【SIDE P】(o・Θ・o)召喚士とはなんたるか
「いや~、頑張ると疲れるな」
「おまえは全くなんもしてねぇだろうが」
大地にひれ伏してただけだろうが、頑張ってねぇだろうが、消すぞ。
そう言いたかったが精神的に疲れて呆れて面倒臭くて、それが喉の奥から発せられることはなかった。
とりあえずこいつはなんにもわからなさすぎるので、基本のキからやることにしようという話で落ち着いた。まさかこんなでっかいニンゲンにあいうえおから教えることになるとは思わなかった。
「これ美味しいな」
近くに来ていたキッチンカーで買ってきたベコナッツミルクを啜りながら、ベンチに腰掛けたボンドが感嘆の声を上げた。
「なんて飲み物なんだ? ミルクティーかと思ったんだけどなんか違うな」
「これはベコナッツって実からできたベコナッツミルクってやつだ。地球にはねぇの? おいしいだけじゃなくて実も見た目が可愛いくて人気の食べ物なんだが」
「ベコナッツは聞いたことないなぁ。これは俺が初めて食べた異世界の食べ物だ」
「さっきヨネおばさんのとこで食ったろ」
「あれは地球にもある。でもベコナッツミルクは地球にはない。だから、初めて出会ったという意味でこれが異世界初の食べ物」
すごく嬉しそうな顔でボンドが笑う。こいつはほんと気楽でいいわ。
「さて、飲みながらでいいから今度は座学だ」
「へ~い」
道路に沿うように長く延びる公園にある大きなテーブルとイスを陣取って説明を始める。頭上では鳥達が歌い、足元では小さな虫たちがちょこちょこと走り回り少し騒々しいが気にする程度ではない。
まずは召喚士と召喚体との関係から学習していくことにする。役所から貰った資料はボンドには読めないかもしれないが、写真やイラストも多く使われているので、オレの説明と併せて感覚でなんとなくわかるだろう。
「それでは授業をはじめるぞ」
「イエスボス」
「えっと、とりあえず大前提として、召喚体は登録制です」
「はい?」
顎をくいっとあげてぽかーんとしたボンドがその顔に似合った素頓狂な声をあげた。
そう、召喚体というものは、召喚されるにあたりまず役所に認定して貰う必要がある。つまり召喚体とは登録制なのだ。
勿論召喚士も登録制で、役所の仲介のもとでそれぞれの立場が成り立っている。ボンドは召喚士になると宣言したため、仮免許として国から召喚士の資格を認定されている。
さらに銭の話しをしよう。召喚体と召喚士は役所を仲介として銭のやりとりをしている。召喚士は登録料を納め、召喚体は召喚される度に役所から報酬が支払われる。
「お前は時空漂流者だから登録料が三か月間免除されてる。その間にせいぜい冒険者としてお宝でも探して稼ぐんだな。それと、登録料以外に年間更新料がかかるからな」
そして、召喚体と召喚士の間でまだ重要なことがあるのだが、それはルナーのやりとりだ。
召喚士は召還体にルナーを配給する。ルナーにより召喚体は時空を超えて召喚される。召喚体はルナーと銭をそれぞれ召喚士と役所から受け取る。お金のやりとりは役所がやってくれるが、ルナーのやりとりはお互いの信頼関係を構築するという点でとても重要だ。
ルナーというのは言うなれば、宇宙に広がる星々から受け取った生命それぞれに蓄積したエネルギー、見えない力といったところだろうか。召喚士と召還体はそれのやりとりで関係を結ぶ。
召喚体によっては役所からの銭よりもルナーの方が重要だという奴もいる。それは交通費であり食事代でありエナジードリンクでもあり、なにより召喚士によって様々な違いがあって……まぁ、召還される側としてはちょっとした面白要素であり、好き嫌いの要因でもあったりする。
ここで色々紛らわしい語句があるのだが、召喚士になるためにはそれぞれの言葉の違いを区別しておかなければならない。
ルネ。ルーン。ルナー。似ているが違う。
ルネは特殊能力のことだ。おとぎ話で言えば魔法使いの使う魔法みたいなもんだと思われてはいるが、正確に言うと結構違う。お腹が空いたから誰かの腹を満たせるようなサンドイッチ出す的なやつは、魔法であって夢想であって想像上の産物であってルネではない。誰かの腹を満たせるようなものを構築するような能力、原子をどっかからかき集めて創造のままに構築できるなんて神だ。もしかするとそんな神に近いルネも存在するかもしれないが、オレの知っている限りでは聞いたことはない。
ルネは雷を呼んだり、大気中の水分を凝縮して水の攻撃を行ったりというものが多い。治癒能力を増幅させるようなルネもある。いわゆる回復魔法みたいなもんだ。あとは使いどころはわからないけど舌がよく伸びるルネというのも見たことがある。
という感じで、ルネとは無理すぎない魔法、と思っていてそう違いはない。
ルーンは特殊能力であるルネを駆使する者。
ルナーはルネを使うために必要なエネルギーのようなもの。
一通り説明を終えると、わかったようなわからないような顔をしてボンドが頷いた。まぁ、別に覚えていなくても召還することに支障があるわけではないし、なにより自然と覚えていくものだろう。
「そこでボンド、お前が召喚士適正抜群だった理由なんだが」
ボンドがはっとした様子で顔を上げると、くわえていたストローがぽとんと空のカップの中に落ちた。
「お前になんの才能もないからだ」
「んふ……んふん?」
「気色悪い声あげんな」
「いやだって、☆付きだぞ!? 才能があるってことだろ」
違う。才能がないからこその『召喚士』なのだ。つまり、他力本願。自分には力がなく、他の力を使わないことにはなにもできないということなのだ。
召還そのものはルネではないと言われていて、手順さえ踏めば誰でも召喚士になることはできる。ルーンはルネを使用する時にルナーを消費する。召喚士は召喚体を呼ぶ時にルナーを消費するが、召喚士のルナー残存量が召喚体の力に影響することはない。そもそも召喚するだけの交通費がなければ呼べないだけだ。ルネはというと、残存ルナーが少ないと通常は火炎放射出来るところをマッチ程度の火しか出ない、ということはありえる。だが召喚士に関しては、ルナーの残存量が少ないからといって呼んだ召喚体が弱体化しているなどということはない。それらのことにより、厳密にいって召喚士という者はルーンではないとされている。
「よくわかんない」
「だろうな」
オレもお前の脳に期待はしていない。
「簡単に言うと召喚士ってのは、ルネの使い方がわからないやつが無駄に大量のルナーを持っていて、そのルナーを餌にルネが使えるやつを代わりに働かせる、という職業だ」
「つまり……」ボンドが親指の爪を噛んで考え込むように視線を伏せた。「金だけは持ってる無能が、金にものを言わせて自分の代わりとして誰かに危険な作業をさせる、ってコト!?」
「それそれ」
「なるほど。ちょっと嫌なやつというか」
そうだ。ボンドは召喚士を素晴らしい職業と思っているかもしれないが、ここでの召喚士ってのはルナーを他人にあげて代わりに仕事をやらせる、という点でわりと好かれない職業だったりする。
「お前の召喚士の適性がずばぬけていたのも、お前の中に特に目立った才能がなにもなかったからだ。ルネも使えない、これといって身体能力が高い訳でもない……しかし、無駄にルナーの容量だけはすごくある。つまり、自分は無能でも、他人の力でどうにかやっていく適性がずば抜けてあったということだ」
「すっげぇ言われよう」
がかたかたと奥歯を震わせたボンドのアホ面よ。
「それで、どうする?」ボンドの目と鼻の先に立って問いかけた。
「召喚士、やめるか?」
「やめるわけないだろ!」
雨風で古びた公園のテーブルを思い切り打ち付けてボンドが叫ぶ。鼻息で自慢のオレの腹毛がまふっと揺れた。
「他力本願上等! 世界一の召喚士に俺はなる!」
だろうな。そう言うと思ってた。




