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勇者パァムは戦わない  作者: トトホシ


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【SIDE P】 (o・Θ・o)ラフレシア

「で、練習として誰を召喚するかという話しだが」

「練習で召喚とかしちゃっていいもんなの。相手怒らない?」


 ちゃんとわかっているな。だが大丈夫。練習用の召喚体というものが存在している。なにを隠そうオレもそうだった。

 戦闘にも向かない特別な技能もない、そういったものは召喚の練習に重宝される。小さいというだけで召喚のルナー消費は少なくて済むからだ。もちろん練習で呼ばれようが戦闘に呼ばれようが、もらえる賃金は一緒だ。


「練習用の召喚体ってのもあるんだよ。んと、その中でも特別優しいのは……白色レグホンさんがいいかな。三丁目のレグホンさん優しかったし、たぶん来てくれるだろ」


 ぶつぶつ言いながら思案していると、ボンドがオレの腹をつんつんとつついてきた。


「あの、パァムさん? 白色レグホンって一体……」

「まずは深呼吸をする」

「え、いや、その白色……」

「いいからやれ、はいまず深呼吸」

「あ、はい、すう~はぁ~」

「別に声に出さなくていいから」

「はい」


 こいつ本気でやる気あんのか。言われればやるところを見るとやる気はあるのだろうが、本気かどうかまではわからん。


「眉間からルナーを吸うイメージで。そこから吸ったルナーを全身をめぐってから口から吐く。それをくり返す。新鮮なルナーを吸う、全身を巡らせてから古いルナーを吐く、新しいルナーと古いルナーを体内で入れ替えるイメージ。わかるか」

「うん。わかる」

「徐々に全身の細胞に新鮮なルナーが漲ってくる」

「うん」

「わかるまで納得できるまで深呼吸をして、ルナーを体に感じるんだ。ゆっくり時間をかけていい。そして、ルナーに満たされて準備ができたときに、召喚体白色レグホンさんに呼びかける」


 数秒後、ボンドがかっと目を見開いて両手を天にかざした。別にそういうことはしなくてもいいんだけど、それが地球での流儀なのかもしれないので黙認する。


「私などが呼んでしまって大変申し訳ないのですが、是非ともお越しいただきたく」


 天にかざした手をふわ~りとおろして、そのまま流れるように土下座をする。


「それだっ」

「お越し下さいませ、やさしい白色レグホ……」


 ぎいいいィィーー。


 突如、ボンドの言葉を遮って耳を聾するこどの轟音が辺りにこだました。あまりの声の大きさに大地までもが揺れて、周りの木々に止まっていた雀たちも一斉に飛び去った。

 オレは突然の出来事に驚いて咄嗟に、土下座でひれ伏しているボンド顔の下に逃げ込んだ。

 なんだ、なにが起こったんだ。召喚でこんな禍々しいことが起こることなんてない。そもそも召喚の魔法陣も出ていない。

 ボンドはぽかんとして突然自分の下に入り込んできたオレを見下ろしている。


「どした。赤ちゃん返りか?」

「ばっかやろう! どしたっておまえ、さっきのおぞましい叫び声が聞こえなかったのか」

「聞こえたけど……、あれって召喚が成功したんじゃないのか」

「こんな禍々しい召喚の成功があってたまるか」

「まじか。白色レグホンの叫び声かと思った」

「白色レグホンさんはコケコッコーって清々しい声で鳴くんじゃい」


 そうこうしている間に、見たことのない巨大な生物が絶叫と共に現れた。その体は人間の住む家ほど大きく、五つの花弁を持つ花のようではあるが、その花は毒毒として赤く、全体に白いぶつぶつとした斑点がある。

 そして本来雌しべがあるであろう中央の位置には、すべてを飲み込んでしまいそうな穴がぽっかりと開いていた。そして茎のありそうな部分には無数の足が生えていた。

 激しく動くでかい食虫植物のようなミテクレ、といったらいいのだろうか。大きさでいったら食虫どころかこれはきっと人食植物だ。


 おぞましい生き物が動くと同時に、周囲に悪臭が立ちこめる。

 それが体をゆらゆらと左右に揺らしながら、どしんどしんと大地を鳴らして迫ってくる。

 こんな地獄の住人みたいな生物はここら辺では見たことない。まさか白色レグホンさんと間違ってこいつを召喚したのか、もしくは白色レグホンさんがいつの間にかイメージチェンジしたのか。いいや、どちらもないだろう。召喚陣が出てないうえに、ボンドとこのクリーチャーにルナーを介した結びつきは感じられない。

 あまりの臭気にごほごほとボンドがむせかえる。


「おげっ、くっさー! パァム屁こいたな!?」

「ばっかやろう! オレの屁はローズアロマだ! この臭いはあのでかいやつに決まってんだろ」

「あ、やっぱり。臭いしラフレシアっぽいぞあいつ」


 そうしている間にも、悪臭をまき散らしておぞましい怪物が襲ってくる。ボンドがオレをひっつかまえて走り始めた。


「とにかく逃げる!」


 賛成だ。

 だがこんな街の中、公園の中でこんなくっさいクリーチャーが出てくるなんておかしいし危ない。どうにかして退治、もしくは退去願わねばならない。

 幸い人気のない公園なのか、まわりにヒトは多くはない。それでも全くいないわけではない。警察が来るにも時間がかかるだろう。


「ボンド、戦闘系の召喚体を呼べ!」

「いやいやいや、白色レグホンさんも出てきてくれなかったのに、どうやって」

「やらねぇとこのままあのくっせぇのに食われて死ぬぞ。古今東西火事場の馬鹿力ってのがあんだろ。召喚も一緒だ、多分」

「多分て」

「このまま死にてぇのか、あがいてから死ぬのか選ぶでよ!」


 うがー、と獣じみた咆哮をあげてボンドが立ち止まった。いや、立ち止まらなくていいんだけど。逃げながらでいいんだけど。

 だがこいつは雰囲気というか形というものが必要なのだと薄々感じていたので、運を天に任せてなにも言わないことにする。

 まるで生け贄を捧げるみたいに俺を握った片手を突き上げ、仁王立ちのボンドが天に向かって叫ぶ。


「なんかすごく強い召喚体様! 出てきて下さいませ! どうか助けて下さいませ! ひらにひらに~」

「頼む~」


 オレもボンドの手の中にいながら、目をぎゅっと瞑り、両の翼をぱちんを叩き合わせて神に祈る。雀の可愛さもこんな食人植物の前にはなんの意味もない。だからこそ奇跡が起こることを祈る。

 腐ったような臭いがますます酷くなる。そろそろと目を開けると、頭上には中央の穴から涎状のものをべろべろと垂した、ボンドの言うラフレシア植物系クリーチャーがいた。やつの影がオレたちの顔に落ちる。

 終わったな。今までありがとう、みんな、愛してるよ。覚悟を決めて目を閉じたその時だった。

 いやオレ飛べるじゃん。今気がついた。

 ここはオレだけでも生き延びなければ。体を掴んだままでいる男の手のひらから逃げようともがくと、オレの魂胆に気が付いたのか、ボンドがよりいっそうオレを握る手に力を込めた。このクソが~。


「パァム、まさかお前、俺を置いて逃げる気か」

「お前の死は無駄にしねぇ」

「ぜってぇ離さねぇ」

「はなせ~」

「はなさね~、道連れだ~」

「クソが~」


 あの世でぜって~呪う。そう誓ったとき、一度だけ大きく上下に体が揺れた。同時に視界も上下に揺れる。怒ったボンドが腕を振ったのかと思ったが違う、ボンドごと世界が揺れているのだ。

 先ほどのクリーチャーの歩みの振動とはひと味違う腹の底から響いてくる大地の揺れ。辺りを見るとなにかを恐れているかのように公園の木々も揺れているし、先ほど座っていたイスが上下に踊りながら倒れた。ボンドの足下の草も怯えるようにばさばさと揺れている。

 地震だ。いや、これは……。


「召喚体が来る!」

「えっ」

「召喚が成功したんだ!」


 小刻みに大地が揺れる。振動の間隔、揺れの大きさ、それらのふれ幅が徐々に大きくなってくる。

 こりゃあでっかいのがくるぞ。

 大地に光る召喚陣が描かれた。こいつはでかい。これだけでかい召喚陣ということはそれに見合ったでかい召喚体が来るのが定石だ。さらに一天にわかにかき曇り、雷鳴を響かせて天が轟いた。こんだけ仰々しい演出をするやつは自他とも似認める相当強いやつだと相場が決まっている。


 魔法陣がよりいっそう光出し、思わず目を閉じてしまうほどのまばゆい閃光とともにそいつは現れた。

 誰だ、誰が現れたんだ。確認をしたいが、網膜に焼き付いた光りの残像がちかちかと視界を遮る。

 召喚体がずしんと大地を揺らしてオレたちの前に歩み出た。その姿にひるんだのか、ラフレシアが襲ってくる気配はない。


「来い来いってうるせぇから来てやったぞ」

「こ、この声は……」

「あっ、見たことあるっ! まさかこれはドラゴン!?」


 うっひょーと顔を紅潮させてボンドが叫んだ。


「これって言うなばかちんがっ。召喚体様って言えっ」


 人差し指の爪と肉の間に嘴を差し込むと、ボンドはいってぇと涎を吐きながら、ようやくオレを解放した。


「この俺を呼んだからには……お……」

「ん?」


 なんだか様子がおかしい。


「お……」

「お?」

「おうっ、えっ……うえ、くっせえええええええ」


 絶叫とともに召喚体が、げぼおおおお、と炎の代わりにゲロを吐いた。ゲロまみれになったクリーチャーがのたのたと四肢(根の部分だろうが)を振り乱す。

 ゲロ吐くほど臭いか? いや、確かに鼻が曲がるくらい臭いけれども。


「いや~、やっぱり臭いですよねぇあいつ」


 頭を掻きながら脳天気にボンドがはははと笑った。


「おぼっ、げぼっ、は……」


 胃液を吐きつつ、口元をふきふき召喚体が首を振った。

 オレはこの召喚体をよく知っている。リンドヴルム。現在登録されている召喚体の中でも強いやつだ。

 そのリンドヴルムが胃液を垂らしながら息も絶え絶えに言った。


「いや、臭いのはお前、だ、ぼっ、ぐぼつっ」

「え」

「だから、げぼるぼ、お前だよ召喚士のニンゲン。臭すぎょ。くさ……くっ、オレなんでこんなのに応じて……、お、おうじ、おっ、えええええ」


 ゲゲボボと再びリンドヴルムがゲロを吐く。巨大な龍が吐くゲロの量はすごい。酸っぱいような臭いもモルボルの臭いに負けじと劣らずすごい。

 辺りはもう地獄だった。公園にいた鳥たちも、ニンゲンたちも、既に逃げたのだろう、誰もいないのが幸いだ。

 遠くからサイレンの音が聞こえてきた。リンドヴルムのゲロにまみれてうなだれているラフレシアを見て、同情を禁じ得なかった。


「あっ、あの、リンドヴルム! 悪かったな、急に呼んじまって」


 足下に走り寄ると、リンドヴルムがかぱっとゲロを吐き散らして顔を上げた。


「そ、その声は……兄貴!? パァムの兄貴!」

「そうだ、オレだパァムだ。来てくれてありがとうな」

「やっぱり~! 兄貴の声が聞こえたんで来たんですよ。じゃなきゃこんなわけのわからん召喚士の応えに応じるわけなんか……おっ、おうじ、おっ……おええええ」


 げぼるぼとリンドヴルムが残り少ない胃液を吐き出す。ラフレシアは既に戦意を喪失したようで、霜の降りたナスのように地面にひれ伏してしょぼくれている。


「リンドヴルム、なにがそんなに臭いんだ。このクリーチャーの臭いじゃなくてか?」

「ぱ、パァムの兄貴、臭いの根源……、こいつ、オレを呼んだこの召喚士です、こいつが臭いんです」

「臭い?」 


 確かにボンドのつむじはちょっとおやじ臭がしたが、むせるほどではなかった。ましてや近くに寄っただけで吐くほどでもない。オレの鼻がおかしいのかな。ちょっとだけ自信がなくなって、試しにちゃんとボンドの肩にとまって、首筋の臭いをくんくんとかいでみた。

 う~ん。まぁ、ちょっと汗と脂のマリアージュした独特な男のにおいはするけれども、別に先ほど飲んだベコナッツミルクを吐き出すほどでもないな。


「お、俺、そんな臭い?」


 ボンドが指で耳の裏をこすってクンクンと臭いを嗅いでいる。


「いや、オレはそうは思わないんだけど……」


 そもそも自分が臭いのにさらに他人のゲロまみれで臭さ倍増のラフレシア。

 ラフレシアに頭からゲロを浴びせるリンドヴルム。

 悪臭の中でさえも、さらに臭いと言われていじけるニンゲン。

 それらの臭気の中で耐えるオレ。

 地獄絵図。

 それにしても、リンドヴルムを呼べるだけのルナーがあったとは、新人にしてはすごい。

 ん? リンドヴルムを呼べるルナー。つまり、リンドヴルムが受け取ったルナー……わかったぞ。そうかつまり。


「ボンド、お前のルナーがすげー臭いんだ」


 天下のリンドヴルムが登場早々ゲロ吐くくらいに。ラフレシアが仲間と思って寄ってくるくらいに。

 その言葉に顔を上げたボンドは、とてつもないショックを受けた顔をして地蔵のように固まった。

 そりゃそうだよな。息でも枕でもルナーでも、己に付随したものが臭いって言われるの、心に刺さるよな。

 しかも息が臭いとか、体が臭いとか、頭皮からおやじ臭がするとか、そういった類のものなら改善する余地はあるのだが、ルナーは無理だ。

 ルナーが臭いのは改善の余地がない。そもそも持って生まれた潜在能力の源、エネルギーの根源が臭いのだ。それはボンドが悪いわけではないし、天性のものだから改善の余地がない。……ってこれ、もしかして息が臭いとか言われるよりつらいのかな。

 警察が到着して一通りの説明をした後もしばしボンドは地蔵のまま動かなかった。

 駆けつけた警官が鼻が曲がりますねぇと言いながらラフレシアを見上げた。その言葉にすらボンドはびくりと体を震わせた。


「すみません、話しは聞かせて貰いました。僕にはわからないのですが、お兄さんのルナーは臭いんですか? これ自体も臭いですからね。仲間だと思って同じような臭いに引き寄せられてきたのかもしれませんね。近くの動植物園にいるやつだと思うので、園に連絡入れて引き取りにこさせますね」


 警官がなにかをするまでもなく、リンドヴルムのゲロまみれですっかり大人しくなってしまったラフレシアを前に警察官が無線を片手になにやらどこかと話しをし始めた。警察官の落ち着き様を見ると、おそらくこいつは凶悪な動植物とかではなく見慣れた動植物なのだろう。

 そして、ラフレシアを指した『こいつ臭い』の言葉にいちいち体を震わせるボンドが多少哀れでもある。

 その後駆けつけた動植物園の飼育員に聞いた話では、ラフレシアは自分と似たボンドのルナーの臭気に仲間がいると勘違いして柵を壊して出て来た可能性があり、もともとはとても大人しい植物で、ヒトを襲うことなんてないとのことだった。

 確かに突然襲ってきたとはいえ、ラフレシアには殺意は感じられなかった。強いて言えば、襲いかかっているというよりも、じゃれついてきている犬、といった方が合っているような様子だった。それが見た目が凶悪で臭いがひでぇもんだから、オレたちも必要以上に警戒してしまったのだ。


「仲間意識の強い子たちなんです」


 そう言って飼育員がラフレシアの足を撫でる。


「俺、ラフレシアと同じ臭いなのか……」


 すんすんと鼻の穴を広げながらボンドが虚空を見つめる。


「正直オレはちょとわからねぇけど」

「むしろもっと酷いくらい。腐ったドブ」


 小さなオレの遙か頭上にあるリンドヴルムがそう言った。ドブが腐るのか。信じがたい。


「おい、リンドヴルム、真実でもそれを直球で言うのが正しいとは限らねぇぞ」


 ふんすと荒い鼻息を吐くとリンドヴルムがあっと小さく声を上げた。


「あ、すいません、パァムの兄貴、俺……」

「いや、お前は悪くはねぇ。強く言って悪かったな。ただ、真実を言われて傷つくやつもいるからな」

「そうですね。例えルナーが腐敗したカブトガニの餌みたいに臭くても、直球で臭いと言ったら失礼ですよね。気をつけます」

「俺のルナー、腐敗したカブトガニの餌なの……」


 それってどんな臭いかオレにもよくはわからねぇが、今さっきルナーを受け取った奴がそういうのだから確かなのだろう。なんか、リンドヴルムには悪いことしたな。

 飼育員に引き取られてラフレシアが動植物園へと帰り、警察の取り調べも一通り終わったところで、一件落着と言うことになった。

 それにしてもボンドのルナーが臭ぇとはな。流石に役所ではルナーの味までは測定できなかったのだろうが、それにしても召喚士適正10☆なんて嘘じゃん。


 むしろ0じゃん。

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