糸川雅人が投稿した動画 #6
投稿日時:2018/1/9
投稿者:糸川雅人
備考:動画ファイルを不可思議紗奈が文字起こししたもの。
この動画は、これまでのものと背景が違った。真っ白な壁に黄緑色のソファ。その手前にはガラス張りのテーブルがある。画面の中央にはソファに身体を預けている莉子が映っていて、どこか虚ろな目で宙をみつめていた。
「莉子」
雅人の呼びかけにも応じない。一体どうしたのだろう。前回の動画でもう東京に帰ろと言っていたから恐らくこの家は東京の家だろうが、その間にどれだけの月日が流れているのか分からない。
「莉子、ショックだったのは分かる。あんなものをみて平常心でいろって方が無理がある。でも、俺たちはもう東京にいるんだ。ここは安全だよ」
「そんな事どうでもいい」
「えっ?」
「安全とか、安全じゃないとかそんな事どうでもいい。私は、とにかくあの螺旋階段でみたものが頭から離れないの」
莉子が両の手のひらで顔を覆った瞬間、雅人がカメラを置いた。莉子の肩に手を置き、包み込むようにして身体を抱き締めている。ねえ、なんで。雅人だってあれをみたよね? なんでそんな平然としていられるの。そんなことを呟きながら、はらはらと涙を溢してる。
「あれは、夢だったんだ」
「ちがうよ」
「夢をみた。俺たち二人は、偶然同じ夢をみたんだ」
「ちが、違うっ! あれが夢な訳ないでしょ!」
莉子が跳ねたように立ち上がる。すぐに雅人が呼び止めようとしたが、「ちょっと顔洗ってくる」とすぐに腰を下ろした。ひとり、ため息を溢してる。雅人も辛そうだった。だが、次の瞬間「いやぁぁぁっ」と切り裂くような悲鳴があがり、雅人が咄嗟にカメラを掴み駆け出した。
洗面所の、鏡を前にし莉子が腰を抜かしたように倒れている。雅人が何度も呼びかける。莉子の顔は恐怖にゆがみ、瞳孔が開いていた。
「莉子っ! 莉子! どうした」
「鏡っ、そこの鏡に誰かいる」
莉子が必死に指を差している。すぐさま雅人がそれにカメラを向けたがそこには何も映っていない。カメラを構える雅人が映っているだけだ。
「誰もいない」
「い、や、いたのほんとに。鏡の中にいたの、さっき、ちゃんとみて」
「ちょっと落ち着けって! だから鏡には俺しか映ってないんだ。ほら、よくみろ」
莉子腰が抜けてしまったのか足に力が入っておらず、腕を引っ張りあげるようにして雅人が再び鏡の前に立たせた。莉子はぎゅっと目を閉じている。
「ほら、ちゃんとみて。誰もいない」
諭すような、柔らかい声だった。先程までのつめたさを孕んだ声色を微塵も感じさせない。だから、莉子はゆっくりと瞼を持ち上げた。だが次の瞬間、
魚のように身体をばたつかせながら後ろに仰け反った。
「いやゃぁぁ、雅人、いるよ!そこにっ、そこ、ほら!」
「落ち着けって! 何がみえてんだよ。もう分かんねえよ」
「そこに、いるの。もう、なにこれ。分かんない」
莉子は髪を振り乱しながら駆け出し、部屋の片隅で体育座りでうずくまった。すぐに雅人が駆け寄る。
「あああぁぁ、いや、もうい、や。耐えられない。おかしくなりそう。私」
「莉子っ! とりあえず落ち着けって!」
雅人はそれからずっと莉子を宥めていた。時間にして四十分程経った頃だろうか。立てた両膝に顔を埋めながら、ぽつり、と莉子が言葉を溢した。
「あの子、だった」
「えっ?」
「さっき鏡のなかにいたの、あの山でみたちいさな女の子だった」
「きっと幻覚をみたんだ。莉子はショックを受けて……」
雅人自身も平常心を保つのでやっとという様子で絞り出すように言葉を紡ぐ。莉子がふっと顔をあげたのはその時だった。目の端から涙を流しながら、歪な笑みを浮かべていた。
「幻覚なんか、じゃない。見間違えるはずもないよ。だって、だってあれは、子供の頃の私だった」




