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悲しき神の御使い

作者: 諸林 瓶彦

今度書く大作(?)のための習作第二弾。

「なあ、アケターネンよ」

 村は聖騎士たちに破壊され、赤い炎が蒼穹を突き刺している。いびつな丸に縁取られた視界から見える青と赤のコントラストに彼はめまいを感じた。

 彼――アケターネン――は老人の皺くちゃな手を握りしめた。その皺には乾いた血のりが食い込んでいる。

「わしの教えを信じたものは、皆死んでしもうた。生き残ったのは、わしとそなただけだ」

 老人の教えを狂信的に信じたものたちは、自分たちが盾になり、あるいは老人とその孫の身代わりとなり、死んでいった。本当に、ことごとく死んでしまった。

 村の端にある秘密の洞穴に、老人とその跡継ぎの孫と一緒に、アケターネンは逃げ込んでいた。聖騎士達は村人をことごとく虐殺すると、火を放ち、嵐のように去っていった。

 聖騎士にとって、異端である老人の信者達は、人間ではなかった。人間の形をした虫けらだった。

「おじいちゃん、おじいちゃん、しっかりして。死なないで」

 まだ、生まれて十年も立っていないであろう少女が、老人の顔に抱きついて話しかける。

「おお、イリア……、わしは神の御前に行くよ。わしが助からないことぐらい、見れば分かるじゃろう。さ、アケターネンと大事な話をさせてくれ」

 老人の目には、いつもの強い力が残っていた。イリアは、涙を両手で拭いて、祖父の側から少し離れた。イリアの目も、老人と同じように強い力がある。生き残ることが出来たら、教団は彼女のもとでさらに発展するだろう。だが、そうはならないかも知れない。

「ふう……、わしは、わしは単に貧しいものたちに、生きる希望を与えたかった。教会の言う、偽の教義ではなくって、かの預言者の真実の言葉を伝えたかったのだ。だが、それも今や……、無駄になってしまったかな」

 老人の腹部には、深々と槍先が突き刺さっていた。一般信者の振りをして逃げる途中、めざとい聖騎士の一人に発見され、突き刺されたのだ。運が悪かった。その聖騎士をアケターネンが殺し、老人を背負ってここまで運んだのだった。

「無駄などと、とんでもない。信者達は皆、死を恐れなかった。彼らこそ、この世でもっとも天国に近いものたちでしょう」

「世界が間もなく滅びるという啓示がくだって二十年近く、一人でも多くの人々を救うために、わしは努力してきた。だが、神はわしを、見捨てたのか……」

「いいえ、神はあなた様の良き心をよくご存知です。あなた様は必ず神の身元に……」

「有難う」

 それにしても、あつい。炎は弱まる気配を見せない。人間の死骸が燃える凄まじい匂いで、頭がクラクラする。本当に、正常な判断力を狂わされそうだ。

 この洞窟も、危険だ。なんとかこの場を離れねば。

「これを、見てくれ……わしの遺言書だ。もう数年前から書いていた」

 老人は、腰に結びつけた袋から、神の束を取り出した。

「アケターネン、そなたは本当によくやってくれた。教団の世継ぎは、イリアとする……だが彼女が成人するまで、そなたが執権として全てを取り仕切るよう書いている。それから、万一イリアに何かあった時は、そなたが教団の支配者だ」

「ありがとうございます」

 だが、幼い王につかえてきた宰相が、王が成人した後で疎んじられるというのはよくあることだ。

 アケターネンは、黙って座っているけなげなイリアの髪をつかみ、引き寄せた。そして、その首筋に、聖騎士の残していった槍先の大きな破片を突き刺した。

 血しぶきがアケターネンに降り掛かる。

 老人は、驚愕の表情のまま凍り付いていた。

「ありがとうございます。今まで尽力してきたかいがありました。これで、この宗教の統領はわたしです」

 教団の規模は大きい。この村が拠点だったとはいえ、各地に信者はいる。アケターネンがその上に君臨するのだ。

 教主がどこにいるのか、教団の隠れた拠点がどこなのか、教会に密告したのはアケターネンだった。自分だけは殺さないようにという契約を交わして……。彼は、涙を流す老人にとどめをさすと、洞窟から脱出した。



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