私、不可思議紗奈の記憶から書き起こしたもの
「ねえ、この動画どう思う?」と質問を投げかけた時、運転席でハンドルを握っていたフィグは眉を下げた。私たちはその当時、夜に啼く鳥の歌声を聞いたという視聴者からの依頼メールを受け、東京から目撃証言のある新潟へと向かっていた。勿論一通やそこらでこの私が動く訳はないが、それに関するメールが複数、それも同時期に来たこと。中には、夜に啼く鳥の歌声が聴こえると口にした友人が行方不明になったという証言が重なった為に調査に踏み切ったという訳だ。
ちなみに、フィグというのは私のマネージャー兼動画の編集者の男性だ。体重九十キロの巨体に、おまけに金髪、強面という三拍子が揃っている為に一緒に道を歩けば皆が進行ルートを避けていくが、中身は小鳥なみに弱々しい。フィグというあだ名は、あまりにも単純だがフィグボーイという名のファーストフード点のバーガーを、週に七日毎朝欠かさず彼が食べてる為に私が名付けた。
「ねえ、どう?」
「どうって言われても運転中なので音声しか聞いてないですからねえ」とぽつり呟く。
「じゃあ音声を聞いただけの意見」
「意見? 意見をなんです?」
「意見を教えてって言ってんの! そんなの、いちいち言わなくても分かるでしょ? 文脈から読み取れよ!」
「えっちょっと、なんで怒ってるんですか? 怖い怖い。怖いですって紗奈さん。えっと、あーそうだな。やっぱり、分かんないすね。俺には」
私はその時、恐らくため息をついたと思う。勿論私が文脈を端折ったことは悪かったが、語尾を少し強めただけで何もそこまで取り乱さなくても。身体を大きくする前に、まずは心を鍛えよ。と、胸のなかで毒づいた。
私はそれから手にしていたパソコンに再び目を落とした。糸川雅人。彼から届いたDMをみた時は、正直相手をするだけ時間の無駄だと思った。だが、#0の動画をみて気が変わった。違和感を抱いてしまったのだ。動画に映る妻の虚ろな表情、それから仕草。どう考えても平常な精神の人間がみせるそれではない。それに、彼。糸川雅人の眼だ。必死に妻の現状を伝え、視聴者に助けを訴えかけるその眼には少なくとも怯えが混じっていた。恐怖は、まず肉体よりも心を支配する。身体がびくついたり、目を見開くなど身体的動作が起きるのは、心が感じた恐怖を脳が神経を介して肉体に伝えたその後だ。そして、恐怖に染まった人間の眼には怯えた色が映り、特有の匂いを放つ。私はこれまでの調査の過程で何度も目にしてきたから分かる。少なくとも、それだけは嘘をつけない。鍛錬を重ねた俳優ならまだしも、いち素人にそれが出来るとは到底思えなかった。なんだ。一体、彼とその妻に何が起きた。私のなかで芽生えたちいさな疑問は、好奇心となって花開いた。
「ねえ、フィグ」
「どうしました」
「私、決めた。彼の調査を引き受ける」
瞬間、フィグが再びあたふたとし始めた。
「えっ、夜に啼く鳥はどうするんすか」
「同時進行でやる。だからフィグ当分休みなしね!」
フィグが絶句した。だが、その次に私が放った言葉で途端に目を輝かせハンドルを持つ手に力が入った。言わずもがなだろうが、こいつは凄く操縦しやすい。
「でも、その分給料弾むから! やったじゃんフィグ、バーガー何百個でも食べれるよ?」
「まじすか? やったなあ。俺、まじで頑張りますから」
フィグが意気揚々と運転しているその横で、私は糸川雅人の投稿した動画を次のものに進めた。




