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勇者パァムは戦わない  作者: トトホシ


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【SIDE B】マ族四天王

 風邪をひいたら梅干しを額に乗せるのだと喚くマ王を引きずってラーメン屋親父さんのところに行くと、見慣れない長身の男が親父の隣でネギを刻んでいた。バイトだろうかあまりに自然なその様子にスルーしそうになったが、生存者がいたということか。


「らっしゃい、ダンナ! いいニンニク抜いてきたよっ」


 狭い店内に人が一人増えた熱気のせいか、いつもより親父の顔が赤くなっている。


「あ、うん。じゃニンニクラーメンで。で、その横のヒト生存者か。よく生きてたな」


 ああ、うーんと親父が言葉を濁してゼゼに視線をよこした。ゼゼは一通り助手を眺めてからまさかと呟いた。


「その人は……」

「むっ」


 ゼゼの言葉を遮って、ツタで縛られたまま地面に引きずられている魔王が声を上げた。


「貴様! セバスではないか!?」

「えっ」


 バイトがネギを刻んでいた手を止めて、顔を上げてきょろきょろと辺りを見渡した。そして、俺達の足下に視線を止めると、青く大きな目を見開き喉からほげっと音を立てて息を詰まらせた。


「あ、ま、魔王様!?」

「やはり我が配下の四天王がひとり、シャルル・セバスだな!」

「魔王様……私よりも一足先に目覚めていたのですね」

「そうだ、かつてよと共に勇者一行と戦った剣術では右に出る者がいない、オーケストラの指揮者のごとき剣裁き、音速の貴公子シャルル・セバスよ!」


 説明くせぇ~。そう叫びたかったが、なにせそれ以上に驚きが勝った。


「四天王だって?」


 パァムが首を傾げる。


「私が持っているご先祖様の手記通り、やはり魔王の近くにいたということですか」


 至極冷静な顔をしてゼゼが勝手にビールサーバーからビールを注いだ。


 俺もパァムもそよちゃんも、魔王と四天王に指と視線を巡らせていまいち理解が追いつかない。


「セバスよ、さぁこの縄を解け! こやつらを八つ裂きにしろ!」

「やです」

「なんだと!?」


 動揺してごろごろと左右に転げ回る魔王をゼゼが再び蹴り上げた。


「知らなかったんですか」

「なにをだ!」


 ゼゼが魔王からセバスに視線を移す。その視線に気がついた彼はさっと目を逸らした。ゼゼは小さくため息をついてから、親父と視線を合わせて互いに頷いた。


「魔王さんよ」


 ラーメン親父が薄くニンニクの張り付いた包丁を片手に、カウンター越しにマ王を見下ろした。


「知っていたんだと思っていたんだが……。俺たちのご先祖はこいつのお陰であんたの弱点を知ったんだよ」


 親父がくいっと顎でセバスを呼ばれた男を示す。


「なに!?」


 青天の霹靂といったような形相で零れんばかりに目の玉をひん剥いてマ王が奇声をあげた。


「貴様っ、よを裏切ったというのか!」

「裏切るもなにも、魔王様はパチンコのために借りた金返さないどクズなので見限っただけです」


 四天王のセバスとやらが床に転がったマ王をずばんと指さした。

 ほお~、とパァム、そよちゃん、俺は一斉にため息ともあくびともつかない二酸化炭素を吐き出した。

 借りる阿呆に貸す阿呆だな、とパァムが呟く。


「ま、そこはお前も甘かったな。貸した金は返ってこないと思った方がいい」


 親父ががははと笑う。

 顔を赤らめた四天王のひとりとやらが、口をちょびっと尖らせながら先ほどからチラチラとラーメン親父を見ている。なにやらこやつの態度と雰囲気、先から見ていると怪しい。


「目が覚めたと言ってたけど、アンタ今までどこでなにをしていたんだ? そもそもどうしてマ王を裏切るのに至ったんだ」


 パァムお前気がついていないだろうが、それはとても危険な質問な気がするぞ。


「それは……」


 このシャルル・セバスという男、見た目は三十歳手前といったところの長身で金髪碧眼の超イケメンだ。そのイケメン四天王がちらっとまたしても親父を見る。親父はその視線に気が付いているらしく気さくに接している一方、先ほどから故意にイケメンと目を合わせないようにしているのがわかる。


 やばいよやばいよ。


「この手記のままだと理解してもいいのでしょうか」

「手記にはなんと書かれているのだ」


 マ王がゼゼを仰ぎ見る。


「親父さんの家に代々伝わる文献と、私の先祖が書いた手記の内容が一致しているなら……」


 ゼゼがちらりと親父を見る。彼女の真意に気がついたらしい親父は鼻から二酸化炭素を大量に吐き出して、観念したように首を縦に振った。


「四天王の一人、魔族のシャルル・セバス。勇者パーティのひとりである料理人のラーフェンと禁断の恋をしたのち魔王を裏切る。そして、勇者一行が魔王を倒した暁には、封印された魔王を監視すべく傍らで自らも浅き眠りにつく、魔王の復活と共に自身も目覚める魔術をかけて……と要約すればこういうことが書いてありました」

「ラーフェンはつまり、俺の祖先だ」親父がネギを握りしめて唸った。

「そしてこのセバスは魔王が目覚めた今、時を同じくして目覚めたと」

「そうだ、そしてお前はラーフェンの生まれ変わりだ、俺にはわかる」


 さらさらの長い髪を後ろで結んだイケメンのシャルル・セバスがニンニクを持つ親父の手を握りしめた。はっとして親父が顔を上げ彼を見つめ返す。


「いやいや、確かに子孫だけど俺は生まれ変わりではないぞ」


「お前はラーフェンだ。あいつも料理が上手かった。傷ついた仲間のためにいつも美味しい料理を作ってくれていた。今のお前の姿は醜いが心はあの時のまま美しい。俺にはわかる。こんな美味しい料理を作って仲間を癒すことのできる美しい心の持ち主、ラーフェン。俺を思い出してくれなくてもいい。ただ受け入れてくれまいか」


 はうはうと顔を真っ赤にした親父が言葉にならない息を漏らす。俺達がいない間にこうやって迫られていたのだろう。


「ラーフェンは美しい女だった。亜麻色の髪と白魚のような手。小鳥のような澄んだ声……」

「今お前の前にいる親父は若干禿げ上がって顔は脂でてかてか、黒くてごつごつした手をしてるぜ。そしてオスだ」

「ニンゲンはいまだに見てくれや性別にこだわっているのか。外見なぞどうでもいい。私にはその奥にある心の美しさが見える。魔族は奥にある美しさこそ真に価値のあるものと見るのだ。人間は魔族のように眠りにつくことができない。だからラーフェンの代わりに私が魔王の近くで眠りにつくことで魔王を見張ってきた。そして、私が目覚める時が来たら再び出会い、今度こそ結ばれようと。私はラーフェンの……いや、その生まれ変わりである親父の体ごと愛する覚悟がある」

「き、きさま……そこまでその親父のことを愛しているのか……」


 なぜか感動してマ王がむせび泣いている。


「うん、わかった。この話しはもう終わりにしよう」


 ニンニクを持ったままイケメンに手を握られている親父を見つめてパァムが真顔で頷いた。困った様子の親父がパァムに助けを求めた。


「俺は妻子もいるじじいで……ダンナもなんとか言ってやってくださいよ」

「ダンナ……? ん?」


 パァムに視線を向けたセバスが目をこすった。


「はっ、あ、あなたは! 勇者殿か! なぜ今ここに!? あなたは我々と違って、魔王様が眠りについた後の世界でその命を全うしたはず!」

「この雀は我々同様、あなた方がかつて生きた時代の勇者ではありません」


 ゼゼがパァムを手のひらに載せて、頭上に掲げた。


「しかしパァムはこの魔王を倒したかつての勇者の末裔で、勇者の魂を受け継いだ雀です。その証拠に愛らしさ、勇敢さ、羽毛のふわふわ、チャームのルネを持ち合わせています」

「なんとチャームのルネまで……!」

「貴様このセバス!」


 驚愕と歓喜にのけぞるセバスにマ王が牙をむく。


「本格的に勇者側につくとはこの……裏切り者めえっ」

「歩んでいた道がアホの道だと気づいて軌道修正しただけです」

「なんとっ」


 驚きのあまりマ王が反り返る。売れないお笑い芸人みたいにジェスチャーが大きい。


「アホとか! 貴様等もっとよを称えよ! なんだかんだ文句言いながら、よのルナー入りラーメンをおいしく食べたのであろう!?」


 マ王の言葉に親父がいやいやと首を振る。


「あー、確かにルナーの含有量は多くてネギは最高だったんだけど、人参に関してはいまいちでしてねぇ。もっと美味しい人参なら他の星でも栽培しているので、今はそれを使っています」

「きっさまぁ!」


 マ王が悔し涙をだばだばと流している。だが、慰める気にはなれない。


「セバスもマ王エキス入りのラーメン食べたのですか」

「大変おいしゅうございました。ただちょっとネギに独特の臭みがありましたね。辛みも強いというか」

「きっさまぁ!」

「ネギのあの臭みがまたいいんでさぁ! あの臭みはラーメンの隠し味ですわ。ただ確かに辛みは少し強いですね」

「俺のルナーみたいに雑味があるってことかな」

「お前のは雑味とかそういうレベルじゃねぇけど」

「よのルナーはA5ランクの黒毛和牛だと言われていたのだぞ! だからこそ召喚獣たちは喜んでよの召喚んに応えてくれたのだ!」

「はいはい」


 ぱんとパァムが両翼を打ち付けた。


「お互いいがみ合ってる場合じゃねぇ。この星を出るまで協力しようぜ。助けが来るまで生き残るためにも、この星を正常な状態に戻すためにも、ニビルからやってきた化物を倒さなくちゃなんねぇ」


 パァムの言葉に嫌そうな顔をしてマ王を見下ろしていたゼゼだったが、そよそよちゃんにぽんぽんと肩を叩かれて渋々頷いた。


「でもこいつはいても役に立ちませんから、そこら辺の木にくくりつけておきましょう」

「そんなことしたら無駄にモンスターに食料を与えることになってしまうよ」

「腹壊しますよ、こんなの食べたら」

「おんなぁ! 貴様よのルナー野菜を食べておいてよくもそんなことを!」

「あれはよく煮込んでマ王菌殺してるからいいんですよ」

「どうせルネも使えないのなら俺のとこで働かせるか。鍋を洗うことくらいできるだろう」

「よに皿を洗わせるとな!? よはかつて世界を統べた魔王であ」

「きゅっきゅっ」


 黙って話しを聞いていたそよそよちゃんが、突然マ王の元へ飛んでゆき、持っていたツタを首に巻き付けてよりきつく縛り上げた。


「もっといけるかな? きゅっきゅっ」

「ぎゅぼ、ごえ、むほ、お、おえ……」

「そ、そよそよ、それ以上やったらこいつほんとに死ぬぞ……?」

「え? 死んでいいんだよね? きゅっきゅっ」


 冗談か本気かわからぬ笑顔でそよちゃんが微笑む。彼女がきゅっきゅと言う度、マ王の喉にツタがぐいぐい食い込んでゆく。

 話しが長くて飽たのだろう。とっとと殺して次にいくぞ、という表情がみてとれる。


「ええ、いや、いやいや」


 とまどうパァム。


「いいです。殺しましょう」


 止めないゼゼ。


「野菜だけでなくて魔王本体も出汁とれるのかな」ラーメン親父の狂気。

「おぼお~~~!」

「うるさいんだよこのおじさん」

「あのさ、とりあえず今はやめとこ。夢見悪いし」


 ツタを緩めたそよちゃんが、チッチと舌を連打する音を俺は聞き逃さなかった。


 腹が減ったとわめくマ王にスープに使った出涸らしの人参をくわえさせて、俺達はマ王ルナー出汁のラーメンを食べる。マ王のルナーを吸って育った野菜を使ったラーメンと知るとわずかばかりの抵抗が生まれるが、にこにこしている親父の手前今更気持ち悪いとは言えない。不味いわけでもないし。

 しかし真実を知ってしまったからか、誰しもが微妙な顔をして無言で麺を啜っていた。いつも最後まで汁をすすっているパァムも今日はかなりの量を残している。

 飲み残したこのスープ、道ばたのバクテリアにでも食わせるか。マ王のルナーを身に宿したバクテリア、強いぞ、とひとりごちた。


「旨かったぜ、親父」


 そしてちらりとツタに絡めとられ人参を咥えて横たわるマ王に視線をよこすパァム。気遣いか。無意識か。 

 しかしこのラーメンというかマ王のルナーを吸い取ったネギ。これはやや危険なものなのではあるまいか。


「なぁ、マ王のルナーを吸い取ったネギだけどさ、全部ラーメンに使うとかちょっと無理があるだろうし、面倒だけど全て燃やすとかして処分しちゃった方が良くないか? 魔王が再び力を取り戻さないように念のためにさ」


 俺の提案にゼゼが確かにと頷いた。


「こいつルナーを取り戻すために、生えてるネギ生のまま貪り食べそうですしね」

「えっ……ね、ネギを」


 このネギの臭みも含めて絶賛している親父は、ネギの廃棄に明らかに動揺していた。


「しかし、このネギを使ったレシピで至高のラーメンがもうすぐ完成しそうなんだ!」

「普通のネギに変えるしかねぇな」


 パァムの言葉に親父がぐっと言葉を飲み込んで俯いた。


「大丈夫だラーフェン。君の腕なら魔王様のネギじゃなくても美味しいラーメンが作ることが可能だ」


 セバスの言葉にも頷かず、親父は悔しそうに唇を噛んだ。


「唇を噛んではいけない」


 そっとセバスが親父の唇に触れた。見つめ合う親父とセバス。


「さて、生存者でも探しに行こうか」


 俺は見ていられなくて速攻で席を立った。


「待て」


 席から立ち上がった俺達をセバスが制した。


「魔王様をここに置いていくのか?」

「ん? まあ、そのつもりだけど。連れて行っても邪魔だし」

「ラーフェンと二人きりにするというのか!?」


 ぎらぎらとしたセバスの目がマ王を睨みつける。

 まさかと思うがこいつ、親父とマ王を二人きりにしたら、間違いが起こると思っているのではあるまいな。


「安心しろよ。マ王といっても今はもうルナーも枯渇して弱いし、親父に危害を加えることはできねぇだろ。英雄の末裔であるオヤジの方が強いさ、なあ?」


 パァム。違う、そうじゃない。セバスが危惧しているのはそういう危険じゃない。察してくれ雀。


「あのね、セバスちゃん。人には好みというものがあるよ」


 さすがそよちゃんわかってる。さすがのマ王もセバスが何を危惧しているのかを察したのか、顔を真っ赤にして握りしめた拳を頭上で振り回して怒りを露わにした。


「ふざけるなセバス! よは美しい男にしか興味はないっ」

「なるほど」


 同期率百%で同時に頷いたパァムとそよそよちゃんであった。


「言葉が足りなかったなっ! 男でも女でも美しい者にか興味はないっ! 疑いの目を向けられてはたまらんっ。よも連れて行けっ」

「はぁ~。仕方ねぇな」


 根負けしたパァムが、面倒くさいけどこれ以上やりつづけるのも時間がもったいない、そう言ってしぶしぶ頷いた。


「変な気を起こさない方がいいですよ」ツタをほどきながらゼゼが念を押す。

「起こしたところで、今のあなたには何もできないでしょうけれど」

「安心しろ。よも娑婆の空気が吸いたいだけだ」


 手首をコキコキと鳴らしながら、ボロボロながら黒フードを被ったいかにもありきたりのマ王っぽいマ王が、マントを翻してふっと笑った。


 それを見たパァムとそよそよちゃんが両肩でリアル魔王だ~っと声をあげた。俺もちょっと興奮して血圧が上がったが、騙されるなと首を振る。こいつはマヌケのマ王だ。


「少しだけ留守にする」


 その傍らでは、そっと親父の手を握ってイケメンが微笑んでいた。思わず親父の頬も赤らむ。


「帰ってきたら今度こそ一緒になろう」

「えっ」


 セバスがすっと膝まづいたかと思うと、熱っぽい眼差しで親父を見上げ、その黒くてごつごつして血管の浮き出た手の甲にちゅっとキスをした。


「ほわ~。王子様がいるよ~、ね~、パァム~」

「そう、だな」


 ため息とも歓声ともとれる声を上げるそよちゃんとは逆に、パァムの目は遙か遠くを見つめている。

 立ち上がりセバスがすっと手をのばし、オヤジの残り少ない髪を撫でる。


「待っていてくれラーフェン。必ず無事に戻る」

「お、俺はっ……」

「さらばだ」


 セバスがマントを翻した。


 ふとゼゼを見ると、鼻で笑いながらビールを飲んでいた。

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