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勇者パァムは戦わない  作者: トトホシ


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【SIDE P】(o・Θ・o) チョコバナナ再来

 ダンジョンの中は相変わらず暗くじめじめしていた。どこからか漂ってくる苔の香りと水分を多分に含んだ土の匂いは相変わらずだ。

 こつこつと暗闇に響いて消えていく靴音。地階から吹いてくる生ぬるい空気。天井を見上げても石のブロックばかりで、空が見えないのが余計に不安にさせる。


 以前の地震で崩落した階は、ボンドが召喚体ゴーレムの力を借りて瓦礫を撤去することで先に進むことができた。しかし、ゴーレムはボンドのルナーのあまりの不味さに、瓦礫を手にしながらも終始ゲロを吐いていた。

 土人形のゴーレムなのに味に敏感だとはこれいかに。しかし、何はどうあれきっともう呼んでも来てはくれないことは明白だ。


「魔王のルナーを吸った植物は、あとどれほど残っているんだ。ほとんどがラーフェンのこしらえたラーメンのスープに使われてしまったのだろう?」

「植物の残数などは私の方では把握していません。親父さんは全て把握していたのでしょうが。あんな感じですが結構な冒険家だったらしいんですよ、親父さんは。ニビルが来る前ですが、料理人なのにネギを採るためだけに三十階まで行けるくらいなのですから」


 そう言ったきりゼゼは黙った。親父の話をされると話が続かない。セバスだけではなく誰もが悲しい気持ちになってしまう。ゼゼの語尾が揺れていたのは、気のせいではないのだろう。


「そうそうこの手記によると秘密の近道があるんですよ。その階段を使うと最下層まで一気に行くことになるんですけど」


 わざと明るく振舞うかのようにしてゼゼが声を上げた。

 そして階段だから台車持ってけないんですけど、とビールの積まれた台車をゼゼは悲しそうな目で見下ろした。


「いきなりクライマックスか」

「とりあえずマ王のネギをどうにかしてしまおうか。三十階に生えてるんだろ」

「そうだなそうしよう。では連れて行ってくれ、ラーフェンの残してくれた希望の道へ!」


 地下から吹く風にセバスの金髪が揺れて、深紅のマントが頑張れ頑張れと声を上げるかのように翻る。

 ラーメンどんぶりを頭に被ったままポーズをとっているセバスを見て、そよそよが「キマってるね」と小さく感嘆の声をあげた。


 ゼゼに導かれたその先には延々と続く螺旋階段があった。おそらくラーメン親父も祖先の文献から近道を見つけ、魔王の眠る階層まで行き来していたのだろう。

 ひたすらにぐるぐると目の回りそうな螺旋階段を黙々と下っていく。苔の匂いにも慣れた頃ようやく地下二十九階へとたどり着いた。


「えっきし」


 途中から明らかに肌寒くなってきていたことに気が付いた。

 暖をとろうとボンドの首筋にひっつくと、心持ち頭をこちら側に傾けてきた。羽毛が頬にふわふわ当たって得した気分になっているに違いない。

 そよそよもゼゼの懐に入ってぶえっくしょいと景気の良いくしゃみをした。

 道の途中にはカンテラが等間隔で設置されていて、ゼゼが炎のルネで明かりを灯すことで辺りを照らすことができた。


 マ王が封印されていたのはこの下の三十階層だ。ゼゼが親父から聞いた話では、とある一角に辺り一面にネギが生えたマ王の封印場を見つけたのだという。

 二十九階から三十階までは螺旋階段ではなく緩やかな坂道が続いていた。カンテラの光を頼りに道を下って行く。当然のように道は使われた形跡がほとんどなく、ほとんど欠けたところもない真新しい石が規律正しく下方へ向かって並んでいる。歩くたびにかつんと音が響くだけの空間がある。通路以外に音を邪魔するような障害はほぼない。


 ただ下に行くにしたがって黴臭さが鼻をつく。まるで墓石の下にいるかのようだ。どこからともなく吹いてきた冷たい風が嘴を撫でる。足音が深淵にこだまする。カンテラの光に照らさせて壁に映し出されたオレたちの影が、まるで葬式のように黙々と黒い列をなして進んでいく。

 徐々に増してくる重苦しい空気の中、自然と誰もが無言になる。


「危ないっ」


 突然の声に体を震わせると同時に衝撃が体を襲った。なんの前触れもなくセバスがボンドの肩にいたオレをひっ掴んだのだ。驚く間もなく、彼はそのままボンドに体当たりを食らわせたかと思ったら、直後天井から何かが落ちてきた。鼓膜虐待の轟音が地下に鳴り響く。その後、ぱらぱらと小石の落ちてくる音が聞こえ、やがてそれも聞こえなくなったと思ったところで、オレはおそるおそる目を開いた。目を開けたすぐそこにはセバスの顔があった。横を見ると同じくセバスの顔を間近で見て顔を赤くしているボンドがいた。


「大丈夫か」


 声をかけられてようやく、セバスがオレとボンドに多い被さるようにして落ちてくる石から守ってくれたのだと気が付いた。

 後を歩いていたゼゼとそよそよは間一髪で天井の崩落から免れたようだ。


「わわわ、パァム! ボンド! 大丈夫!?」


 そよそよが駈け飛んできてセバスの頭の上からこちらを覗き込む。


「どうして天井に穴が……」


 ゼゼが穴の開いた天井を見上げている。


「ラーフェンに助けられたな」


 ふっと吐息をついて、セバスが石の乗っかった頭のラーメンどんぶりに手をやった。よほど頑丈なのだろうどんぶりはヒビひとつ入らずに、当然のようにセバスの頭を守っていた。


「これがなければ頭がかち割れていたところだった」

「安心してもいられませんよ」


 穴の開いた天井の真下、土埃の立った場所を見つめてゼゼが苦笑した。彼女の視線につられてそこに目をやると、ワニに羽が生えたような巨大なクリーチャーが大口を開けてこちらを見ていた。口の中には鋭利な歯がびっしりと生えており、奥の喉からはグルルと唸り声が聞こえる。戻ったはずの血が一気に引く。


「ニビルが連れてきたモンスターがここまで来ているとは」

「天井を破ったのはあいつか」

「いや、天井を突き破ったほどの衝撃はなかったから、天井は元から開いていたのだろう。狭い穴を無理矢理落ちてきたといったところか」


 階段を降りてこないなんてダンジョンに対する礼儀のなってない野郎だ。


「ここは私がやろう」


 深紅のマントを翻してセバスが腰に差してあった剣を抜いた。


「そんな装備で大丈夫か?」

「大丈夫だ、問題ない」


 ラーメンどんぶりを頭にかぶってセバスがマントを翻す。


 大きな前足に鋭い爪の生えたモンスターが、牙を剥き出しにしてこちらへ向かってきた。腰を据えて迎え撃つかと思ったのだが、負けじとセバスがモンスターめがけて走り出した。さすがの魔族なかなか好戦的だ。


 クリーチャーの黒い爪がぶんと風を切ってセバスに襲いかかる。セバスはそれを軽々とよけて地面を蹴り、人間には到底まねができない跳躍力でもって空高く跳んだ。


「誰に戦いを挑んだと思っているのだ」


 モンスターはあっけなくその巨体を一刀両断にされて、青い血を吹き出しながらどうと倒れた。地面が揺れて砂埃が立つ。こいつ本当に強いんだな。

 これなら楽勝かと思ったのもつかの間、モンスター共が天井の穴からまるで湧き水の様に次々と降ってきた。


「ボンド頑張れ。召喚士の腕の見せ所だ」

「任せろ」


 ボンドが鼻息を荒くした。

 目を瞑り召喚に集中し始める。ボンドの集中に合わせて周りの空気も張り詰める。顔の前で両手を組んでぶつぶつと何かを呟いているかと思ったら、突如がばりと地面にひれ伏した。


「お願いします召喚体様! どうかどうかひらにひらにこの無能なる私めにやつらを制圧するお力をお貸しくださいませませ~」


 剣を手に怪物と対峙していたセバスも、その声に驚き思わずボンドを振り返る。


「何度見てもユニークな召喚士だな、ボンドは」


 セバスがボンドを見つめる。その視線がどこか熱くて、あっ、てなる。ラーメン親父がいなくなったからってまさかボンドに鞍替えする気かな。


 だめだ~。ボンドはオレの奴隷だ~。何かあるにしてもオレにも色々口を出す権利がある~。


 そんなことを考えてひとりハラハラしているうちに、ボンドの体がより一層光り輝いた。


「無力なわたくしめを助けてくださる召喚体様、おいでくださいませませ!」


 できれば不味いルナーが好きな方、積極的に不味いルナーを啜りたい方、と言ったのをオレは聞き逃さなかった。いねぇよ、そんなやつ。


「フオオぉ」


 ボンドが両手を突き上げ天井を仰ぎ見る。


「キタキタキタキタ」

「おっ」


 どうやら反応があったらしい。ルナーが不味くても良い方なんて仏じゃん。


「いらっしゃいませ! 召喚体チョコバナナ様!」

「なんて?」

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