親分が殺されたって通報で現場行ったら、すげえの、本と。

日本刀で首バッサリの腹バッサリ。

内臓とか血とか、ドバドバ出ちまってる中、犯人のヤクザも腹切って自殺してて、また内臓がドチャッと。

内臓二人分で、甘粕以外、ほとんどの人間が吐いたり、気分悪くなったりしてるっつーのに、あの男…。

背中から、音符かハートマークでも出てるぜって勢いで、嬉しそうに内臓仕分けしてんだよ。

『こっちの腸、多分組長のだぜ!』とか指示出しながらさあ。

挙げ句の果て、俺の顔見た途端、『すげえよ、だっざーい!これ見てみ!コイツ、本とに腹切ったのが死因だぜ!見ろ、この鮮やかな切り口!流石日本刀だな、おい!』とか、俺と喜びを分かち合おうとするから、居並ぶ組のヤクザ共が、ドス抜こうとしちまうし、もう頭来て、首絞めちまったよ。」


 言葉を失う夏目の横で、霞は楽しそうに笑った。


 「面白い方ですね。」


 「いや、面白くねえのよ、霞ちゃん。大体、どーして高校の同級生ってだけで、俺はあいつと変死体の喜びを分かち合わんとならんわけ?俺には変死体の良さなんか、全然分かんないわよ?」


 「でも…、キャリアを捨てて、一課の課長さんであり続けていらした。そんな物凄い死体をご覧になっても、平静でいられた。やはり、仲間なんじゃ?」


 つまり、太宰も変わり者だと言っている様である。


 霞は可愛い笑顔でそう言った。


 「仲間にしないでくれよおおお~!」




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