【SIDE B】魔王と古びた本
昨夜は無事タコパをすることなくお総菜パーティーで夜が過ぎ、腹の調子も良い爽やかな朝を迎えた。
ここにいる誰もが助けが来るまで屋内でじっとしていられる性分ではないので、今日は生存者を探すことにした。
外に出る際、当たり前のようにビールを飲もうとしたゼゼの腕をそよそよちゃんがひっぱる。
「なにかあったとき、すぐルネを使えるようにということであらかじめ飲んでおくなら、よしておいた方がよいよ。まだ朝だよ。肝臓は悲鳴をあげているよ」
「そよそよの言うとおりだ。おまえがビールを取り出して飲むまでの時間ならどうにでもなるだろ」
「でも、突然襲いかかってくるモンスターだっていますよ」
「ならまずは武器屋寄って良い武器くすねて行こうぜ。なんでもルネで解決しようってのはよくない。攻撃は物理的にもできる。体力は減るがルナーは減らない」
「まぁそうですね。私も武器が欲しいです」
「包丁はリーチが短すぎるしな」
確かにわははと笑ってゼゼがビールを飲んだ。多分彼女は敵の攻撃に備えるためではなく、ただ単にビールが飲みたいだけだと思う。
外に出てからもゼゼの片手には常にビール瓶が握られていた。
無事に無人の武器屋から良い武器をくすねることに成功した俺とゼゼは、それを振り回しつつ歩きながら手に馴染むのを待った。
俺は見た目がカッコいい長剣にしたかったが、どれも想像より重く、肩より高く上げただけで二の腕がぷるぷるした。これでは持っているだけで疲れてしまう。
仕方がないので釘バットにした。
見た目は危険だがなかなか殺傷能力高そうだし。
そんな俺の横でゼゼは細身の長剣を片手でひょいと持ち上げて、意図も軽々と扱って見せた。そしてこれでいいやと適当に決めた。
「ゼゼのビールのルネってどうなってるんだ。ビールを飲めば使えるのはわかったけど、ルネの種類にもビールの種類が関係しているってことか」
店を出てからパァムがゼゼに訊ねた。
「だいたいのおビールと使えるルネの関連性はわかりますが、詳しいことはよくわかんなくてわはは」
パァムを肩に乗せたままゼゼが豪快に笑った。
粉々にして飲み込んだあのルネと思わしき石、たとえルネを獲得できたとして、もしそういう肝臓に負担かけるようなやつだったらどうしよ。
そうぶつぶつ呟いたパァムが腹部に翼を当ててすりすりと腹を撫でた。
その様子から見ると、まだうんこは飴になっていないらしい。
「おビールを飲んでルネを発動させるまでの時間稼ぎは任せてよ。パーティには召喚士のボンドいるわけだし。ボンドはルナーが底なしの将来有望の召喚士だよ」
ゼゼがまーったく期待していなさそうな眼をして俺を見た。彼女が俺のことを頼りない男認定していることはわかる。俺としても俺は頼りがいのある男だと言う自信はないし確信もないし、なによりそれは事実ではない。
俺はルナーもくそまずいし、召還体たちにとって信頼もないし、戦闘の実績もない。良いところはなにもない。
「期待してます」
全く期待していない目をして、彼女は明らかに嘘くさい笑顔を浮かべた。ミジンコ程度には期待してほしい。
街を歩くと生存者はいないけれどもモンスターはわらわらと沸いてきて襲ってきた。その都度、俺が釘バットを振り回したり召喚体を呼んだりゼゼがルネを駆使したりしてモンスターを退治した。そして、ゼゼはパーティ内での信頼を高め、俺はパーティ内での信頼に反比例して召喚体に対する信頼を失っていった。
わかる。
わかるけれども。
つらい。
俺のクソまずルナーが広く知れ渡ったせいで、そろそろ喜んで召喚されてくれるような攻撃系召喚体もいなくなってきた。リンドヴルムも未だトラウマに悩まされているらしく、俺の呼びかけに応えてくれない。
それでも、連続で召喚できるということはルナーが簡単に枯渇しない体質ということで、それは非常に珍しいらしく、俺は戦闘の度に新顔の召喚体を呼び出し続け、そのたびに彼らの信頼を失ってきた。
神は二物を与えず、という言葉が骨身に沁みる。
「お? ゼゼなに読んでるんだ?」
休憩中にビールを飲んでいるゼゼの手元にはセピア色のかなり年季の入った本があった。
石を飲んでから腹をさすることが癖になっているパァムが腹をさすさすゼゼの肩に飛び降りた。無意識なのか、飛び降りた先でもまた丸い腹をさすさすと撫でている。
「文字は覚えているのか?」
「私はみなさんが思ったほど記憶なくしてませんよ」
そういってビールをぐびりと飲む姿は大変漢らしい。
「この本はジャケットのポケットに入ってたんです」
地下から逃げる際に慌てて手を取ったのが貴重品の入った鞄ではなくビールの入ったリュックだったため、身分証明書すら持っていないゼゼ。なので、ゼゼが本名かどうかすらも本人にすらわからないようだ。
「で、その本は読めるのか? 見たところオレも読めねぇ古代文字っぽいが」
「ホントだ何これ」
両肩に乗った鳥たちから同時に左右の頬を頭で押されて、ゼゼはぐぶぅと潰されたカエルの様な声を上げた。
「なんとなく読めます。まだ少し頭にもやがかかった感じがしますが、だんだんと思い出して来ました。これは本と言うよりも日記とかメモ帳だと思うんですよね」
ゼゼが眉間に皺を寄せてこめかみをとんとんと指で叩いた。
「この表紙の隅に書いてるゼゼという文字は私の苗字ですけれども、私の字ではないし古代文字なので多分私のご先祖様かと。……まぁ、とりあえずもうご飯時だし、親父さんとこのラーメンでも食べに戻りましょう。話はまた後で」
「そうだな」
パァムの腹の音が青空に響き、ゼゼがぶはぁ~と言って瓶底に残ったビールを飲みきった。
「らっしゃい! パァムの旦那たち! また来てくれて嬉しいよ!」
親父の笑顔を見られたことで、俺達もほっとして自然と笑顔になった。
「すまねぇな、俺達のためだけに作るなんて赤字だろ」
「材料があるうちは作りますよ。といっても、外部からの交流が断絶されたこの現状ですし、野菜とか麺とかのストックがなくなったら廃業ですわ」努めて明るく親父が笑った。
「それまでは腕によりを込めてつくりますよっ」
まるで平時のような親父の声に全身の筋肉の緊張がほぐれて行く。たっぷりの油で野菜を炒める音、フライパンとおたまのかち合う金属音、ぐらぐらとお湯の茹でたつ音、ビールをかっこむ喉の音。俺たちの熱気とともに店内の湿度と温度も高くなってきた。
運ばれてきたラーメンを一同一斉にかっこむ。それぞれほぼ無言で食べ終わって、ふうふうと息を吐きながら膨らんだ腹をさする。
椅子の背にもたれ掛かったゼゼが、満腹とビールのせいかわずかに頬を赤らめて先ほどの本を取り出した。
「徐々に思い出してきたことですが、これは確かに私のご先祖様の日記です。そして、私には探しビトがいるんです。おそらくこの星にいるという可能性が高い」
この星に来てわかったことだが、ヒトというのは人間を指す言葉ではない。パァムのことをヒト、と呼んだりもする。それは多分、他人や誰かといった、人間に限定はしていないけれども、意志の疎通ができる誰かを指す言葉なのだろう。だから、今彼女が言っている「探しているヒト」が人間だとは限らない。
「手掛かりはあんのか?」
パァムが爪楊枝をくわえてぢゅんぢゅんと鳴いた。歯もないのに爪楊枝をくわえるのがいつも気になる。
「それはえっと……」
ゼゼの歯切れは悪い。
「ゼゼはダンジョンにいたんだよね。探しビトも冒険者だからダンジョンに行ったのではないの?」
そよちゃんの質問にゼゼが言葉を詰まらせてうんと唸った。
「冒険者ではないです。でもあのダンジョンにいる可能性が高いのは確かです」
「んじゃもう一度ダンジョンに行ってみるか。ゼゼの探しビトも見つかるかもしれねぇし、生存者もいるかもしれねぇし」
「そよ賛成。暇だし」
「俺も暇。賛成」
「ありがとうございます」
「屁ぐらいしかすることがねぇしな」
そう言ってパァムはぷっと大きな屁をこいた。




