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選択の洞窟 その2

 部屋の中は真っ暗だった。壁にかけられたいくつかのランタンが仄かに周囲を照らし出している。部屋は広い。扉の外からの光で入口周囲の様子はよく分かるが、奥は闇に閉ざされて何も見えない。


「洞窟、か」


 部屋の前に掲げられたプレートには、選択の洞窟と書かれていた。つまりこの部屋の状態が洞窟を表現しているのだろう。


「うわ、暗っ!」


 良太の後ろから部屋の中を覗き込んだ二葉が驚きの声を上げる。


「ど、どうするの? 入る?」


 二葉は不安そうだ。良太は部屋に入る前に、部屋の様子を出来る限り観察することにした。扉が閉まれば、完全に視界が闇に覆われることになる。ましてや、この扉が再び開くかどうかも定かではないのだ。ならば、今のうちに情報を得るべきだ。


「……何も、ないな」


 目に見える範囲には何もなかった。壁には特殊な塗料が塗られているのか、光を受けても黒いままだ。闇に包まれた無人の広場といったところだろうか。


(ここからだと、やはり何も分からないか。部屋に入るしかないな)


 覚悟を決め、部屋に足を踏み入れようとしたその瞬間、


「誰かいるの?」


 闇の中から女性の声が聞こえてきた。カツカツと床を叩くヒールの音が近づいてくる。

 そして姿を見せたのは、良太たちと同じくびしょ濡れになった妙齢の女性だった。

 真紅のドレスをまとった女性は、いたるところに宝石の散りばめられたアクセサリー類をつけている。本来ならば艶やかで美しいのであろう長い黒髪は水を吸い、べったりとドレスに張り付いていた。女性はその感覚が気持ち悪いのか、服に張り付く髪を手で払いのけると、良太と二葉を交互に見比べた。


「あら、可愛い坊やとお嬢さんね」


「うわぁ……綺麗……」


 同じ女性として思うところがあるのか、二葉から感嘆する声が漏れる。確かに良太の目から見ても、目の前の女性は美人だと思う。しかしそれ以上に、どこか禍々しいものを感じた。猛毒を塗りつけた棘のついた薔薇。そんなイメージだろうか。


(この女も、先のゲームを生き残っている。油断は出来ないな)


「ふふ、ありがと。私はマリ。貴方たちのお名前は?」


「良太だ」


「えっと、二葉美緒です」


「良太君に美緒ちゃんね。ねぇ、もし良かったら情報を交換しない?」


「そうだな。そちらの情報が本物かどうかは分からないが、今は少しでも情報が欲しい」


「あらあら、とんだ言われようね」


 マリは肩をすくめて笑うと、自分がここに来るまでの経緯を話し始めた。

 それによると、マリは街のバーに勤めていたらしく、仕事の帰りに謎の黒服たちに拘束され、薬で意識を失わされたという。


(俺のときと同じか。だが、何故俺たちはここへ連れて来られたんだ。何か、俺たちに共通点があるのか?)


 学生である良太、沙織、二葉はともかくとして、バーのスタッフだったマリに共通点などあるはずもない。


(適当に選ばれただけという可能性もあるが……)


 どうにも腑に落ちない感じだったが、もう一つ良太は気になっていることがあった。


「マリ。奥にもう一人いるんじゃないのか?」


 嘆きの海原で生還できるのは二名だった。つまりマリの他にもう一人パートナーがいるはずなのだ。


「あぁ、そうね。あの人も紹介しないとね。ついてきて」


 そう言って、マリは部屋の中に戻っていく。


「ど、どうする? マリさん、悪い人じゃなさそうよ?」


 二葉はマリに気を許しているようだが、良太はいまだ警戒を解いてはいなかった。

 しかし先に進むためには部屋に入る他なく、マリのパートナーである人物に興味もあった。


「入ろう」


 そして良太は部屋の中へと足を踏み入れた。背後で扉のロックされる音。やはり戻ることは出来ないらしい。


「二人とも、こっちよ」


 ランタンの放つ灯りの中で、マリが手招きしている。

 マリの隣にはスーツを着た若い男が立っていた。すらっとした体躯で、髪を後ろに撫で付け、フレームの細い眼鏡をかけている。男は何かを思案しているのか、目を閉じ、集中している様子だった。


「正臣。この子たちも私たちと同じだそうよ」


 マリが正臣と呼んだ男性は、マリの声に目を開けると良太たちへと視線を向けた。


「っ!」


 彼と目が合ったとき、良太は全身の毛が逆立つような感覚に陥った。それはまるで猛獣を目の前にしたウサギのような感覚。


(恐怖、だと……? この俺が?)


 物腰の柔らかそうな男だ。争いごととは無縁な人物に見える。しかし何故か、良太の全細胞が目の前の男を警戒していた。


(この感じ……子供の頃にも何度かあったな)


 良太は自分の直感を信じている。信じたがゆえに拾った命も何度かあったのだ。

 だから良太は確信する。

 この男は自分の敵だ、と。必ずどこかで自分の前に立ち塞がる。打ち倒さなければならない敵なのだと。


「はじめまして、僕は藤木正臣。弁護士です」


 そう言って、藤木と名乗った男は懐から名刺を差し出してきた。

 良太は警戒しながら、名刺を受け取る。そこには確かに弁護士事務所の住所と藤木正臣という名前が書かれていた。


「良太だ。こっちは二葉」


「二葉美緒です、よろしく」


 よろしく、と正臣はにこやかな笑みを浮かべた。そのまま正臣の視線が良太へと向けられ、


「…………」


 何かを押し探ろうとするかのように、良太の顔をじっと見つめてくる。まるで心の中を隅々まで覗きこまれているかのような嫌な感じだった。


「……俺の顔に何か?」


「いやいや、ごめんよ。君たちも先のゲームを乗り越えてきたのかと思うと、色々と思うところがあってね。怖い思いをしただろう。辛かっただろう。でもこれからは僕が君たちも守ってあげるからね」


 力こぶを作る真似をして、朗らかに笑う正臣。二葉とマリは安堵した顔で正臣を見つめていた。

 しかし良太は油断しない。


(この男……先のゲームと言った。つまりこれがブレインキラーだということに気付いている。それでいてこの態度。やはり油断は出来ない)


 部屋に集まった四人の人間。これから何が始まるのか。ゲームの内容によっては、マリと正臣が敵になる可能性もある。そのとき自分は正臣に勝てるのか。


(何をビビってる、良太。呑まれたら負けだ。気を強く持て)


 心の中で自分を鼓舞し、良太は視線に力を込め、正臣を見つめ返した。


 ザザッ


 放送の入る音。良太だけでなく、部屋にいた全員が思わず肩に力を入れた。


『やぁ、どうやら妖精の島に辿り着けたみたいだね』


 合成された機械音声。妖精からのメッセージだ。先の部屋でも、この放送がきっかけでゲームがスタートした。ならば今から次のゲームが始まるというのだろうか。


『妖精に生まれ変わるためには、島の奥にある王の間と呼ばれる場所にいる妖精王と謁見しないとダメなんだ。そして君たちがいるのは島の入り江だよ。ここから洞窟を抜けて、まずは広場を目指すんだ。王の間までは遠く厳しい道のりが続いているけど、君たちなら大丈夫。頑張って!』


(王の間か。ゲームをクリアーするには、そこを目指せということなのか)


 仮にブレインキラーでのこちらのクリアー条件が妖精に生まれ変わることなのだとしたら、妖精の言う王の間という場所へ向かわなければならない。


(とりあえず行動の指針は出来た。だが、まずはこのゲームをクリアーしないと)


『おっと、忘れるところだった。その洞窟はいくつかのエリアーに分かれているんだけど、エリアーの一つは毒ガスが噴き出ているんだ。僕たちは平気だけど、人間は少しでも吸い込んじゃうと死んじゃうから気を付けてね』


「毒ガス!?」


「水攻めの次は毒ガスってわけ? 最悪だわ」


 二葉とマリが悪態をつくが、それに構っている暇はない。今は少しでも放送の中からヒントとなるものを見つけないといけないのだから。


『僕たち妖精の中には、君たち人間を快く思わない者も少なくないんだよ。僕たちの仲間は昔人間にたくさん殺されたからね。この毒ガスもそんな人間を嫌う妖精が施したトラップなんだ。あ、でも心配しないで。ちゃんと道具を入口の前に用意してあるからね。ただし、使えるのは一度まで。使う場所には気を付けて。あと、洞窟はとても長いから、一つのエリアーに入ると、次のエリアーに移動するまで五分はかかるんだ。だから息を止めて駆け抜けようとしても無駄だよ』


 道具。毒ガスを回避する道具となると、酸素マスクだろうか。五分と明言されたことから、恐らく扉にはタイマーがあり、五分経たないと先に進めないようになっているのだろう。先のゲームで使用した酸素ボンベを持ってこなかったことが悔やまれる。あれがあれば、何も悩むことなくゴールを目指せたのだが。


『洞窟の地図は入口に張っておいたから、よく目を通しておいてね。それじゃあ、次は広場で会おう』


 放送の切れる音。どうやらゲームの説明はこれで終わりらしい。


「道具というのは、これでしょうね」


 そう言って、正臣が取り出したのは、良太の予想通り酸素マスクだった。下部に小型の酸素ボンベが接続されている。


「それを、どこで?」


「あっちですよ。奥に扉がありました。その扉の前に人数分置かれていましたよ」


 正臣の言う方へ進むと、確かに気密扉があり、その前に酸素ボンベが置かれていた。


「あっ、地図ってこれじゃない?」


 二葉が指差す方を見ると、ランタンのかかった壁のすぐそばに大きな地図が張り付けられていた。地図を見ると、この扉の先には四つの部屋があり、そこを抜けた先に出口があるらしい。つまり毒ガスはこの四つの部屋のどこかに充満しているのだろう。


「なるほどな」


 四つの部屋を抜け、ゴールにたどり着ければプレイヤーの勝利となる。ただし部屋の一つには毒ガスが充満しており、そこでは用意された酸素マスクを使用しなければならない。酸素マスクの使用限度は一度きり。つまり毒ガスの部屋がどこかを推理し、そこで適切に使わなければならない。推理を外せば、その時点で死が確定する。


「これが第二ゲームか」


 鼓動が高まる。これは恐怖か、期待か。良太は拳を強く握りしめた。

 こうして、第二ゲーム『選択の洞窟』が開始された。


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