【SIDE B】アンガス
色々な場所を歩き回り、襲い掛かってくるモンスターは倒したが、どこにも生存者はいなかった。生存者のことはもう諦めた方が良いのかもしれない。みんな疲れたようだし、マ王は煩いしでそろそろ親父さんのところに帰ることにした。
「今帰ったぞ、ラーフェン! 結婚しよう!」
勢いよく暖簾をかき分けて扉を開けたセバスが突然立ち止まる。
ぶつかりそうになるのを寸でのところで避けてよろけるように店に入ると、入り口の近くには背中だけでもムキムキとわかるような見慣れない巨漢がいた。親父は見当たらない。野菜でも取りに行っているのだろうか。
生存者かと思ってムキムキに声をかけようとしたパァムを、青い顔をしたセバスが遮った。
「お前は……アンガス!」
「久しぶりだな、セバス」
アンガスと呼ばれたムキムキが振り返ってにやりと笑う。
正面から見たそいつは人間ではなかった。大きな口に額に生えた角、両手の先に生えた長い爪は黒くナイフのような鋭さだ。見た目は猫の足を持った二足歩行のカバと言った方が正しいか。
こいつがさきほどセバスが言っていた狂気のアンガスという奴か? 一番情報が少なくて一番印象が弱かった四天王だ。なんなら名前忘れてた。
「お前は魔王の敗北と共に逃走したはず……まさか眠りについていたのか」
セバスが腰に吊してある剣に手をかけた。
「全く寝すぎたぜ。なぁ、女に騙されてまんまと魔王様に背いた裏切り者のセバスよ」
「お前がなぜここに」
「なぜって」
アンガスと呼ばれた魔族がくっくと笑う。
「再び魔王様をお守りするだめだよ」
「なんだと!」
「あっ、マ王が逃げるぞっ!」
パァムの声が指し示す方に視線を向けると、マ王はこちらを振り返りもせず、黒いマントを翻してスタコラサッサと森の中に消えていった。
さらばだっ、という声が遠く小さく聞こえた。
「あいつ結局逃げる隙を窺ってたんだな」
パァムがぢゅぢゅんと唸った。
「親父はどこですか」
先ほどから姿の見えない親父を心配したゼゼの言葉にアンガスが口の端を歪めた。その凶悪な笑顔に背筋が凍る。
「貴様ラーフェンをどうした!?」
今にも剣を手にして飛び掛かりそうなセバスの体が怒りに震えている。
「誰それ?」
「答えろぉっ!」
「これのことか?」
もったいぶるようにアンガスが握っていた手のひらを広げた。
「あっ……」
それは指だった。根本には親父がしていた銀色の指輪がはめられたままの薬指だった。
「おま、え、あ……ら、ラーフェンを」
怒りで震えるセバスの呂律が回らない。
「知らね」
そう言うなり、ばくりとを大きく開けた口の中に指を放り込み、そのままごりごりと音を立てて咀嚼する。
「かてぇな。なんだこりゃ」
悪態をついてアンガスがぷっと指輪を吐き出した。甲高い音を立てて指輪が床の上を転がり回る。
「ラーフェンって言うの? ここにいたおっさんのこと? なかなか美味しかったぜ。メンマの味がして」
「貴様ぁ!」
ぐひひ、と下卑た笑いをするアンガスに向かってセバスが斬りかかる。だが距離がありすぎる。
アンガスは余裕の構えで後ろに飛び退き、こちらに背を向けた。戦うつもりは毛頭ないらしい。
「俺も早く行かないと魔王様を見失っちまうからな」
「待てっ」
「そう言われて待つやつぁいねぇな」
ゲフンっと下品なげっぷをひとつして、アンガスは背中からばりばりと音を立ててコウモリのような翼を生やして広げた。かと思うと、すさまじい跳躍で空高く跳び、そのまま翼を激しく羽ばたかせて遠くへと消えていった。
空を飛ぶことのできないセバスは、大地に縫い止められたか影のように立ち尽くすばかりだった。
アンガスが吐き出した指輪を小刻みに震えるセバスの指が拾い上げた。
男物にしては珍しく小さな石がはめ込まれたその銀色の指輪は、確かに親父がしていたものだった。
指輪を握りしめ、セバスは人目も憚らず涙を流して咆哮した。
セバスはただ泣いていた。誰も何も声をかける手段を持っていなかった。その悲しみを短い時間は解決しないだろうことは明白だが、せめて時間が悲しみを薄めてくれるかもしれない可能性をその場にいた誰もが祈った。
それほどに親父の死は俺たちにとって悲しいものだった。
その晩、厨房に残されていたスープと麺で、親父が残した最後のラーメンを作って食べた。親父のようにうまく湯切りはできなかったけれども、みんな美味しいといって食べてくれた。誰もがやや大げさに美味しいと頷きながら食べるその瞳の端には、光るものを宿していた。
「魔王め……今頃はアンガスと合流した頃だろうか。もう情は捨て去った。次に合うときは二人諸共斬り殺す」
怒りで顔を真っ赤にしたセバスがずずずとラーメンを啜り、五杯目のビールジョッキをテーブルに叩きつけるように置いた。
「ラーフェンの残したラーメンのレシピ……私が必ず受け継ぐ!」
頑張れよとパァムがセバスの肩に翼を置いた。
ふと、最後の一滴までスープを飲み尽くしたセバスが、顔を上気させてどんぶりからゆらりと顔を上げた。
「……そうだ、回復のルネ」
「あん?」
パァムが訝しげにセバスの顔を覗き込む。
「回復……。そうだ、そよそよのルネならできるかもしれない」
セバスがどんよりとした青い瞳でじっとそよちゃんを見た。麺を一本咥えていたそよちゃんがぶるっと身を震わせながら残りの麺を啜った。
「どうしたってんだ一体。お前がちゃんとしないと親父の仇はとれねぇぞ」
パァムがやや茶化すように言った。だがセバスは笑わない。
「うんこからラーフェンを復活させる」
「うん?」
一同が一斉にセバスを見た。
「そよそよのルネは回復のルネとしては最上級だ。ほかの回復系ルネにはできないことができる」
「死体はないけど……そ、それがうんこから……ってことか?」
パァムがごくりと喉を鳴らした。
「それはそよが……やるの」
「もちろんだ」
「やだー!」
「別にうんこを触れといっているわけではない」
「うんこ見つめてルネを発動させろって言ってるんでしょ!」
「それはまぁ」
「やだー!」
そよちゃんがまだお汁の残ったラーメンどんぶりをひっくり返し、それでは飽き足らずチュッパチャプスを振り回しつつ涙も振り回す。
分かる。そよちゃんの立場に立ったら俺だってやだ。
「セバスなんて呪い殺してやる! メンマの呪いをかけてやる!」
「そういやオレ、その昔、大便をしていた時に爆撃機に誤砲撃されてトイレ諸共ふっとび、這う這うの体で逃げだして奇跡的に生還したときに、うんこを尻にぶら下げていたことを今思い出したぜ。今の話と全然関係ないけどなははっ」
誰に言うでもなくパァムが言った。すげぇ過去だな。
「とりあえずやめておかないかそれは。自分がトウモロコシうんこから復活したってことを知ったら、いくら親父だって気絶すると思うし」
「そうですそれにご飯中ですし」
そう言いながらゼゼが残りのラーメンを啜ってビールも飲んだ。
話し合いに話し合いを重ねて、とりあえず逃げたマ王とアンガスを追うのが先だろうということで一応の決着点に着いた。親父のことは悔しいが、状況を考えると悲しんでばかりもいられない。まずはマ王を捕まえるのが先決だ。また変な気を起こして世界を征服しようと目論見かねない。
もうルナーも枯渇しているから放っていても大丈夫な気もするけどと言った俺に一同は首を振った。
「実際マ王を頼りにアンガスは復活して人を一人殺しているよ。力がなくても影響力はあるし、やっぱり野放しにはできないよ」
「そうですね、力は落ちているとはいえ相手はマ王です」
「救助隊が来てそれに紛れてマ王が他星に逃げ込む前に、この星でかたをつける。他星に被害を広げないためにもな」
ぢゅん、とパァムが強く頷いた。
「閉ざされている今だからこそ、マ王を逃がさないチャンスです」
「やってやろうぞ。今こそ魔王を倒す!」
セバスの言葉に俺も頷き拳を握りしめた。
「オー!」
拳を突き上げると皆の声がラーメン屋の天井に木霊した。




