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満月の夜  作者: 桐生初
11/27

福井里子の供述

里子は文章力があり、頭も良かったが、供述は二時間近くに及んだ。でも、その二時間という長い時間を感じさせないほど、内容は濃いものだった。


 「あの子がおかしいということ…、義姉はあの子が四歳位の頃には、気が付き始めていたかもしれません。

庭で本当に楽しそうに遊んでいるから、何をしているんだろうと見に行ったら、ネズミに棒を突き刺して、苦しんでいるのをみて、涎を垂らして、笑っていたそうです。

義姉は珍しく叩いて叱りつけたそうですが、根本的に理解していないような気がするって言ってました。

でも、それ以降やらないという話だったので、子供だからよとか話してたんですが、こういう関係になって暫くして、隠れてやってたと言っていました。

義姉の読みは正しかったようです。

ですから、それ以降は、奥山さんのワンちゃんの事件まで、表立っては、何もなくて…。

奥山さんのワンちゃんは、確かにうるさくて、文句言ったら?って言ったんですが、お互い様だし、後で気まずくなるのも嫌だからって。

でも悠斗は気に入らないって言って、双眼鏡でずっと隣のお庭を見てました。

そして私に言ったんです。あそこんち、なんでも出しっ放しだと思ったら、農薬まで出しっ放しにしてる、毒って書いてあるぜ。あれ飲ませたら死ぬかなって…。

そしたら奥山さんのワンちゃんが死んで、義姉も悠斗じゃないかって思ったそうです。

夜中に出て行ったので、探しに行こうとしたら、ワンちゃんの鳴き声が止み、悠斗が笑いながら帰って来たそうです。

翌日、冷蔵庫に入れてあったお肉が無くなっていたそうで、お肉と一緒に毒を飲ませたんじゃないかって。

兄と二人で問い質したけど、知らないって言って、どうして僕を疑うんだって泣き出してしまったので、私が庇ってしまいましたけど、義姉の言う通り悠斗だと思います。

 その安田君の事件はよく知りませんが、たまたま遊びに行った時、兄が血だらけのシャツを持って、悠斗を怒鳴りつけていたんです。これはなんだって。

もう血も変色していましたが、かなりの量でした。

悠斗の部屋から見つかったんだと、義姉が言っていました。

兄は『お前は病院に行って、二度と出て来ちゃいけない!警察に連れて行く!』と言っていました。

その一週間後なんです。ガス漏れ爆発事故があったのは。

あの子は頭のいい子ですから、ガス漏れを作るの位、ちょっと調べれば出来たんでしょうね。

お風呂の準備をするのは、いつも兄の仕事で、必ず煙草を吸いながらやっていましたし…。

体の関係ができてからですが、自分がやったとはっきり言っていました。

爆破を見られなかったのは本当に残念だったって。

あの子に暴力をふるわれる様になって、私もおかしくなっていたんだと思います。

警察に言うなんてとんでもない、そんな事をしたら、私も兄達同様殺されると思い、言えませんでした…。」


 「そう思わせる為の告白だったんでしょうね。親兄弟ですら殺せるんだから…という様な。」


 「はい。今にして思えば、そう思います。」


 「爆発事件の後、すぐに一緒に暮らし始めた?」


 「はい。他に親戚も居ないので、家が建つまでは、近所の私のマンションに…。お恥ずかしい話ですが、甥だというのに、私はあの子に恋をしていたんだと思います。年齢的には、十五も違うんですけど…。こんなですから、いままで男性とお付き合いした事も無かったものですから、可愛くて、格好良くて、優しくしてくれるあの子が大好きで…。ですから、あの子が私を女として好きだと言ってくれたのが、もう本当に嬉しくて…。いけない事だとは分かって居たんですが、あんまり真剣に迫ってくるので、つい、肉体関係を結んでしまいました。一緒に暮らして間もない頃でしたから、十三歳未満です…。申し訳ありません…。」


 「十三歳になる前という事ですね?まあ、彼は二月生まれだし、中学生になっも、なかなか十三歳にはならないけど…。でも、今でも高校生並みの体格ですからね。その当時も、そう子供子供してなかったのかな。」


 「そうなんです…。」


 太宰は理解を示し、同調して、安心させながら、取り調べを進めた。


 「誘ったのは、悠斗君のほうなんですね?」


 「はい。私は常識が先に立って、なかなか応じられなくて…。」


 「無理矢理?」


 「途中まではそうでした。でも結局してしまったんですから、同罪です。」


 「いや、大事な事ですよ。では、その後はどうですか?」


 「里村君という子がうちに来ました。

『安田を返せ!』って凄い剣幕で悠斗に詰め寄りましたが、悠斗はいつもの様に『何を言ってるのか分からない。きちんと話そう。』と優しく言って、里村君と出て行きました。

そして大分暗くなってから帰って来て、『邪魔者は消さないとね。』って怖い顔で言いました。

里村君に何かしたのか聞くと、『安田に会わせてやっただけだ。マンションの屋上で話すふりして、突き落とした。グシャってすげえ音して、手とか足とか、変な形になって、アホ面で死んだぜ。』って…。

なんて事するのって叱り始めたら、暴力が始まったんです。

でも、殴った後は必ず優しくて、『里子にだけは俺の味方で居て欲しいんだ。何があっても見捨てないで。』って甘えきて…。

DV被害者の罠に嵌っているだけでした。それからは、何を見聞きしても、暴力と悠斗を失うのが怖くて、何も言えず…。本当に申し訳ありません…。」


 「あなたも弱みにつけ込まれた被害者に、私には思えますよ。」


 「有り難うございます…。」


 「それで?」


 「中二になってからは、夕食が遅れた時の暴力以外は特にありませんでしたが、その大村君と飯山君といのは、私が会社に行っている間に来た様です。私が帰宅すると、帰った後だったみたいで、とても機嫌が悪くて…。

『あいつら、俺を馬鹿にしてる。いい気になりやがって。絶対許さない。』って、あの…人を殺したときの顔をして言っていました。

数日後、帰宅すると、今度はもの凄く機嫌が良くて、『仲いいみたいだから、永遠に一緒にさせてやった。』と言っていました。」


 「二人は、何かに夢中になって話している様子で、赤信号にもトラックのクラクションにも気付かなかった様ですが、何か殺害方法に関して言っていませんでしたか?」


 「そうですね…。あ、そうだわ…。言っていました。

大村君と飯山君に借りた物は踏切の中に全て置いてあると、踏切内の宝の地図を見せて、次の電車通過まで後5分だ、間に合えばいいけどなと言いながら、その宝の地図を破り捨て、さあ行って来いと言ったら、覚えている内にと思ったのか、赤信号もトラックにも気付かないで行った、バカな奴らだって笑っていました…。

轢かれた時の事も、面白そうに語っていて…。あんまりにも残酷で、聞いていられず、そこはなんと言っていたのか、よく覚えていません…。」


 甘粕達の予想通り、急がせる様に誘導して、轢かれさせたようだ。


 ここで太宰は、家宅捜索からずっと抱えていた疑問を口にした。


 「悠斗君の部屋から、立川君、大村君、飯山君から奪い取ったものや、不良達から巻き上げたものが残っているんですが、巻き上げたのは、爆発事故の前です。なぜ、今もあるんでしょうか。」


 「ー爆発事故の前、大事な物は全て私のマンションに運び込んでいました。置き場に困るような量だったので、レンタル倉庫を借りました。」


 また一つ、計画的犯行を裏付ける証拠が挙がった。太宰は、レンタル倉庫の名前を聞き、履歴を調べる様に、外の捜査員に指示すると、再び取り調べに戻った。


 「三年生になってからはどうですか?」


 「原田さんが悠斗を好きなのは、中二の半ば位から知っていました。

優斗はちょっと優しくすれば使えると、中二の終わり位からお付き合いするようになりました。

うちに来させたり、原田さんのご家族の留守にお邪魔したりして、そのカードに入っているヌード写真を撮った様です。

とても嫌でしたけど、利用目的だ、本気なのは里子だけと言って、計画内容も事細かに話してくれたので、それで叱りもせず、納得してしまいました。

でもよくよく考えると、私も利用目的だったんですよね。あの子の人間関係に損得以外なんか存在しませんもの。

だから、仲のいい子なんか必要無いんですものね…。」


 「なるほど。それで人気者のくせに、ずっと一人なのか…。それで、計画というのはなんですか。」


 「もう気に入らない奴ばっかりだし、面倒臭いから、学校を爆破させて皆殺しにするって言っていました。

手に入らない薬品があるし、罪を着せるにも室田先生がふさわしい。

室田先生が学校を爆破した動機を、原田さんとの援助交際に本気になり、相手にしてもらえなかった事の腹いせでという事にするつもりだと言っていました。

その援助交際の証拠に写真を使うと。

まだその頃は室田先生には習っていなかったのですが、評判が悪くて、先生方からも嫌われていて、暗い理科の先生という事で目をつけたようです。

それで、三年生になってから、室田先生に近付き、かなり信用させたので、そろそろ頃合いだと言って、手なずける為に私を貸すと言い出しました。

あいつと寝ろって…。

嫌でしたけれど、もう拒否する気力も無くて…。

万事悠斗の思い通りに行っていたようですが、6月に入った頃、酷く怒って帰って来ました。

爆破の件とか、私を貸す話をしたら、室田先生の態度が変わり、悠斗を避け始め、色々とお調べになった様で、病院に行こうとかおっしゃったそうなんですね。

要するに、悠斗が精神的におかしいんじゃないかと思うとおしゃったようなんです。

それでもう激高してしまって…。

悠斗はそれを言われると、駄目なんです。

兄達の事もそれで殺してしまいましたから。

室田先生のことも、殺してやるとはっきり言って、翌日、遅くに帰って来た時は、嬉しげにスッキリとした顔をしていました。

機嫌ももの凄く良くて…。

室田先生を殺して来たんだなと、私にも分かりました。

夕食を食べながら、『電車に轢かれると、本当にミンチみたくなるんだぜ。そこら中に飛び散ってさ。ああ、面白かった。警察も、俺の嘘泣きで騙されてたぜ。本当は俺が突き飛ばしたのにさ。俺は教師失格だって言って、突然踏み切りに入ってしまったんですう~!なんて言ったら、信じちゃってんの。学校の室田の机の中に、美咲の写真も入れて来たし、完璧だぜ。』と笑っていました。

その時にも、兄達が死ぬのを見られなかったのは、残念だったって言ったんです。」


 「なるほど…。」


 虐待下に置かれている人間は、自己防衛の為に感情が鈍麻する傾向にある。里子もそうなっていたのだろう。


 「翌日、原田さんとの援交の噂を流して来たと言っていました。でも、それが裏目にでて、原田さんが噂を打ち消す為に悠斗との事を公表して、室田先生との援交を否定してくれと言って来たそうです。

優斗にしてみたら、そんな事をしたら、援交が原因の自殺というのが崩れてしまいますし、下手をしたら、ヌード写真も悠斗が撮ったとバレ、二人が中学生としてはふさわしくない関係にある事も分かってしまうかもしれず、室田先生の自殺にも疑問符がついてしまいます。

だから殺すと言って、今回は念の為、遺書も手書きの物を付けると、原田さんの筆跡を練習していました。

準備ができた日の前日、コンビニに行ってくると言うのと同じように平然と、殺してくると言って出て行き、帰宅すると、やはり楽しそうに殺した様子を話していました。

マンションの屋上から突き落とし、急いで降りて、人工呼吸をしながら、救急車を待ったそうです。

話を聞いた警察の方が感激して褒めるのが面白くてたまらなかったと言っていました。

 私は、原田さんの件で漸く気が付きました。

私も用が無くなったら殺されるんだと。

知りすぎてもいますし、もうおばさんですし。

私の利用価値が無くなるというと、保護者がいらなくなる十八歳ぐらいなのかななどと思いました。

他の方の証拠は在りませんが、原田さんの死に関わっている証拠だけでも持っていれば、助けになるかななどと考え、捨てておけと言われた物を取っておきました。

先ほど刑事さんがおっしゃった通りです。利用価値が無くなる前に逃げ出して、警察に持って行って保護して頂こうと…。

すみません。すぐに提出して、全てお話しする勇気がでなくて…。」


 「仕方ありませんよ。あなたは極限まで追い詰められ、常に恐怖に晒され、支配されていた。そういう環境にいる場合、すぐに警察に行けばいいのにと、端からみると思いますが、本人はできないものです。」


 「申し訳ありません。全てを知っていて、黙っていたんですから、私も共犯ですよね…。」


 「でも、悠斗君の罪を明らかにしようとした人間は目の前で次々に殺されていた。警察に言うのは、虐待下にある人にとっては、かなり厳しいんじゃないかな。でも、そう思われるのはいい事です。まだ間に合いますよ。」


 太宰に話し、その都度同調してもらうことで、大分、里子自身を取り戻して来ている様だった。


 「田端先生が御出でになった日は大変でした。私ともお話ししたいという事で、五時過ぎにいらして、私の帰宅をわざわざ待っていらっしゃいました。悠斗の激高ポイントの病気、病院、警察のオンパレードでしたから…。

でも、とてもよくお調べになっていて、反社会性人格障害だと思うから、今までの事も、全て病気のせいだと先生は思っている、とりあえず一緒に病院に行って、その上で警察に行こう、先生が全部付き添うからって…。

本当の所、どうだったのか、先生には正直に話してくれと優しくおっしゃって下さっていました。

悠斗は、病気を利用しようと咄嗟に思いついた様です。

泣きながら謝り、田端先生がつかんでいらした、室田先生と原田さんの二人を殺した事を認めました。室田先生は、急に自分を避ける様になり、病院に行けとか辛く当たってきたので、カッとなって突き飛ばしてしまったら、折悪しく電車が来てしまい、轢かれてしまった。

原田さんは自分と付き合っていることを暴露しろとか、ヌード写真は悠斗が撮ったと皆にバラすとか言い出した。

受験を控えているのに困るとお願いしたが、聞き入れてもらえず、叔母さんと変な関係のくせにとか、叔母さんを中傷する様な事を言うので、口論となり、気付いたら、血だらけでマンションの敷地に落ちていた。

慌てて心肺蘇生等をしてみたが駄目だったとか、終始カッとなると、訳が分からなくなって、何も覚えていないと言いました。

でも、田端先生はそれを全て信じてしまったご様子で、病気のせいなんだよと慰めていらっしゃいました。

明日病院へ行こうねと約束して、病院の予約を入れてお帰りになり…。」


 「ちょっと待って下さい。病院の予約を入れたんですか?何病院です?」


 田端教諭が自ら病院に予約の電話を入れたとすると、自殺の線は崩れる。足固めとして、把握しておきたいと思った。


 「お知り合いの診療所で…。」


 里子から病院名を聞き、確認を取らせ、再び取り調べに戻る。


 「田端先生がお帰りになった途端、やはり激高し、先生を尾けていって、殺してやると言って飛び出して行きました。

帰ってきたら、やっぱりご機嫌で…。

『やっぱり電車に轢かれんの見るのが一番いいよ。』って。

そしてもう一つ言っていました。

遠藤京子さんに、駅から出てくるのを見られた。

ダッシュして行ったから、尾けたら、学校の側の交番に行き、タクシーの乗ったので、タクシーで追い掛けた。

探偵物やってるみたいで、ワクワクしたと楽しそうに言っていました。

そして、遠藤さんが、タクシーから降りて、警視庁に向かっているのが分かり、咄嗟に、赤信号で突き飛ばし、逃げて来たのだそうです。

死ぬ所が見られなくて、本当に残念だったと、そんな事をとても悔しがっていました。

何度も止めてくれと言おうと思ったのですが、また殴られたり、気絶するまで首を絞められたりするのが怖くて…。

本当に申し訳ありません…。」


遠藤京子のノートの裏付けは完全に取れ、全てが状況証拠と一致した。

 


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