【SIDE B】よ
ダンジョンに踏み入れてすぐにぞもぞと動く影が目についた。モンスターかもしれないと警戒しながら近づくと、それは全く攻撃をする素振りも見せずない人型であることが分かった。老婆のように背中を丸めて壁伝いにのろのろと歩きながら、なにやら「眩しぃ~」とか「目がぁ~」とか独り言を言っているようだ。
生存者だ。
「大丈夫ですか」
「ひいっ」
駆け寄って肩に手をおくと、そいつは俺の手を払って怯えた表情を浮かべ震えだした。
「大丈夫。俺達はモンスターじゃありません」
その言葉に我に返ったのか、男の震えは徐々に止まり視線をせわしなく動かし始めた。それでもなにかに怯えているような態度はこちらをも不安にさせた。
男の年の頃は四十歳前後と言ったところだろう。吉川課長と同じくらいだろうか。しかし、身だしなみは決していいとはいえず、無精ひげも生え放題で、衣服もぼろぼろで数年間ジャングルで過ごしてきたような格好をしている。いくら地震が起こったとはいえ、初心者専用のこのダンジョンでこうなるほど過酷な試練を受けたとは考えにくい。
こいつまさか噂の魔王か?
でもまさかこんな簡単に見つかるわけないよな。皆そう思っていたようで、一同が顔を見合わせる。
「あ、ああ、地震が、アヒ」
しどろもどろに男が言う。
「地震はもう大丈夫です。ダンジョンにいたから助かったのですね。他に仲間はいますか」
「え、あ、仲間は」
「なんだお前、はっきり喋れよ」
ふいにちょこんと自身の肩に飛び降りてきたパァムを見て、男は目を見開き顔を赤くしてぶるぶると震え始めた。
「あひ、あひん、すん、ずめ……あひぃい」
「あひひいじゃねぇよウスノロ」
「ひいっ」
パァムの罵詈雑言に男の顔がより一層赤くなる。
「仲間はいんのか、アンタ」
パァムが男の顔を覗き込んだ。
「あひゃ……い、いない……」
「そうか。ところでアンタ魔王じゃねぇの?」
ど直球の質問に男の震えがぴたりと止まりパァムを凝視した。一同男の答えを待って何も言わずにいると、彼は突然体をくねらせてパァムを払いほんぎゃーと叫び始めた。
「ほんぎゃー」
そして男は屈みこみ足元の石をかき集めて、まるで小学生のように俺めがけて石を投げ出した。
「わあーわあー」
「わっ、なんだっ、石を投げるんじゃねぇっ子供かっ」
この反応は図星だったということか。
パァムの言葉に耳も貸さず、見た目は大人頭脳は子供の魔王(暫定)が、ひたすら石を投げ続ける。
俺はそよちゃんを抱えていたので反撃もできず、小鳥を守るために背を向けると背中や後頭部に石が当たって結構痛かった。くっそー。この年になって石を投げつけられるとは。
さすがに石を投げるくらいしかしない相手をまる焦げにすることはできないのか、ゼゼは指先にともした炎をそのままに戸惑っている、と思いきや、どうやら呆れていたようで、ぎりっと奥歯を噛む音が聞こえたと思ったら、手のひらにどでかい炎を生成して男を睨んだ。
ゼゼの瞳が炎を浴びて赤く燃えている。オレンジ色に照らされた頬は炎のせいだとわかってはいるけれども、怒りに紅潮しているようにしか見えない。
ゼゼの怒りに気がつかない男が、ウワウワワと唾を飛ばし叫んで夢中で石を投げ続けている。
「わああっわっ、大丈夫かボンド~」
ゼゼの足元でパァムも叫び声をあげている。
「ばかやろう」
低い声とともに相手を睨みゼゼが手を振り上げて炎を放った。無慈悲な業火が相手を焼き尽くす、と思ったのだが紅蓮の炎は男の尻にぽっと灯って、じりじりと燃えた。男は何が起こったのか分からないようで、防御の姿勢をとっていたのだがなにも起こらないことに疑問を感じているのか、石を持ったまま中腰の姿勢で間抜けな顔をしてこちらを見ている。
誰もが無言でぽうぽうと燃える男の尻を見ている。男だけがなぜか俺を見ている。こっち見んな。
ようやく熱さを感じてきたのか、はたまた俺達の視線の熱さを感じたのか、男が石をぽとりと落として尻に手をやった。
「あっちっ!」
わあ~といいながら、ものすごい勢いでぱたぱたと尻を叩いている。石を投げられた手前、助けてあげるのもしゃくだと思ってしばし眺める。
「いい加減うるさいよっ」
俺の腕から飛んで行ったそよちゃんがチュッパチャプスで男の頭をぽこんとぶった。
「あいたっ」尻に火をつけたまま男がのけぞった。
「このっ、小鳥めぇ! 噛み殺してくれるわ!」
そよちゃんを掴もうと腕を伸ばした男の血走った目が赤く光り輝きだした。
危険を察知したパァムがいち早く飛び出す。
「オレの仲間に手を出すのなら許さねぇ!」
そう叫ぶなりパァムの体が光り輝き出し始めた。突然のことに驚いて、俺は動きを止めてただ見ているしかできない。パァムから発せられる光は徐々に増し、やがて真昼の太陽のように発光して目が焼けそうになった。
「うわあ!」
男がパァムの光を見て瞼をぎゅっと閉じ、ぶんぶんと首を左右に振り始めた。
「うわああ……あ、やめろぉ! それだけはぁああ」
魔王と思しき男は髪を振り乱して悶絶している。パァムは光っているだけでなにか強力な攻撃をした形跡はないから、男が悶絶している意味が俺にはわからない。戸惑っていると男はアヒーと涎を垂らしながら、震える手をパァムに伸ばして絶叫した。
「このっ、忌々しい雀ちゃんめが!」
光り輝くパァムの姿を前に尻ファイヤー魔王(暫定)がのたうちまわり、恐怖に目を見開いて獣のような叫び声をあげた。
「ぐわぁああ! んがわっ、いいっ! 可愛いっ、可愛すぎる~、あっ、ああ~抵抗できない~」
なに言ってるんだこいつ。
ごろごろと転がりながら、んがぐぐだのぎゃあだのと叫ぶ合間に、かわいいっ、あ゛~、んぎゃあ好きだっ、とわめく男を俺は見下ろすしかできない。
「そよそよちゃん、これなに」
「ん? 変態さんだね」
「うん。わかる」
わかるが聞きたいのはそうではない。
「もしかしてこれがパァムのルネ? どういうことなんだ」
「チャームじゃないかな」
チャーム、魅了だ。そうだあったゲームであった相手を魅了して混乱させたり攻撃できなくするやつだ。つまり誘惑、テンプテーションみたいなものだ。
ということは飲み込んだあの石は本当に秘石ルーンだったのだ。
そして、パァムは見事にその力を手に入れたというわけだ。それは時価7億円の雀が今ここに爆誕した瞬間であった。
「パァムすげぇな!」
パァムがガッツポーズした俺を無言のまま真顔で見返す。
なにが言いたいかはわかる。オレが欲しかったのはこういうルネではない、ということなのだろう。だがパァムが炎を繰り出したり雷を放ったりするよりは、チャームの方が合っているから良いのではないか。チャームを使っているパァムは普段よりも羽も艶々して可愛く見えた。
無言で頷くとパァムは無言で首を振った。
「寝てろうすらバカ」
とどめだとでも言わんばかりにゼゼが男の頭をビール瓶でぼこんと殴ると、ドリフのようにビール瓶は粉々に砕け散った。
同時に男も少しだけ大人しくなった。頭からは赤い血がだらだらと流れている。
魔王(暫定)の血も赤いんだな。そんなこと考えている間にそよちゃんがツタを使って手際よくきゅっきゅと男を縛った。
「むぎゅ……忌々しい雀めが。まさかそんな恐ろしいルネまで持っているとは」
「オレだって望んでこのルネを獲得したわけじゃねぇよ。もう少しどうにか……」
「それにしても弱かったですね」
弱かったとのゼゼの言葉に男が身体をくねらせた。
「よは弱くなどないっ」
「ヨ」
それは初めてのことであった。一人称がヨな人に出会ったのは。一人称が本官の警察官と出会う以上に珍しいことなのではないか。
魔王(暫定)から魔王(確定)に変わった瞬間であった。
「よは弱くないのにチュッパチャピスで負けてんじゃん」
「ちゅ……? その、ちゅぽちゃぴすで負けたわけではないっ」
ツタに巻かれたままでヨがぶるぶると震え出す。
「マ王さんさ、弱くないならツタくらいほわちゃあブチブチってちぎってみせてよ」
そよちゃんがチュッパチャプスでヨの頭をポコポコを叩く。
叩かれた男は、ぐわっとかくっとかおのれっとかテンプレ的なことを言って顔をしかめて痛みに耐えている。弱すぎ。
「くそっ、このっ、小娘がっ……覚えていろよ、よが力を取り戻した際には」
「忘れるまで覚えておくよ」
「なんとなまい……んがぐぐっ」
「うるさいよ」
そよそよちゃんがだいぶぼろぼろになったチュッパチャプスの包装を破り、話し途中の魔王の口の中にぐいと押し込んだ。
「途中で吐き出したらだめだよ。食べ終わるまで発言は許さないよ」
ふるふると震えながらも、魔王は全身をツタにまかれ身動きがとれない状況で、口に入れられたチュッパチャプスをひたすらじゅばじゅばレロレロロと舐めり溶かしている。
その間に、どこに隠してあったのかそよそよちゃんが新しいチュッパチャプスに装備を変えて、早くしろよと言いたげに、それをとんとんと地面に打ち付けている。
「もごっ、ふがあっ、言わせておけば……。じゅばじゅばっ」
「汚いよ。涎を垂らすんじゃないよ」
「ふが……じゅるり。ほ、ほらっ、飴は全部舐めたぞ……っ。そしてこんなツタなどっ、ほわっ……ほわちゃあっ」
しかしツタはちぎれず、余計に食い込んで痛かっただけらしい。魔王はぎりいっと奥歯をならして蓑虫のような格好でのたうち回り、まじめな顔でぐうっと呻いた。
「とってもコミカルなおじさんだね」
にこにこと笑い、新しいチュッパチャプスで魔王の頭をぽこぽこを叩くそよちゃんの余裕に、流石の俺もなにも言えなかった。
小鳥にやられる男。果たして、魔王とは。




