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プロローグ

 意識の覚醒は唐突だった。

 目を開くと、視界には見慣れぬ天井と蛍光灯。

 背中が痛い。背中にはコンクリートの感触がある。どうやら随分長い間、自分はこの場所に横たわっていたらしい。

 微かな頭痛を感じながら、宍戸良太はゆっくりと上半身を起こした。

 記憶が混濁していた。頭をハンマーで叩かれ続けているかのような痛みを振り払い、良太は自身のことを思い返していく。ささいな事柄を連続して考えていくということは、脳の早期活性化に繋がるからだ。

 宍戸良太。十七歳。都内の高校に通う学生。両親はいない。事故死や病死というわけではなく、生まれたときには既にいなかった。良太は孤児だった。施設を出た後は、里親のところで育てられた。しかし中学卒業と同時に里親の家を出て、全寮制の高校へと進学する。良太には同い年の幼馴染の少女がいた。名前は、御堂沙織。彼女も良太と同じ施設の出であり、良太のことを実の兄のように慕っていた。沙織は良太の後を追いかけるように、良太と同じ高校へと進学し、今でも昔と変わらぬ関係が続いている。そして、


「そうだ、沙織っ!」


 沙織のことを思い出したとき、良太の脳裏に意識を失う前の出来事が再生された。

 それは放課後の出来事だった。沙織はファンシーな小物を集めるのが趣味で、良太は沙織の買い物に付き合わされることが多かった。そしてその日もまた沙織に誘われ、良太は放課後の街へと繰り出したのだった。

 新しいお店を見つけたのだと言う沙織の後をついて行き、細い路地へと入った。そこで奴らは突然現れたのだ。黒いスーツを着た無機質な表情の男たち。彼らは沙織を拘束し、車へと押し込んだ。沙織を助けようとした良太だが、何かの薬品を嗅がされ、昏倒させられたのだ。

 そう、良太と沙織は謎の男たちに誘拐された。

 では、何のために自分たちは誘拐されたのか? 身代金目当てだろうか。自分の考えを、しかし良太は即座に否定する。黒服の男たちは十人前後いた。身代金目当ての愉快犯がそんな大人数で犯行に及ぶだろうか? しかしそうなれば、これは計画されていた誘拐ということになる。良太と沙織を攫うメリットとは何だろうか。二人に両親はいない。故に親ではなく、彼らは自分たちに何らかの目的があったのだ。では、それは何か。


「くそっ、情報が足りないか」


 思考をリセットする。今の段階ではどんな邪推も意味を成さない。考えるだけ無駄だ。それでも自分の置かれている状況だけは理解出来た。そして自分はそれを既に受け入れている。ならば、次は行動だ。まずは沙織を探す。そして二人でここから脱出するのだ。

 良太は自分が今いる部屋の中を観察する。と言っても、部屋は狭く、調べられるような家具はほとんど置かれていない。部屋の奥に扉が一つ。その横に小さな木製の机が置かれているだけだ。窓の類は一つもなく、この部屋の中から外の様子を窺い知ることは不可能だった。

 良太は扉の前に立った。鍵はかかっていないようだ。ノブを回すと、すんなりと扉は開いた。

 少しだけ扉を開け、外の様子を窺う。

 扉の向こうは細い通路が広がっているようだった。人の気配はない。どういうことだ。見張りがいない理由。それは必要ないからだろうか。つまり部屋の前に見張りを立てずとも、良太がこの場所から脱出することは不可能だと、彼らは思っている。

 いったん扉を閉め、良太は机の物色に入る。何か役に立つものはないか。

 机の上には何も置かれていない。そして引き出しが一つ。

 引き出しを開けてみる。


「これは、何だ?」


 ドッグタグ。ペンダントの形をした認識票だ。タグには英語でVOYAGERと記されている。

 VOYAGERとは旅人という意味を持つ単語だ。


「旅人、か。俺にここで旅をしろとでも言うのかよ」


 何の意味もなく、ここに置かれていたとは思えない。きっとこれはどこかで使うことになるのだろう。

 ドッグタグを首にかける。


「他には何もない、か」


 引き出しには他にめぼしいものは何もなかった。引き出しを閉め、良太は再び扉を開ける。

 廊下はそれほど長くない。緩やかなアーチを描いているらしく、一定間隔ごとに部屋があるのが分かった。

 もしかしたら、自分以外の人間も他の部屋にいるのかもしれない。


「見てみるべき、だろうな」


 部屋のどこかに沙織がいるかもしれない可能性がある限り、良太は部屋を覗いていくしかない。


「よし、行くか」


 良太は通路へと足を踏み出した。

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