【SIDE B】勇者雀
「なあ、パァムとリンドヴルム……さんていうの、あなた方の関係って一体なに。その、色々なんかさ……」
聞いていい話なのかどうかしばし窺っていたが、でもやっぱり気になる。どう見ても小さい雀のパァムと横綱五体合わせたような龍のリンドブルムでは、その立場が逆に思えて仕方がない。喧嘩をしてパァムが勝てるとも到底思えない。かといって、何か弱みを握られているというような様子もなく、リンドヴルムは心からパァムを敬愛しているように見える。
「関係? アニキと子分だよ」
「それはパァムが兄貴でリンドヴルムが子分ってこと?」
「ったりめぇだ」とリンドヴルムが大地を踏みならすと、俺だけでなく肩にいたパァムまでもが振動で五センチほどぼいんと浮いた。
「話せば長くなるが俺とパァムのアニキは」
「その話はやめとこ。ホントお前長くなるから」
「え~。話したい。俺とアニキの馴れ初め……」
「いいかげんにしろ~」
突然ぴょんと飛び跳ねたパァムが、顔を赤らめているリンドヴルムの鼻面をぴしゃりと打つと、このどでかい龍はあいたっと若干高めで嬉しげな声をあげた。
「うっす! アニキ! 叱咤激励ありがとうございます!」
面倒臭いことになりそうなので、あまり詳しく話しは聞かない方がいいかもしれない。適当に頷くとリンドヴルムも満足そうに頷いた。
「アニキはなぁ、すごいヒトなんだぞ」
「もうよせって」
「アニキが言わないのなら俺が言うっすよ」
おほんと咳払いをし、おどろおどろしい声でリンドヴルムが続けた。
「かつてこの星には魔王がいた……」
魔王は強大な力を持ってこの世界を支配していた。その力は膨大でだれも太刀打ちができず、やがて世界は闇に覆われ、光の戦士たちは闇の作った影に取り込まれてしまった。しかし、無敵と思われた魔王だったが、実は唯一の弱点があった。なんと、可愛いモノに目がなかったのである。
だがそこは魔王。あらゆる可愛いものを自分の支配下に入れて、それらを毎日目にすることにより、免疫をつけて克服していった。しかし可愛いモノにかこまれてた魔王は日に日に堕落していった。そしてついに時は熟し、人々は魔王に反旗を翻すときが来たのだ。
そのとき立ち上がったのが、古代勇者王であった。
魔王に立ち向かうには強大な力が必要だ。そしてそれ以上に、彼を無力化することのできる可愛いモノの存在が。
だが、世界のおおよそ可愛いものは、魔王が既にコレクションしており、つまり可愛いもの免疫を獲得していたのであった。唯一の弱点といっていいそれであったが、魔の手から逃れたモノも少なからず存在していた。それは勇者側にとってなくてはならない存在だった。
長い旅路の果て、とある黄金の国にたどり着き、その地で愛されているかの存在を知ったことで、ついに勇者は最後の希望、魔王の手が届いていない、その目によって汚されていない、唯一無二の絶対的存在である可愛いものを味方にすることができた。
それは、小さくて可愛い雀の存在であった。彼らは地味だからか、奇跡的に魔王の毒牙から逃れていたのだ。
こんな可愛いものの存在を魔王は見過ごしていたのだ。
勇者王はその雀たちにもまた勇者の称号を与えた。そして……。
リンドヴルムが深呼吸をしてからゆっくりと言葉を続けた。思わず緊張して俺の喉もごくりと鳴る。
「かつてその愛らしさで魔王を圧倒し世界を平和へと導いたのが、百万という大群の雀達だったそうな……」
「……そうだ」
黙って聞いていたパァムがやおらに顔を上げ、薄く笑った。
「その百万の雀の中の一羽の末裔が……このオレだぁ!」
ど~んと胸を叩いて小さき雀が片足をあげた。
「アニキかっこいい~!」
「のちに大食い自慢でアワホを五束も食べて、王様にたいそう可愛がられたそうな!」
「ワァオ! ご先祖様さっすが~!」
ひゅ~ひゅ~とリンドヴルムがぱちぱち手を叩き、パァムはなんだかテレテレしながらもドヤ顔をして俺の肩の上で胸を張っている。
百万羽の雀ってそりゃヒッチコックじゃねぇか。その大群逆に怖くないか。
「というわけで、パァムのアニキはすごい」
リンドヴルムが我がことのように胸を張る。
「まぁ、そういうことだ」とパァムが恥ずかしそうに頭を掻く。
「ところでリンドヴルム。クソまずルナーを美味しくする方法とか知らないか?」
「ルナーを美味しく?」
巨大な頭を傾げてリンドヴルムが唸った。
「塩でも振っておけばいいんじゃないっすか?」
叩くぞ。
「それで美味しくなればいいんだけどな」
「無理っすね」
リンドブルムがあっさりと言い放った。なら塩でも振れとか適当なことも言うな。
「この下僕のルナー。ホントゲロまず。こんなまっずいルナー初めてっすよ。お前、こんなルナーで今まで誰にも怒られなかったのか」
「うん。というかさ、俺召喚士になったばかりで、初めて出てきてくれたのがお前だったから」
「まじか。もうお前召喚士止めた方が良いよ。怒られるぞ。まぁというわけで常にこのくそまずルナーを食わされているおれ限界なんで帰りますね……って、でも帰る際にはより一層大量のルナーを貰うこと考えたら、うえっ、おっ、げ、ゲロが喉まで……」
「うわー! よせー!」
パァムの叫びもむなしく、リンドブルムは最後に盛大なゲロを吐き出したのだった。
召喚体は返すときにも召喚士のルナーが必要になる。帰り賃のようなものだ。
知らなかった。召喚体というものはことが済んだら自ら帰っていくものだと思っていた。
俺の知識はゲームの知識。召喚獣を呼んだらそれまで。彼らは攻撃が終わったら自分で帰っていったものだった。
「あいつ、大丈夫大丈夫って言ってたけど、本当に大丈夫かな」
リンドヴルムを思ってか心配げにパァムがつぶやいた。
この雀、乱暴だけどどうして見ず知らずの俺によくしてくれるのかと思っていたのだが、実はすごく面倒見が良いのだとわかった。たぶん長男だ。
「パァムの家ってどこ。送っていくけど」
というか、人間サイズなら泊めて欲しいんだけど。
「うーん……」
俺の言葉を無視し、パァムが小さくあくびをして眠たげに目をこすった。
「どうした、パァム」
「おふとん……」
「え」
「おふとん!」
じょりじょりとクチバシをすりあわせて、風船のように大きく全身の羽を膨らせたと思った直後、ぶるんと震わせてから収縮し、つきたての餅のように肩の上でとろけ始めた。
「ちょ、パァム、今ここで寝るのか」
「寝る、寝るでよ……きょ、ちかれたでよな……」
うとうととして肩から落ちそうだったので、ふとんではないが敷き布団的なものとして手を差し伸べると、パァムはちょこんと大人しく手のひらに飛び乗った。
「おふとん……」
掛け布団が欲しいのだろうか。雀のくせに。空いたもう片方の手のひらをパァムの体にかぶせると、彼はまふまふの腹の羽毛に足を埋めて安心したように寝息を立て始めた。
え、俺、これ、どうすんの。
しかも手のひらあっつい。発火してる。小動物ってのはこんなに体温が高いものなのか。新発見に驚きながらも、おにぎりを結ぶように手のひらに雀を乗せて、俺は天上にまします見慣れない二つの月を見上げた。
「ふぁ~。よく寝たでよ」
スサーッと体を伸ばしてパァムが大きなあくびをした。俺はパァムを手に持ったまま下手に姿勢を動かせず、公園のベンチで一晩を過ごした。
こいつの機嫌を損ねてはならないと、一晩中あの契約書が脳裏にちらついた。電撃の痛みは体中の細胞が覚えている。
「お布団が硬くてちょっと体が痛いでよな……」
「おはよ、パァム」
「チュンっ」
伸びた姿勢のまま、びくりと体を震わせ、パァムががばりと顔を上げた。
「で、でよ。あ、あれ、ここは……お前まさかオフトゥン……」
「お布団? してたよ」
ヂュヂュン、とパァムがどでかい声をあげた。その声に反応したのか、公園の木々にいたらしい鳥たちが、一斉にヂュヂュンと警戒するような声を出し、木の葉を散らしていずこかへと飛び去っていった。
「すまん、疲れててつい……」
動けないという制約はあったけれど、俺もベンチではあるが横になって寝ていたし、なによりも手のひらに雀で癒されたし特に問題はない。思ったよりも雀はふわふわで熱かった。発火しているのではないかと思ったほどだ。赤ちゃんの体温は温かいというが、雀も赤ちゃんと一緒で温かい。そして、なにより寝ている間に握り殺さなくて良かった。
失態にうなだれるパァムの頭を撫でると、彼はチュンと小さく鳴いた。
かわいい。
お米あげたい。
「水が飲みたい。喉が乾いた」
「あー、俺も」
俺はまだ少しだけ眠そうな雀を手のひらに乗せて、彼の指示通りに看板の見える近くのスーパーまで小走りしたのだった。




