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勇者パァムは戦わない  作者: トトホシ


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【SIDE P】 (o・Θ・o)真実

 最下層までの道のりは長かった。

 薄暗い通路を俺たちは無言でひたすらつき進んで行く。行けばマ王のいる場所に行き着くはずだと信じて。


「さっきの天井の穴はもしかしたらアンガスが先に開けてたのかもしれないね」


 チュッパチャピスを舐めながらそよちゃんがぽつりと言った。


「わざわざ階段見つけて下って来るよりも、床に穴をあけて一気に降りてきた方が早いし。あの図体ならしそうじゃない?」

「ありえる」

「ということはあいつは既に私たちよりも早くにマ王の部屋にたどり着いているかもしれませんね」

「わりと逃げ足も速かったしなあいつ」


 ボンドの言葉にオレは頷いた。

 アンガスってあいつ、むっきむきで愚鈍そうなのにものすごい速さで逃げていったもんな。あれもオヤジの作ったマ王ラーメンを食べた効力なのか。

 そよそよのいう通り、あのアンガスの性格と体格から考えて、大人しく上から順に階段を下って行っているとは考えにくい。地面壊してセルフエレベーターで最下層まで降りているに違いない。


「しかしもう最下層。アンガスはここにいるに違いない。いなかったとしても迎えうつのみ」


 セバスの叫びに一同が頷く。

 いよいよ最下層か。オレはセバスの後に付いていくボンドの肩に乗って、万が一のためにソーメンをふりふりしていた。


 歩く度にギシギシと石と石が擦れ合う音が聞こえる。人がそれほど入っていない証拠だ。踏まれ慣れている上階のダンジョンであれば、踏まれた程度で石が音を立てることも動くこともない。

 奥へ進む度に、じめじめとした湿気を帯びた空気が体にまとわりつく。羽毛も若干湿気を帯びてきたようで心なしか体が重い。

 青臭いような生臭いような黴臭いような、決して心安らぐ類の臭いではないものが湿気と共に漂ってくる。

 しかし、進むにつれてどこからともなく香ばしいような、どこか食欲を刺激する匂いがしてきた。一同もそれに気が付いたようで、くんくんと鼻をひくつかせている。


 うーん、これは……。


「親父さんのラーメン」


 そよそよが呟いた。ゼゼも鼻の穴をめいっぱいに広げてスンスンしている。


「幾多の香菜と圧倒的なネギの量……、硬めの麺と絶妙なメンマの歯ごたえが甘美な記憶として脳内によみがえる……。親父のラーメンに違いない!」


 確固たる自信を持ってゼゼが拳を握りしめて涎を垂らした。そしてビールを飲む。


「ということは、マ王はラーフェン秘伝のラーメンレシピまでも盗んでいったということか」

「親父のラーメンはネギに含まれたマ王のルナーを一番効率よく取り入れられて、かつ美味しく食べられるレシピということか」

「愛しのラーフェンのレシピまで盗むとは……許せんな」


 セバスがぎりぎりと奥歯を噛んだ。

 マ王め。親父が苦労して作り上げた秘伝のラーメンレシピまでも盗むとはどこまでも汚いやつだ。


「よしいいか、この先にマ王がいる確率は高い。そして、ネギを美味しくいただくためにラーメンスープを仕込んでいる可能性も非常に高い。気を抜くなよ」


 一同が同時に頷く。


「行くぞ!」


 力強く頷いて、オレ達はラーメンの匂いがする方へと涎を垂らしながら駈けだした。

 暗いはずのダンジョンの一角から明かりが漏れる。

 オレ達が足を踏み入れたそこは、地下だというのに竈に灯った炎のせいでひと際明るかった。

 そして、立ち込めるラーメンスープの匂い。人参やショウガなど色々な香菜がぎっしりと詰まった甘くてほんのり青臭い香りに、凝縮されたネギの匂い。これはまさしく。


「ラーフェンが作っていたスープの香りだ」


 セバスがくっと唇をかみしめた。

 腹の中からふつふつと怒りが沸き上がってくる。親父を殺し、親父のレーメンレシピを盗み、そして今ここでのうのうと野菜を収穫してラーメンスープを仕込んでいるであろうマ王。

 しかし、ぐつぐつと音を立てる巨大な釜はあるのだが、肝心のマ王が見あたらない。手下のアンガスもだ。

 まさかキッチンの火をつけたままどこかへ出かけたのであろうか。それは決してやってはいけないことだ。


「マ王がいないのは不思議ですね」

「この釜のスープ……いい感じにぼこぼこ煮えているのだが」


 セバスが蒸気の立ちこめる釜の中をのぞき込む。


「ああ、スープはボコボコ煮ちゃいけないんだったか」

「アンガス!」


 どこからか聞こえてきた声にセバスがいち早く剣を抜いて戦闘体勢に入る。アンガスが笑いながら奥にあった細い小道から姿を現した。


「弱火でじっくりコトコトだかって言ってたな。火加減見てくれって言われてもよ。ああ、お前等が探している魔王様は足りないスープの具材を探しにどっか行ったぜ。残念だったな」


 アンガスが鍋の傍らに置いてあった木の棒で、乱暴にスープをぐるぐるとかき回し始め、にやりと笑ってオレを見た。

 いやな笑みだ。まさかオレを出汁に使おうとでも思っているのだろうか。とりがらスープとして。ひやりと背筋に冷たいものが走る。


「ボンド」

「うん、そよそよちゃん」


 ボンドの肩にいたそよそよがより一層ボンドにくっつき、お互い意味ありげに頷き合った。なにかよくわからないが、ふたりが神経を張り巡らせていることはわかった。そよそよのことだなにか策があるのだろう。


「ところでお前、そのスープはなんなんだ」


 剣を抜いた状態で、セバスがアンガスにじりじりとにじり寄っていく。


「ラーフェンのラーメンスープと同じ匂いがする」

「だったらなんだっていうんだ?」


 力任せにスープを混ぜていたアンガスが、口の端を歪ませて顔を上げた。


「……やはりラーフェンの命だけでなく、秘伝のレシピまで盗んだのか」


 セバスの目の色が変わった。取り巻く空気も張りつめて息をするのが苦しくなる錯覚に襲われる。握り直した剣がぎらりと松明の明かりを照り返す。

 しかし、セバスがアンガスに襲いかかるよりも早く、奥の部屋から強烈な光と共に熱風が吹いてきた。

 何者かが攻撃のルネを放ったのだ。不意をつかれて身動きができない。


 だが、こちらに赤い炎として熱源の凶器が襲いかかるよりも早く、突然ボンドが地面にひれ伏した。肩にいたオレは突然そよそよに抱き着かれてそのまま地面に投げ出された。


「かしこみぃ~!」

「みんな伏せて!」


 ボンドの奇声になんだと思う間もなくそよそよが叫んだ。よくわからないけれど言われた通りにゼゼは地面に伏せ、セバスもそれに習う。


「よろしくお願いしますリンドヴルム!」


 空気が揺れて次元が歪む。地面が揺れて天井が軋む。ボンドの叫びと共にリンドヴルムが姿を現し炎を吐き、それと同時に熱風が襲ってきた。

 じゅっと音を立てて尾羽の先端がちょっとだけ焼けた。でよーッ!? ボンドのせい! 泣きたいがそれどころではない。


「まったく、俺を盾に使うなんてなぁ……おえっぷ」

「ありがとうございますリンドヴルム様!」

「パァムの兄貴がいねぇと来てねぇよぉぉろろおうっ」


 相変わらずお前のルネはくっせえ、側溝から汲んできたんか、そう言いながらリンドヴルムが勢いよくゲロを吐き出した。だがそれはほとんど水分で、ダンジョン内の松明に照らされてきらきらりと光の虹を描いた。


「お前が近々緊急召喚するってことで待機してたから、水分しか取らないようにしてたんだよ」

「ありがとう、助かったよ」

「ありがとうだよリンドブルム!」

「全部終わったら召喚しない状態で焼肉奢れ」

「……俺のラーメン作りの邪魔をするやつは殺す」


 聞き覚えのある声に顔をあげると、そこには手のひらを見つめてため息をつくラーメン親父がいた。

 額に巻いた豆絞り、めんま命と書かれた白いTシャツ、常にうっすら額に浮かぶ汗、そして無精ひげ。

 生きていたのかと安堵すると同時に理解ができなくて、オレもセバスもゼゼでさえも目を見開いたままで立ち尽くす。


 リンドヴルムの出現に驚いたらいいのか、親父の出現に驚いたらいいのか、場が混沌の色に染まる。地面に寝転がっていたオレとそよそよを掬い上げたゼゼも混乱しているのだろう、手のひらがじっとりと汗を掻いている。同時に無意識なのだろう、力が籠ってきたので、握り潰されないうちにしゅぽんと彼女の手から飛び出してボンドの肩に降り立った。


 ふう。ちょっぴり焦げた尾羽は後でどうにかトリミングするとして、オレはボンドを見上げて、それから未だにゲロをはいているリンドヴルムを見上げた。

 リンドヴルムが立ちはだかっているからか、親父は二度目の攻撃はしかけてこない。


「なんかよくわかんねぇ状態だけどありがとうな、リンドヴルム」

「兄貴お久しぶりっす!」

「ボンド、親父が生きていて、ふいに攻撃を仕掛けてくると言うことを分かっていたのですか?」

「そよそよちゃんが教えてくれたんだ」


 ボンドが肩に乗っているそよそよを見ると、みんな一斉にそよそよを振り返った。ぴよっと跳んでそよそよがボンドの首の後ろにさっと隠れた。


「指だけって、殺した証にはならないよね。だから……」


 親父がふんと小さく笑って汗でずり落ちてきた頭の豆しぼりをくいっとあげた。その目がぎらりと光る。セバスがそうかと声をあげた。


「気が動転していて気が付かなかった。確かに、魔族において薬指を食べるのは契約の証だ」

「どゆことだ」


 ボンドが首を傾げた。


「アンガスがラーフェンの指を食べて家臣になったということだ」


 アンガスが親父の下僕となったということは、つまり親父は魔族を僕として侍らせているということだ。魔族の頂点に立ってこそ魔王となることができる。現在純粋な魔族はもうアンガスとセバスしかいないはずだ。その二人を跪かすことができれば、それはすなわち魔王になったも同然だ。しかも、名ばかりでなく、親父は実際にかつての魔王のルナーの大半を自らの身に宿しているのだ。アンガスだとて敵わないと思ったから配下に下ったのだろう。


 オレはてっきり親父が食べられたと思っていたのだが、そうではなく契約を結ぶために薬指だけを食べさせたということだったのだ。


「小賢しい小鳥め」

「みんなそよそよを守れ!」親父が行動を起こす前にすかさず声を上げる。「リンドヴルム! そよそよから離れるな!」

「ガッテンです、パァムの兄貴!」

「遅い!」


 親父がそよそよめがけて炎を放つ。だがそれよりも先にリンドヴルムがボンドと共にいるそよそよの盾となって立ちはだかり、自らも口から炎を吐いて親父のルネを相殺した。いくらマ王のルナーを取り込んだとは言え、炎の威力で言えばリンドヴルムの方が勝っている。

 リンドヴルムの灼熱の攻撃は親父のルネを打ち消しただけでなく、そのまま親父に向かって襲いかかった。

 炎の中ですかさず親父が水のルネを発動するのが見えた。

 まさか炎だけではなく水のルネまで使えるってのか。これもマ王のルナーを過剰に取り込んだおかげなのだろうか。

 オレはマ王のルナーをたっぷり含んだラーメンを食べても、チャームしか使えないんだけど。


 水のルネでどうにかやりすごしたのだろうが、リンドヴルムの炎に前掛けを焦がされて、片手でくすぶった火を打ち消しながら親父が舌打ちをした。


「俺のネギを処分しようとするやつは殺す」


 親父の目は依然と違ってどこか虚ろでそれでいてギラギラと怪しく光っている。


「パァムの旦那ごと丸焼きにしてやる」

「んがっ!? 親父お前オレを丸焼きにしようとしたのかーっ!」

「新しいお店のメニューとして、雀の丸焼きはどうかと思ってな」

「誰も注文するわけねぇでよ! そんなかわいそうなもん!」

「そうかな? どこかの野蛮な星の野蛮な地域では郷土料理らしいが」

「でよ~! クソでよ~! そこで人間の丸焼き広めてやるでよ!」


 トウキョウメイブツ、と呟いてオレの背後でボンドが挙動不審に陥っている。まさかこいつの星……。で、でよ……。

 いやいや、今はそんな疑問を抱いている場合ではない。この疑問は後でたっぷりと問いつめることにしよう。


「なんで親父がここにいるんですか」


 誰もがしたかった質問をようやくゼゼが口に出した。


「契約ってなんですか。そいつを下僕にしてどうするんですか」


 ゼゼがアンガスを視線で指し示すと、アンガスはガハハと大きな声で笑った。つられて親父もはははと笑った。


「お前たちには関係ない」

「まぁまぁ。優しい俺が教えてやるぜ。俺が親父の下僕になる代わりに、親父が死んだら魔王のルナーをため込んだこの肉体を貰うってことで合意した契約だよ。つまり死んだら親父を食える」

「死んだ後の体なんて好きにすれば良い」


 やけに親しく話す二人に眩暈がする。


「なぁ、あの時マ王はまんまと逃げたけど、俺たちには見つけられなかった。親父さんたちは見つけたのか?」


 ボンドがなにかに気が付いているような表情で問いかける。


「あっさり捕まえたぜ」


 ボンドの問いにアンガスが笑顔で答える。


「じゃあ今、マ王はどこに」


 ぽんぽんとアンガスが腹を叩いた。

 その意味を解したセバスだけでなくゼゼの顔も青ざめている。一同が緊張を保ったまま無言でぱんぱんに膨れたアンガスの腹を見つめている。まさかと呟くセバスの目は赤く光っている。

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