対決1
一方、夏目と霞は取調室に入るなり、悠斗が怯える演技を始めるのを見ていた。
「あの…、どういう事なんですか。叔母さんは…。」
「叔母さんは児童虐待容疑で取り調べられてる。十三歳未満の子供との性的な関係はわいせつ行為とみなし、理由の如何を問わず、法律で罰せられるんでね。」
太宰から逐一入る連絡で、里子との最初の性交渉は十二歳の時と判明している。
夏目がそう言うと、可愛い作りの顔を最大限に利用して、すがる様な目で夏目を見て言った。
「違います。叔母さんと僕は愛し合っているんです。僕が十八歳になったら、結婚するつもりでいます。叔母さんは悪くありません。」
心証を良くして、襤褸が出ない内に釈放させる腹づもりらしい。
夏目が巡査当時に見ていた、邪悪な傍若無人ぶりは、ごまかせると相当な自信があるのか、影も形も無い。
「君のDNAだけど、ベットのシーツの他に妙なところから出て来たよ。」
霞はずっと観察していて、揺さぶりをかけているのは、打ち合わせ通り夏目だった。
「え…?」
「安田裕翔君。遺体が発見されてね。彼の指の間から毛髪。爪からは皮膚片。共に君のDNAと合致した。どういう事なのかな?」
悠斗は無表情に黙り込んだが、握りこぶしがかすかに震えている。
夏目は打ち合わせ通り、矢継ぎ早に言った。
「室田先生の机から出て来た大量の原田美咲のヌード写真も、君のデジカメからPCに取り込み、プリントアウトした形跡があるのがさっき分かった。
原田美咲からのラブレター、君が遺書の文面と筆跡を練習した紙も君の愛する叔母さんの部屋から出て来た。
原田美咲の遺書も、左利きの人間が書いたものと判明した。
君は左利き。
君の部屋には爆薬関係の本が多数。
それに爆弾の材料。
PCからはそれらの材料の購入履歴。
これ、どうするつもりだったんだ。」
悠斗が微かに舌打ちをした。
「まあ、叔母さんが何もかも正直に話してくれてるみてえだけどな。」
流石に悠斗の顔色が変わった。
この期に及んでも、里子は裏切らないと思っていたのか、悠斗の幼児性が見えた様な気がした。
「弁護士を呼べ!弁護士が来なきゃ何も話さない!金はあるんだ!国選なんか寄越すなよ!」
二人はとりあえず取調室を出て、観察室に入った。
「どうしますか。」
「そうねえ…。あんまり下手っぴでもフェアじゃないから、適当にいい感じの弁護士さんでも呼びましょうか。私の兄のお友達で、私も知ってる人が居ますので。」
霞はメモに連絡先を書き、警察官に渡し、夏目と里子の供述状況や、甘粕の調べの報告を聞き、また取調室に入った。
「弁護士さんが来るまで、私と雑談でもしてましょうよ。」
悠斗は返事もせず、ギロリと霞を睨んだ。
もう演技の余裕は無いらしく、素が出ている。
その目は、優等生でもいい子の可愛い少年でも無く、平気で人を殺して来た邪悪で狂気の光を宿した目だった。研究の為、数々の凶悪犯に接見してきた霞には見慣れた目でもあった。
「そうねえ…。ご両親とか、弟さんの事とか。」
「…。」
「好きだった?」
「別に。」
「嫌いだった?」
「別に。」
「じゃあ…、邪魔だった?」
「当たり前だろ。うるせえ事ばっか言うし、弟はマトモじゃねえし。」
追い詰められたと感じ、破れかぶれになったのか、随分と正直な物言いをする。
「私から見ると、弟さんはマトモで、君の方がマトモじゃない気がするけど。精神病質なんて病気だし。」
悠斗が病気というフレーズに激高する事も太宰が聞いた側から知らせてくれている。
悠斗はそのワードを聞くなり、ガッと立ち上がり、霞に襲いかかろうとした。
夏目が押さえ込んだが、怒鳴り散らして暴れている。
「俺は病気じゃない!病気なんかじゃない!」
霞が出て、悠斗が落ち着いた所で夏目も出た。
「病気に過剰反応、本とですね。なぜですか。」
「精神的な病気で、病院へというフレーズは、彼のプライドを著しく傷つけるのかもしれないわ。弟さんは、ダウン症で、知的障害。精神病とは全然違うけど、彼の中では同じ、頭がおかしいという括りなのかもしれないわ。弟さんをかわいがっているフリをしながら、心の中では優位に立って馬鹿にして蔑んでいた。精神の病気と言われるのは、弟さんと同じだと言われているように感じる。つまり馬鹿にされてると感じるのね。」
「やっぱり普通じゃ考えられないな。障害を持つ人を馬鹿にして、優位に立つなんて。頭に来る奴だ。」
「本当ね。その部分だけでも腹が立つけど、そこがサイコパス。」
「悲しいとか、無いからですかね。」
二人は取調室の悠斗を見た。
椅子を蹴って、まだ興奮状態だが、爪を噛み、何かを必死に考えているように見える。
「心神喪失で来ますかね。」
「あれだけ病気って言われることに過剰反応するから、多分それはしてこないわね。絶対認めたくない部分だもの。」
「なるほど。状況証拠は甘粕さんと課長がかなり上げてきて下さっていますが、自白はどう引き出しますか。」
「彼は犯行動機から考えても、自分が優位に立っている事が全て。だから喋らなければ、優位に立てないと思わせる事かな。」
弁護士が来た。
「霞ちゃん、何の事件?」
夏目が悠斗の容疑を説明する。
「なるほど。証拠らしい物は、叔母の自供と遺書の下書き、その他の状況証拠に寄る推測か。殺しの証拠に繋がるものは、安田裕翔君殺害くらいなんだね?」
「まあそうね。今のところ。」
「うーん、なるほど。分かった。依頼人に会ってくる。」
弁護士が入ると、先ほどまでの一端の凶悪犯ぶりはどこへやら。悲劇の少年になって、弁護士に泣きついている。
夏目はそのまま観察室から見ていた。
「騙されちまうかなあ…。」
「あの人は騙されないわ。それにモラリストなの。黒を白にするっていう弁護士じゃない。だから兄と仲良し。」
「な…、なるほど…。」
弁護士は悠斗を慰めながら優しく言った。
「安田裕翔君殺害容疑はかなり分が悪い。その他の事件も、叔母さんがかなり細部に渡って証言している様だし、状況証拠は出揃ってる。僕には何をしたのか、何があったのか、正直に話して欲しい。」
「はい…。全部…、全部叔母さんがやったんです…。」
「叔母さんが?」
観察室の夏目は憮然とした。
「この期に及んで里子の犯行と来たか。」
ところが霞は余裕の笑みだ。
「大丈夫、大丈夫。取調室の様子って、全部録画されてるんでしょ?」
「ええ…。そうですが…。」
「まあ、しばらく見てましょ。」
悠斗は泣きながら弁護士に訴える。
「叔母さんが僕を守る為だって…。
僕の代わりにやってくれたんです。
安田君の事だって、あの時、安田君に酷い事を言われて、言い争いになって、安田君が突き飛ばして来たので、カッとなって、突き飛ばし返したり、もみ合いになったら、安田君が水道の蛇口の下の固い所に倒れて、頭を打って、血が出ちゃったんです。
痛いって泣いてるし、僕の事を訴えるとか言うから、どうしたらいいか分からなくなって、叔母さんに電話しました。
そしたら叔母さんが来て、安田君を押さえつけて、その固い所に何回も安田君の頭を打ち付けたんです。
それで、死んだのを確認すると、死体を隠して、失踪してしまった事にしましょうって言って…。
僕は安田君の死体を隠しただけです。本とです。なのに叔母さん…、僕のせいにするなんて…。」
「本当だね?」
「はい。」
「じゃあ、他の事件も皆そうなのか?原田さんの遺書は?あれは左利きの人間が書いたものだよ。叔母さんも左利きなのかい?」
「いえ…。あれは僕が叔母さんに言われて書きました。」
「原田さんのヌード写真は?」
「あれは、撮ったのを叔母さんに見つかって…。美咲の事は本気で好きだったんです。それを叔母さんは嫉妬して、美咲も殺す、言う事聞かなければ、僕を施設送りにするって…。」
号泣する悠斗。
弁護士は背中をさすって慰めている。
観察室には、証拠固めに動き回っていた甘粕が来た。
「どう?」
夏目が仏頂面で答える。
「叔母の犯行にしてます。」
「だろうと思った。」
甘粕がニヤリと笑うと、その意味が分かったかのように微笑んだ。
「甘粕さん、バッチリ?」
「ああ。」
「よ~し。じゃ、行きましょうか。」