【SIDE P】 (o・Θ・o)最終決戦
「もうやめろラーフェン。あんないっそ飴玉なめているような小鳥がむっきむきのアンガスを倒してしまったのだ。魔族の敗北だ。ネギは諦めて降伏してくれ。魔王のネギがなくても君なら究極のラーメンを作ることが出来る!」
親父はセバスが叫ぶその間ずっと無表情でじっと彼を見つめ返していた。
「俺は魔族ではない」沈黙を守っていた親父がゆっくりと言葉を発した。
「魔王の力を手に入れたかもしれないが、俺は魔族ではない」
ネギごと力強く握りしめた親父の拳が震えている。額にはじっとりと汗をかき、三本の深い皺に伝って光が線をなして光っている。頭髪の薄い頭にはうっすらと汗が浮かび上がり、頭のくぼみに集まった汗が我慢できず決壊しつるつると滑るように頭皮を流れ落ちる。
「俺の願いは究極のラーメンを作ること。ただそれだけ」
そんな親父に対してもなおセバスは彼ににじより愛の手を差し伸べた。
「ラーフェン私の手を……」
差し伸べられた手をネギでぺチンと振り払い、親父が顔を上げてセバスを睨みつけた。その形相にセバスも手を引いて思わず後ずさる。
「ネギもまともに切れないやつが何を言う! ご先祖様の文献にも書いてあったが、貴様はラーフェンに愛されていたわけではない! 魔王の弱点を聞き出すためだけにラーフェンはお前に近づき利用したのだ! 女はお前に魔王の監視をさせて長き眠りにつかせ、自分は他の男と子供をこさえていたのだぞ! 私という子孫の存在がその証拠だ!」
「ラーフェンは……人間は短命だ。今だけ愛してくれればそれでかまわないと私が言ったのだ」
明らかに傷ついた顔をしたセバスだったがかろうじて言葉を紡いだ。
「利用されていただけの愚かなセバスよ!」
傷心のセバスに親父は容赦なく、後退りする彼をさらに責め立てるように、くたくたのしなしなになったネギを握りしめたまま吠え続ける。握りつぶされたネギからはねばねばとした汁がしたたり落ちた。
「ラーメンのために世界を滅ぼすかもしれないやつを放ってはおけませんね」
二人のやり取りを見ていたゼゼの両手にルネの光が灯る。それは徐々に強く。光だけでなく風までもゼゼを中心にして巻き起こる。
そよそよとオレはルネの風に飛ばされないよう、ボンドの肩にぎゅっと爪をめり込ませた。
「親父を愛すのはどうぞご自由に。しかしセバス。親父に加担するのでればあなたも敵です」
「俺たちの真の目的は世界を滅ぼすマ王を倒すことだ」
「そう、このパーティーはパァム勇者御一行だよ」
ボンド、そよそよ、ゼゼが示し合わせていたかのようにカッコいいポーズを作る。
慌ててオレもそれに合わせる。
つか、え、いつから真の目的が打倒マ王に目標設定されてたんだ? それサブクエストじゃねぇの? 真の目的はこの星を生きて出ることじゃねぇの? オレいつから勇者になったの? と思う心を必死に抑え込む。
親父とオレたちの間で動揺しているセバスを全員が一斉に見る。親父も見る。セバスはさらに狼狽える。
「どちらにつくのですか、セバス」
カッコいいポーズのままゼゼが問う。
「わ、私は……」
「親父と愛し合ったまま死にますか」
ゼゼは殺す気まんまんだ。
彼女の中でセバスの片思いではなく二人が愛し合っていたことになっていたのにも驚きだが、親父が否定しないからこちらも否定できない。
「私は……美しかったままのラーフェンで終わってほしい!」
セバスが頭にかぶっていたラーメンどんぶりを地面に叩きつけた。ゼゼが頷き、セバスがカッコいいポーズに加わった。
「残念だよ、セバス」
まるでこういう場合の定型文のように親父が言った。
「後悔はないな」
言い終わるが早いか親父の体をルネの光が包み込んだ、と同時に目に見えない圧を体に感じた。それだけ親父のルネが強力ということだろう。重力が増したかのように体が重い。脳みそが潰されそうな感覚に足元が揺らぐ。
「後悔はあるかもしれないが仕方がない!」
セバスが叫ぶ。素直だな、後悔あるんか。ならそっちにつけよ。親父可哀想だし。
最終決戦ってだいたいこうだよな。勇者複数名パーティーに魔王ひとり。
考えてみたら酷いもんだよな。数人がかりでたったひとりの魔王をボコボコにしてるんだもんな。
でも今このパーティに慈悲はない。オレはチャームのルネを解放すべく、袖のソーメンを一本一本ていねいにほぐして臨戦態勢に入った。
「行くぞラーフェン!」
「かかってこい勇者ども! 貴様らを倒して俺は宇宙一のラーメンを作る!」
セバスが切り込み隊長よろしく両手に剣を携えて親父に攻撃を仕掛けるべく走り寄った。その間にオレたちは攻撃の準備を整える。
ゼゼはいつの間にかビールを全て胃袋に収め、背中のビールサーバーを脱ぎ捨てていた。その目は若干据わっている。
「パァムはチャームを発動して下さい。そよそよは後方で援護を。ボンドはパァムとそよそよを守りつつ攻撃できる召喚体を。私はセバスを援護しつつ攻撃に回ります」
「もちろんそのつもりだぜ!」
「ガッテンだよ!」
「帰ってもらって早々だけどリンドブルムを呼ぶぞ!」
ボンドは五体投地で祈っているがリンドブルム来てくれっかな。不安しかない。
「うぃ~。敵にとって不足はねぇ~」
涎を垂らしながらへへへと笑うゼゼ。ふらふらと左右に揺れて足もおぼつかない。泥酔状態じゃねぇか。不安しかない。
「俺のラーフェン、なぜこんな運命に……!」
叫びつつ剣をふるおうとするセバスに対し、親父は炎のルネを発動して相手を寄せ付けない。
親父のルナーがどれくらいあるかはわからないが、マ王のルナーを可能な限り吸収したのだ。消耗を期待するのもよほど時間がかかることになるだろう。その間にオレたちの方がやられかねない。しかも底の見えないルナーだけではなく、ルネそのものも強力だ。不安しかない。
泥酔しながらもゼゼが右手から風のルネを放ったが、親父はそれを指一本振ることで相殺して、即座に仕返しのように炎のルネを繰り出してきた。咄嗟にゼゼも左手から氷のルネを放ったが、親父のルネの方が威力は高かったようで、じゅうっと音を立ててゼゼの髪やら皮膚やら服やらを焦がした。だが彼女はそれらのダメージには目もくれず取り乱さず、攻撃姿勢のまま親父から目を離さない。
白い煙と共にあたりに焦げ臭い臭いが漂う。
そよそよが焦げたゼゼの頬に治療のルネを施しているが、ゼゼは大丈夫だからとそよそよを後方へと下がらせた。セバスがゼゼの前に出て親父に切っ先を向ける。
気を引き締めてオレもチャームを使うべく準備運動に入っておくか。
おいっちにっさーんしっ。
屈伸運動大事。
「かしこみかしこみ~!」
地面に頭をつけたボンドが何度もリンドブルムを呼んでいる。しかし来てくれなかった。だよな。
やはりここはオレの出番だろう。
「チャームッ!」
未だに大地にひれ伏してぺこぺこしているボンドを横目に、チャームを発動して腰を振った。
親父には効き目がなくても味方の士気が上がることが確認されたチャームだ。どうだどうだとハッスルしていたら、獣の咆哮のような雄たけびが聞こえてきた。親父だ。親父が叫んでいるのだ。
「なっ、き、貴様それは一体……っ……うぐああああ」
突如として悶え始めた親父に誰もが狼狽える。
「だっ、だめだ……だめだぁ~」
「なにがどうなっているんだ?」
剣を構えたままのセバスも親父の様子に動揺を隠しきれない。
「俺の中の魔王が、雀のチャームに反応している……!? か、かわいいと思っているー!?」
親父が首を掻きむしって絶叫する。
「チャームが効いているのかっ」
本来のマ王もオレのチャームにもんどりうってたしな。
雀に囲まれて数千年眠り続けた後、雀克服の睡眠学習から覚めたマ王だったが、その効果は薄く地上に出ると姿の見えぬ雀の囀りにすら反応し、その愛苦しさに悶えてしまっていたのだろう。雀の可愛さ克服は睡眠学習なんかでどうにかなるものではないのだ。
「アンガスとは違いネギや人参を食べただけなのに、魔王の好みまで私の体を支配しているというのか! 魔王の雀好きはルナーにまで刻み込まれていたというのか……!」
「先ほど飲んだラーメンスープが決定打となったか」
「なんて罪深いオレ」
マ王に支配されつつある親父が首をふりふり全てを否定するかのように悶え苦しんでいる。
まるで今は亡きうんこになったマ王が俺達に力をくれているようだった。ナムナム。
尾羽をぷるぷるさせると体がさらに光った。ソーメンが揺れる。
「なんて神々しい……まるで神だ」
セバスが言った。
「マ王が言っていた大宇宙神とはパァムなんじゃ」
ボンドが地面にひれ伏したまま、オレに向かって手を合わせてナムナムした。
「ああ~」
チャームを眼前で浴びて親父が鼻水と唾液を垂らしながら絶叫する。その表情は苦悶に満ちている。
「んああ……雀かわいい! 可愛すぎてやばい! 尊すぎ! 尊すぎて直視できない!」
「もういらないんだったらあの雀グッズ、俺にくれ」
「あ、ああ……」
ボンドの要求には答えずに親父が呻きだした。
それにしてもボンドはいつの間にスズメ好きになったのだ。そういえば最近よく匂いを嗅がれている気がする。ちょっと身の危険を感じるオレ。
「くそっ、最期にひとりでも殺してやるっ……! そこの一番弱そうな……」
その言葉にみんながそよそよを守るようにして結集する。
「ボンド貴様は道連れだ!」
「俺かよ」
親父が手にした剣に炎をともしてボンドめがけて斬りかかってきた。
そよそよを守る体制に入っていたボンドは不意を突かれた形になり、召喚体を呼ぶ余裕もなく、背中を丸めて両手で頭を覆って完全防御の姿勢をとってしまっている。
ボンド逃げろと言葉に出す前に突然親父が叫び声をあげ、剣を振り上げたまま、ぶるぶると震え出した。
「き、貴様! 背中のそれはなんだ!」
「背中のそれ?」
ボンドが頭に回した腕をおそるおそるほどき、首を回して背中に背負っているリュックから顔を出す茶色い雀のぬいぐるみを見た。
「それがあると俺が攻撃できないと知っていてなんと卑怯な!」
「あ、あ~、なんとそうだったのか!」
今更だけど、ぬいぐるみでも効果があるのだったら、みんなで雀のコスプレしてきたんだけどな。
「あ、あああ~、雀グッズ~! なぜだ! 数千年もの努力はなんだったというのだ! 魔王よ!」
「さあ、諦めて降伏するんだよ」
しかし親父はそよそよの言葉に首を真横にぶんぶんと何度も振ってそれを拒否する。
「親父、いい加減雀が可愛いと受け入れるんだ! 早くしねぇと精神が崩壊しちまうぞ!」
「崩壊しても……受け入れぬ……!」
「親父っ!」
ちっと舌打ちをしてオレはチャームを止めた。これ以上親父を苦しめたくはない。
オレを包み込んでいる光が徐々に収まり、ソーメンは揺れることを止め、ついには普段通りの茶色く発光してない雀のオレが戻って来た。深く目を閉じてふうと深く息をつく。そして、改めて親父を見た。
しかし、視線の先にいた親父は相変わらず奇声を発して悶え続けていた。
「ね、ネギ……究極のラーメン」
親父がオレに手を伸ばす。
「親父、もうルネは使っていないぞ。正気に戻れ」
しかし親父には聞こえないようで、鬼の形相でオレを睨みつけている。
「ラーフェン……どうしたというのだ」
セバスが親父に手を伸ばす。
「いや、そうか、わかった」
オレはセバスの肩に降り立って親父の顔を覗き見た。
「ルネを止めても俺の可愛さは止まらねぇんだ」
そういうことかと一同が顔をあげた。
たとえ時代を越えたとて、マ王は代替わりをしたとて、チャームをなしにしてもマ王は雀の可愛さには勝てないのだった。
「可愛そうなラーフェンよ……」
セバスが震える親父の体をそっと抱きしめた。しかし親父はそれには反応せずに、ただオレを睨み震える手を伸ばし続けている。
「もう終わりにしよう」
言うが早いかセバスは持っていた剣を親父の背中に突き立てた。突然のことに声すら出せないでいるオレたちの目の前で、そのまま重なり合っている自らの体までをも貫通させた。
「なっ!」
「セバスあなた……」
ゼゼすら驚いて酔いが覚めたようで、この状況に息を飲んでいる。
伸ばされた腕が力なく崩れ落ち、とうとう親父はセバスに抱き抱えられたまま動かなくなった。
「はじめから……君を見つけたときからこうしていれば、美しいままで死ねたのに……」
セバスの白い頬につっと一筋の涙が流れた。
「お前はそこまで親父のことを愛していたのか」
ぢゅんと鳴くと袖のソーメンが悲しげに揺れた。
「はは……勇者よ。これが本当の愛だ。死すら我らを分かつことはできんぞ」
ぎゅっと強く親父を抱きしめたセバスの体から青い炎が上がった。それは魔族特有の凍り付くような冷たい炎だった。セバスが親父ごと自らの体を焼き尽くしてしまおうとしているのだ。
「さらばだ勇者たちよ。私は灰になり今度こそラーフェンと共に永遠の眠りにつこう……」
そう残してセバスは親父とともに静かに燃え続けた。オレたちは無言で冷たくも情熱的な炎を眺めていた。
そして結局オレの下僕のボンドは親父との最終決戦で誰も召喚しなかった。
「なんか……オレが可愛くてごめんな」
すっかり炎と二人が消えてから、二人分の灰を見下ろしてオレはぽつりと呟いた。




