【SIDE P】 (o・Θ・o)力か腸閉塞か
ごーりごーりごーり。
一度使っただけでリュックの奥底にしまい込んでいたコーヒーミルで石を煎じるボンド。
飲み込みやすい程度の大きさでいいとは言ったが、喉に詰まると危険だし腸閉塞になっても危険なので、排出するにしてもするりと出てこられるような砂状にするといって譲らない彼は、薄暗いライトの下で何度も何度もミルに入れては挽いてを繰り返し、ひたすら石を砕き続ける。
ゼゼはまたすぐに寝てしまった。そよそよも呼吸の度に上下する彼女の胸の上で、ゆりかごに乗った赤子のようにすやすやと寝ている。ふたりしてときおり「うんこ……」と寝言を呟くのは、お互い見ている夢が一緒なのかもしれない。
オレはボンドの肩に乗って石を砕くのを見ていた。腕を通してごりごりと足裏に伝わってくる石を砕く振動が、かゆいような心地いいようななんだかわからずとにかくむずむずとして、たしたしと足の裏をボンドの肩に蹴りつけた。
「ちょっと粉、舐めてみっか」
さらさらの砂粒を救ってぺろりと舐めてみた。味は、と聞かれたが、もちろん味らしい味はない。ただ細かい砂を噛んだように粉っぽいだけだ。美味しいわけはない。気管に入っていった細かすぎる粉塵のせいで思わずせき込んだ。
「水飲んだ方がいいよ。喉いがいがするだろ」
「ああ。でもこれなら、思い切って石を丸飲みにした方が一瞬で済んでよかったかもな」
俺今すごい頑張っているんだけど!? と大声を出したボンドの声でそよそよが寝返りを打った。ゼゼは飴うまと寝言を言った。
何時間ゴリゴリの音を聞いていただろう。
「さて、飲むぞ~」
粉状になった石を見つめてオレは覚悟を決めた。石粒が飛んでいかないように、顔を背けてふ~むと息をつく。
「パァ~ムの~ちょっといいとこみってみったい~あっそれいっきいっきいっきいっ」
「そういうのいいから」
「いあっ、き、あ、はい」
覚悟を決めろ漢パァム。ぎゅっと一度強く瞼を閉じてから、水と一緒に粉薬のようなルーンを一気に喉奥に流し込んだ。
「んがぐぐ」
「大丈夫かパァムっ」
「お、おお、飲んだぜ……う~んまずい、もういっぱい」
コップを掲げると、ボンドが素早く二杯目の水をついできてくれた。
「ビール飲みます?」
いつの間にか起きていたゼゼが「冷えてますよ」と冷蔵庫を指さした。
せっかくだか断って、喉にへばりついた粉を水で流し込んだ。
数時間たっても、自分の体に変化が起こったようには感じられない。そよそよだって食べたことすら忘れていた位だし、体の変化はすぐには起こらないのかもしれない。
消化するってのは石だから考えにくいし、かといって普通の石とは違うし、そもそもルーンを食べたやつがルーンになるという作用機構自体解明されていないし、いやそもそものそもそも、ルーンかどうかもわからねぇし。ま、ルーンだったとしたら、そよそよのように突然ルネが使えるようになるだろうから、気長に待つしかないだろうな。
腹をさすって、とりあえずうんこが飴にならないことを祈った。
結局今日はなにもする気が起きず、起きたそよそよとゼゼもぼーっとしていたし、もう夜にもなっていたしということで寝るしかない。と思っていたら、夜にボンドとゼゼが腹が減ったと言うので近くの店に食べ物を探しに行くことになった。もちろん、モンスターに見つからないよう最大限の注意を払ってだ。
電気系統はまだ生きているらしく店内は照明がついており、暗い夜の街にドアから明かりが漏れだしていた。
一通り探索した結果、冷蔵や冷凍の電気は通っていたがやはり誰もいないことがわかった。
誰もいないのは残念だが、だからこそやることがある。
そう、商品をいただくのだ。食品ロス反対を旗印に、まだ新鮮なうちに食べられる食材を漁る。缶詰は品質保持期限が長いので、予想以上にこの星での滞在が長引いたときのために、今はまだ手をつけない方がいいだろう。
生鮮食品はちょっと賞味期限が切れているのもあるが、食べられないわけではないのでそれもボンドのバッグに詰めるに詰めた。
そして一同金も払わずに堂々と、しかし心だけはこそこそとスーパーを後にする。
しかし、金だの戦利品だのに浮かれているのがまずかった。すでにモンスターは逃げきれない距離まで迫っていたことを、オレ達はこのとき知らなかった。
ワイワイと略奪品に喜び勇む帰り道、ばきっという小枝の鳴った音で気がつき、一斉に背後を振り返ると、そこにはボンドのふた周りくらい大きな生物の影が、明滅する街灯にのっそりと浮かび上がり、鈍く光る瞳でこちらをにらんでいた。
モンスターとしては小型ではあるが、月明かりに照らされてギラギラと光る金色の瞳は残虐な性質であることを窺わせた。
「げえっ」
それを見たボンドが最初に声を上げた。その声に驚いたのか、モンスターも姿勢を低くして臨戦態勢に入る。
「むむ、騒ぎすぎたか」
「あれはモンスターなのか」
「タコにしか見えない」
そこには、ちょっと背筋のよいタコというか、水中でもないのにしゃんとしたタコがいた。骨のあるタコといった方がいいのかもしれない。
ただ、体(とおぼしき部分)は重力に逆らってしゃんとしているが、八本足の部分はふつうのタコのように、骨もないだろう動きを醸してくねくねとしている。
「下がって」
ゼゼが腕を広げてオレ達を後方に下がらせた。いつの間にか片手にはどういう状況にも対処できるような位置で、先ほどのスーパーでくすねてきたであろう包丁が握られている。
「うまくいけばビールのつまみに新鮮なタコが食べられます」
いやタコはいい。くすねてきた総菜で十分だ。それになによりこいつはタコじゃない。そう思ったのだが、モンスターが当然のように触手を伸ばしてきた。
みんな逃げろ、と言った時にはもう遅く、四方八方からタコの足のような触手が襲いかかってきた。ゼゼは包丁を振り回しているが、なんせ相手は八本の足を持っているので、同時にすべてを切り落とすことはできない。そよそよが飛んで逃げるのを確認してから、のろのろしているボンドの頭を蹴り飛ばして逃げるよう促したのだが、運悪くゼゼの包丁攻撃を逃れて襲いかかってくる触手にまんまとつかまり、オレという可愛く小さい雀はあっという間に締め上げられてしまった。
「うわ~、ボンドのせい~」
「パァムっ」
「らめぇ~」
ぬるぬるとした触手にねちゃねちゃといやらしい音を立てて責め立てながら渾身の力を込めて叫ぶと、ゼゼが舌打ちをして包丁を投げ捨てた。
「今助けます」
彼女はリュックからいくつかのビール缶を取り出してはくるくる回してなにかを確認してから「これだ」と言って、素早くプルタブを開けた。やや乱暴に取り出したことで吹き出たビールが指を濡らす。それにすら気がつかないような素振りで、急いでごくごくと飲んで小さくげっぷをした。
触手にきつく締め上げられながらも、今までのゼゼの行動を考えて、ようやく納得できた。やはりそうだったのか。こいつは……。
「なんでここでビールを飲み出すのか」
状況を把握できないボンドがふざけているのかと言わんばかりにゼゼに噛み付いた。
「まさか酔拳の使い手!?」
遠くに逃げたと思っていたそよそよが、近くの木の上で嘴をぱかーんと開けたままゼゼの顔とビール缶を交互に眺める。
違う酔拳ではない。ゼゼのルネは……。
「言ってませんでしたっけ」
「なにを」
目を丸くしたままボンドが叫ぶ。
「私ビールを飲まないとルネを発動できないんですよね」
そうだ。こいつはアルコールを飲むことでルネを発動するルーンだ。おそらく使えるルネは飲んだビールによって変わるのだ。
「すぐさまルネを発動させるには、常にビールを飲んでなければいけないんです。今のような状態だと缶を取り出して飲むというまでのタイムラグがあって」
「どうでもいいから助けてくれェ~」
触手に握られたままでオレは喚いた。うう……もうらめぇ。
「御意! かまいたち!」
ゼゼの体が光る。髪が揺れ服が波打ちルネが発動される。一瞬のうちに目の前に立ちはだかるモンスターの足を切り裂いて見せた。ぶっといタコ足がぼとりと音を立てて大地に落ちる。
次いでオレを掴んでいる足を解きほぐすボンド。体を締め付けていた圧が緩んだので、咄嗟に自力で飛んで逃げ、這う這うの体でゼゼの頭の上にたどり着いた。
「大丈夫でしたか、パァム」
「ありがとうな。助かったぜ」
「人質が解放されたので、心おきなく刻みます」
その言葉通り、ゼゼがタコ型モンスターの青い血をまき散らしながら体ごとサイコロステーキのように切り刻んだ。
「すげぇ……」
圧倒的な強さにオレは思わずため息をついた。
「スーパーの冷凍食品の陳列棚に入れておきますか。この星の滞在が長引いて、食料がなくなる可能性も考えて」
サイコロのように刻まれたタコモンスターの遺骸を見下ろし、ゼゼが美味しそうだしと言って涎を垂らしてぐびりとビールを一口飲んだ。




