【終わりの続き】帰還
その後、全てのネギを刈り取り燃やし尽くした俺たちは地上へと戻って来た。
誰も何も言わなかったが、みんなの足は自然と親父のラーメン屋に向かう。
主人を失くした店はまるで廃墟の様だった。店の中に染み込んだ香味野菜の匂い。回り続ける油の付いた換気扇。赤いカウンターテーブル。背の高い椅子。茶色く変色した壁紙。鉄製の寸胴鍋。使いかけの胡椒。滑る床。
そして冷蔵庫に入っていたのは数本のマ王ネギ。冷蔵庫に染み込んだその独特な臭みに思わずむせた。
これを含めマ王ネギは全て燃やしてしまわなければならないと店をくまなく捜索していると、レジ下の棚にあった脂の染み込んだノートを見つけた。捲ってみるとそれにはマ王ラーメンのレシピがしたためてあった。
「親父の形見だな」とパァムは言った。
「これを誰かが受け継いでゆくことが供養になるかもしれませんね」
ゼゼの言葉に全員が頷く。
「で、誰が受け継ぐの?」
誰も手は上げない。ラーメン屋をやりたいやつはこの場に誰もいない。
「ボンド、お前貰っとけよそのレシピ。召喚士よりもラーメン屋の方が現実的だぞ」
「でもマ王のネギあってのレシピだよな、これ」
うーん確かに、と一同一斉に唸る。
「地球にマ王ネギに似た味のネギがあるかもしれねぇし、やっぱり貰っとけよボンド」
「え~。いらない」
「命令だぞ」
「はーい」
受け取ったノートは染み込んだ脂のせいか心なしか重い気がした。繰り返しめくったであろうページはゴワゴワによれてところどころ茶色いシミで文字が滲んでる。
もしかしたら、いつか親父さんの家族に会うことができてこのレシピを形見として渡すことができるかもしれない。
そう思って、壁に貼ってあった親父さんの家族写真を手に取り、そっとノートに挟み込んだ。
救助を待ち続けて二週間経った頃に大きな宇宙飛行機がこの星に降り立った。
オリーブグリーンの機体ということは軍隊のものだろう。
「やっとだ……」
涙目のパァムが宇宙飛行機を拝む。
そこから数人の軍人らしき人たちが辺りを警戒しながら降りてきて、最後に二メートルはありそうな体躯の男が姿を現した。明らかにこいつが一番偉いとわかる風貌と威厳、そしてオーラ。金色の目に枯れた黄金の様な髪。その存在感に圧倒される。
こっちの方が魔王っぽいなと思っていると突如うっがあああああと獣の絶叫が聞こえた。
ほぼ撃退したと思っていたが、まだニビルのモンスターがいたのか。
身を屈めて戦闘態勢に入るも、ガルルと声が聞こえるだけでモンスターはどこにもいる気配がない。
おかしいと思いつつ奇声の方に目をやると奇声を発してゼゼが暴れていた。
「ちょっと少尉、噛み付くのやめてくださいよっ」
「ガルルルルルル」
獣だと思った声のヌシはゼゼだった。
狂犬病に罹った犬のように涎を垂らして救助に来てくれた軍人さんたちに襲い掛かろうとしている。
「おいゼゼどうしたんだよ!」
パァムが慌ててゼゼへと歩み寄る。が腰は引けている。
近づけただけでもすごいと思う。ゼゼのその形相に俺もそよちゃんも怖くて近づけないでいるのだから。
「がるがるる。私のおビールがっるるる! 奪われましたっ。あの蛮族共にっ!」
「ビールが?」
「しょ、少尉?」
これでもかとパンパンにビールが詰め込まれたゼゼのリュックを抱えた軍人が狼狽えている。
少尉、彼は今そう言ったか。
「ほらな、やっぱりあいつ軍人だったろ」パァムがオレの言った通りだろ、と鼻を鳴らした。
「用便願いますなんて声高らかに言うOLなんていねぇもんな」
「少尉って偉い軍人さんじゃない」
そよちゃんが甲高い声を上げた。
それはそうかもしれないが、今はそれどころじゃない。
おそらくゼゼよりも階級が低いであろうと思われる人たちが獣化したゼゼに向かって必死に説得を試みている。
「少尉! どうしたんですか!」
「渡航申請書にこの星の名前が書かれてたから、心配してみんなで迎えにきたんすよ」
「ゼゼ、ふざけるのもいい加減にしろ」
「うるせぇ誰だお前このでかぶつがビール飲ませろ」
「あわわっ、ゼゼ少尉……アンタ現地まで来てくれた中将閣下になんて口を……」
直後、ごんと蒼穹をかち割るような音を立ててゼゼの脳天に拳が突き刺さった。
キーキー威勢の良かったゼゼもそこまで、あっさりアヒィと言って泡を吹きその場に崩れ落ちた。拳骨麻酔の効果は強力だ。その様子を見ていた軍人さんたちが震えながらも素早くゼゼを回収して宇宙飛行機に乗せて行く。
「お見苦しいところをお見せしました」
今しがた拳骨を放った例の一番偉い人そうでラスボスのような巨躯をした軍人がぺこりと頭を下げた。その圧倒的なオーラに「ははぁ~」と俺は大地にひれ伏した。
「ぎゃ、虐待……」
「指導です」
うんこを漏らしたパァムを見下ろしてラスボスが言い放った。
「私はゼゼの上司でハガラズという者です。部下がご迷惑をおかけしました」
「あ、いやいや迷惑なんてとんでもねぇ。ゼゼのおかげで生きてるようなもんだぜ。あいつ記憶喪失なんだよ」
だから許してやってくれと言ってパァムは俺の頭の上に飛び乗り(それでも見上げる形は変わらない)ゼゼの上司に、ゼゼとの出会いやこの星での彼女の様子を詳細に語った。持っていた手記から名前は分かったものの、身分証を紛失して自分がどこの人間かわからないこと。自分たちが随分と彼女のルネに助けられたこと。
「あの様子だと随分飲んでいましたか」
「ビール? ああ、そこはオレからも謝らなきゃな。あいつがいくら強いからといって、ゼゼの肝臓に負担をかけちまった」
ハガラズと言われた偉い軍人さんが言うにはどうやらゼゼは軍医から厳しく酒を制限されていたらしい。眉間に皺を寄せた厳しい表情の彼に対して、彼女はほぼ二十四時間飲んでましたなんて口が裂けても言えなかった。
「あいつ都合の良いところだけ忘れてるな」
「いやでも頭に岩石当たって結構血が流れてたしさ、なかなかの衝撃だったと思うぜ。記憶もちゃんと戻るかどうか……」
パァムの話を聞いているのかいないのか、身分証の紛失に医者からの飲酒制限の無視か、とぶつぶつ呟く中将閣下の金色の目が冷たく光ったことで、俺はゼゼの懲戒処分を確信したのだった。
「将軍様御慈悲を……」
俺が両手を擦り合わせると、パァムも同じようにナムナムと翼を合わせた。
「どうかゼゼに寛大な処置を……」
「考えておきます」
いや、全然考えてないだろ。その据わった目はもう答え決まってる目だろ。
結局生存者は俺たち以外には見つからなかったが、小さいとはいえそれなりに広大な陸を持つ星だ。後日生存者捜索のために大規模な捜索隊が来ることになった。
今回はとりあえず俺たち四にんだけが生存者と言うことで帰還することとなった。
宇宙飛行機の中でもゼゼは白目を剥いたまま目覚める様子はなかった。
来たときの星間パスでの速さとは違い、宇宙飛行機では数十時間かけて宇宙空間を旅してようやくパァムの故郷であり、俺が異世界転生されてきた星にたどり着いた。
その間、俺たちのパーティーは皆疲れていたはずなのに、あの星で体験したことの興奮のせいか誰も一睡もできなかった。ゼゼを除いて。
軍が出した機体だったので着陸先は惑星クラリヲン原動アスガルド国の軍事施設で、そこで俺たちは未だに白目を剥いて伸びているゼゼと無言の別れを告げたのだった。
***
「帰って来た」
「とんだ大冒険だったぜ」
「生還できたのはちょろぎのご加護のおかげだよ」
そよちゃんが空に浮かんでいるちょろぎ型の雲に向かって大宇宙神様に感謝と両手をこすり合わせた。
「そよそよちゃんはこれからどうするの」
「そよは今回のことでレベルアップしたし、渡りをしている仲間を追うよ。第三陣のグループあたりになら合流できそう」
「そっか。寂しくなるな」
「手紙を書くよ」
「元気でね」
おにぎりの恩は一生忘れないよ、そう言ってそよそよちゃんは重たそうな尻を一生懸命に浮かせて飛び去って行った。飛び去った青空から青緑色の羽がふわふわと落ちてきた。
その羽を手のひらに乗せて、無事に仲間と合流できるようにと祈る。
そして、とうとうパァムとふたりきりになってしまった。
これでパァムとはお別れということか。
一通り冒険も終えたし、パァムが俺と一緒にいる理由はない。
正直ものすごく寂しいが、俺たちもここでさよならだなというと、パァムははぁ? と怪訝な声を上げて俺の顔を見返した。
「なに言ってんだ。まだお前がオレの奴隷だって契約は継続してんだぞ。なに勝手に逃亡しようとしてんだよ」
「あっ……そんな設定あったな」
これからなにかをする目的はないがまだパァムと一緒にいられる。それだけで俺の心は安らいだ。
「パァム。俺いつ帰ることができるかわからないけどさ、いつか一緒に地球に行こう。俺の実家のお米食べさせてあげるからさ」
「美味いんだろうな?」
「もちろん、世界一いや宇宙一のお米だよ」
「地球って遠いんだろ」
「どうなんだろ。そこはよくわかんないけど」
「新米の時期なら行ってやってもいいぜ」
「じゃあ、決まり」
俺は小指をパァムの細い脚に絡ませると、ひんやりとしていた脚は途端にホカホカと温かくなった。照れてるのかと思ってパァムの顔を覗き込むと、咄嗟に小指を振り払って頭に乗られた。
「とりあえず腹減ったからヨネおばさんのとこ行こうぜ。かぼちゃのシチューが食べたい」
「うん。久々にラーメンじゃないものが食べたいな」
「ベコナッツミルクも飲みたい」
「俺も」
ちょっと地球に帰りたくないと思いかけている俺がいる。
ご主人様であるパァムを肩に乗せて歩く俺の異星界冒険はもう少し続くのだった。
了




