【SIDE P】(o・Θ・o)一粒に七柱の神様
「起きろってんだ」
ぽかりと脳天を叩くと、あいたっ、と声を上げて、でかいだけのバカニンゲンが突然がばりと体を起こし、まだ半分寝ぼけた顔をして首を傾げた。
「う~ん」
寝ている時ですら間抜けな顔をして、ボンドがわざとらしく唸った。赤ちゃんがバブーというくらいわざとらしくて、なんか腹立つ。
「時空放浪者で無知だしアンタに悪意はないということでスカイアイには帰って貰ったぜ。オレの優しさに感謝しろい」
ボンドの膝の上に乗ってふんぞり返ると彼はごめんと言ってしょぼくれた。
「警察には突き出さないつもりだが条件がある」
「条件?」
ごくりという音と共にボンドの喉仏が大きく動く。
オレは緊張して身じろぎひとつしない男の眼前に、一連の書類を差し出した。彼は震える手で書類を受け取って、それに目を通してから読めないけどと首を傾げた。
「これはオレにはもう二度と逆らいませんという証書だ。つまりオレの奴隷になるって宣誓証書だ。赤枠の所に人差し指を押し当てて了承しろ」
オレは今日行った役所で、万が一にも役に立つかもしれないしということで、ふと目に入ったこの書類を貰ってきたのだった。まさかこんなにも早く役に立つことになるとは。
通常は奴隷になるとかではなく、二度と争いませんといった諍いを治めるために双方で使うものだがそれは黙っておく。
「奴隷!?」
「拒否したいならどうぞ。ただオレを暴行した際の証拠はスカイアイに握られてるからそこんとこよろしく」
そう言うと覚悟を決めたのかしぶしぶといった風にボンドが赤枠に指を添えた。すると、手にしていた紙が強風に吹かれたかのようにばたばたとはためいて、名前を書いた枠の中が強烈に赤く光り出した。焦ったボンドが手を引っ込めると、紙が意志を持ったかのように、するりと俺の手元に舞い降りてきた。
「よっし」
成功だ。奴隷ゲット。
「俺は雀の奴隷なのか」
がくりとボンドが肩を落とす。しかしその顔はどこか嬉しそうでちょっと危険な香りがした。
先ほどまでの天気はどこへやら、空には薄く雲が立ちこめてなんだか雨が降りそうな様子で、草花がじっとりと肩を落としている。雀暴行犯罪者の下僕の旅立ちにはとてもよい日和だ。
「おう、行くぞ、下僕」
「はぁ~い、ご主人様」
ぱたぱた飛ぶオレの後をとぼとぼと縦長生物のボンドが後を付けてくる。しかし罵られてその頬がほんのり赤らんでいるのは今後も気づかないオレでいたい。
「なぁ、下僕って、俺はなにをすればいいんだ」
「稲作するとか」
「ん?」
「田植えをするとか」
「んん?」
頭の悪い顔をして下顎を突き出す下僕に、こいつは本当に成人しているのだろうかと疑問がよぎる。よくよく見るとピザ生地に空豆を張り付けたようなたいそうマヌケな顔をしている。おまんじゅうをたくさん食べるくらいしか能がなさそう。
下僕にしたのは間違いだったかもしれない。これじゃあオレの品位すら疑われる。
「稲作、知らねぇの? つまり、オレの為に世界一のお米を作るとか」
「いや、稲作は知ってる。むしろ俺実家が米農家だし」
「なに!? お前米農家の子供なのか!?」
「え、そうだけど……」
まさかこんなマヌケ面が!?
「神の子供なのか!?」
「はあ?」
「米農家の子供っつったら神様の子供だろうが」
やっちまったとオレは天を仰いだ。
あ~、神の子を奴隷にするなんて神様に悪いことしちまった。
「俺が神の子なら奴隷から解放してくれよ」
「そうだな。別にどっかいきたきゃ行っていいぞ」
「またそういう言い方して」
「お前みたいな奴隷でもいないよりはマシな場面が訪れるとも限らないわけでもないかもしれなくはなくなくなくなくなくなくない程度だし」
「なんだとこの雀が!」
「あんだよこのニンゲンが!」
「串に刺して丸焼きにして食うぞ!」
言い終わるが早いか一天にわかにかき曇り、強風が吹き付けたと同時に、ビカッと空が光った。
「うんぎゃー」
叫ぶが早いかまばゆいほどの光と衝撃を伴って、ボンドの頭に稲妻が突き刺さった。
「ほんぎゃー」
驚いたオレも思わずその場で数センチジャンプして叫ぶ。
これはさっきの宣誓書の効果だ。危害を加えようとすると、死なない程度の雷撃を頭に食らうのだ。
なるほど、下僕が主人に逆らうのが許される範囲というのがなんとなくわかった。そこにはオレの意志は関係しないんだな。
ぷすぷすと脳天から焦げた臭いの発する煙を立てながら、じょろじょろと小便を垂らして倒れ込む男に、これは下僕として持っている方がオレのマイナスになるのではないかと確信した。
というわけで、オレにとっては逆にマイナスになるかもしれないような契約を迂闊にしてしまったために、このどうしようもない銀河系オリオン腕太陽系第三惑星地球出身の男と行動を共にすることとなった、という悲劇。
公園の水道でパンツとズボンを洗ってから、まだ湿っているパンツ一丁のみを履いてズボンを手に持ち、とぼとぼと歩くボンドの軽そうな頭の上に乗り道をゆく。
ちょっと危険な風体だけれども、どこぞの星から戻ってきた冒険者もたまにこういう格好している奴もいるから、 局部さえ出していなければ逮捕されることはないだろう。
……出してはいないがしかし、どういう趣味だか蛍光色の濡れたパンツが局部に張り付いて心なしか透けて見える気がする。ばっちい。
「……とりあえず、ズボンと下着が乾くまで日当たりのよいところでまったりするか」
「はぁ~腹減った。なんか美味しい物食べたい」
オレの言葉を全く聞かずに、ぐいぐい鼓膜に食い込んできた腹音に思わず気絶しそうになる。パンツ一丁でいう言葉かそれ。多分こいつは先ほど脳天に電撃を喰らったことすら忘れている。
「この星のご飯食べてみたい」
そう言うなり、頭にいたオレを見上げようとしたのだろう、突然顔を上げたのでオレはつるりと滑り落ちた。体勢を立て直そうと翼をばたつかせていたら、ボンドが慌てて振り返って後頭部から滑り落ちたオレを片手でキャッチした。
「パァムのおすすめの店教えてよ」
「まぁ……おすすめの店ならあるけどよ」
ヒャッホー、異世界飯! と訳の分からないことを言って、ボンドが湿ったパンツ一丁で拳を突き上げた。布越しに局部が揺れるのが分かる。ばっちい。
しかしこいつ転んでもタダでは起きねぇな。
ズボンがほどほどに乾いてから、お昼はオレのおすすめのヨネおばさんの店でカボチャのシチューとカボチャと生クリームの甘いサンドイッチを食べた。ボンドはというと、お米の上にホワイトクリームを乗せて、その上にとろけるチーズがたっぷりかかったドリアを食べていた。これも美味いんだよな。
「機嫌のよさげなパァム、ようやく見た気がする」
ボンドがテーブルに肘をついて笑った。そりゃあ美味しいものを前にしたら顔だってほころぶ。運ばれてきた食後のセージ茶の芳香を鼻孔いっぱいに吸い込みながら、自分でも自然と笑顔になるのがわかった。
***
「ごちそうさまでした~」
ドアを開閉すると同時にカランカランと昔ながらのベルが鳴ることに、どこかしら懐かしい気持ちになる。この古くさいベルがあるのもこの店が好きな一因だ。
ボンドもヨネおばさんのご飯に満足したようにでっかいげっぷをひとつした。
「元気になったことだし修行を再開するか」
「うう……はぁ~い」
「復習だ。まず、召喚士とはなんたるか知ってるか」
「えっと、なにものかを召喚して戦わせる……」
「ばっかも~ん!」
こいつを教育するのはなかなか骨が折れるかもしれねぇな。オレは雀たちの飛び交う天を見上げてでっかくため息をついた。
「あいたっ。もうっ、そんな叩くなよっ……えっと、召喚士ってなんか召喚するんだろ。獣じゃないやつ。あ、魔法陣書いてなんか呪文唱えたほうがいいのか?」
それ以前の問題だということに気がついていないこのクソ男。オレの血管はちぎれる寸前だ。
オレはこいつが発言するたびに、棒を振り回してたり、草を引きちぎったり、土を掘り返したり、蟻の行列を数えたり、まだ未熟なタンポポの種を飛べないよう踏みつけたりして八つ当たりをしていた。そうしないと脳の血管がちぎれる。
数時間のバカチンとの格闘の末、ようやくわかったのかしぶしぶ立ち上がったボンドが、今までオレに言われていたとおり、召喚の体勢に入ってみせた。
こいつは召喚士適正10☆であるだけあって素質はあるのだ。できないわけではない。
さあ、ここからだ。ボンドがずばっと両手を天に突き上げて声を上げた。
「いで……じゃなくて、おいでませ! お忙しいところ申し訳ありませんが、こんな私の元になぞに来て下さる心優しいお方~! ひらにひらに~」
仁王立ちで両手をあげていたボンドが、そのまま前に腕を下げてお辞儀をしながら倒れ込み膝をつき、大地にひれ伏した。ここまでは良い。
しかし、ここでじゃじゃぁ~ん、現れる優しい召喚体がいるわけはない。
なんで出てこないんだ、とつぶやいたボンドは大地にひれ伏したまま動かない。
「そりゃ、理由を言ってないからだよ。何のために来て欲しいのかっていう理由」
「りゆう?」
なんで、と言いたげに顔を持ち上げてオレを見上げるその馬鹿ヅラ。知らないやつに突然ちょっとこっちきて、っていきなり言われて行く奴がいるかって話なんだが。
「あの」
「あんだ?」
「召還獣なんて、戦うために召喚する他あんの?」
「スペシャルバカチンが~!」
少し伸びかけた足の爪でアホ男の額をひっかく。あいた~と言ってもんどりをうつ男の尻をさらに棒で叩く。ぺちっぺちっと頭に負けないくらい軽い音がなるわい。このバカチン~。しかも召喚体って言ってるだろうが~!
疲れた。もう疲れた。もうやんなってきた。枝を放り投げて見上げた空にはパンツのような形の雲が浮かんでいた。




