【SIDE P】(o・Θ・o)ラーメンにはビール
「さてこんな状態だし、ゼゼは一緒に行動してくれるってことでいいんだよな」
「もちろん。こちらからもお願いします」
「わあい。攻撃のルネが使えるヒトがいれば百人力だよ」
「私も回復系のルーンがいて安心です。そよそよ、治療をありがとうございます」
治療を終えたそよそよがゼゼの肩に舞い降りて、歓喜の声を上げぴよぴよ歌い出した。歌にあわせて踊るそよそよと一緒に、ゼゼも瓶を掲げて踊り出す。ボンドもほっとしたようで、すっかり緊張の緩んだ顔をして胸をなで下ろしている。確かに攻撃系が増えたということは、この上ない安心材料でもある。
先ほど炭になったモンスター以降、新たな敵がここに侵入してくる様子はない。だが、それもいつまで続くかわからない。
「さてそれでは」ボンドの頭の上に乗ってオレは声を張り上げた。「これからどうすればいい?」
「う~ん。がんばる」ボンドが至極まじめな顔で言う。
「二週間耐える」そよそよがチュッパチャピスを天に掲げる。
「お腹空いたからご飯食べる」
ゼゼの言葉にみんなはっとして腹を押さえ、一斉に頷いた。
星間パスステーションの近くにはいくつか店の並んでいた。ここら辺は建物が頑丈なのか軒並み全壊しているような様子はない。
一縷の望みをかけて転がるように入った『元祖みそラーメン』と暖簾の下がる食堂には、やはり誰もいなかった。屋内ならば生存者もいると思ったのだが、店主たちも外に出て時空の狭間に吸い込まれてしまったのかもしれない。
ニビルによる惨状がそのままに、床には割れたコップや食べかけのラーメンやらが散乱している。
やはり食料品店で弁当でも探した方がいいだろうと、油と水でどろどろになった床を滑るようにして店内から出ようとした時だった。がたっと物体がぶつかり合うような物音が背後で聞こえた。
皆一斉に身構える。
「誰だ……」
カウンターの奥から男の声が聞こえた。
「生存者か?」
ボンドが言葉を返す。
しばしの沈黙の後、カウンターの向こうから毎分一ミリくらいの遅さで、頭がにょきにょきと生えてきた。
「良かった、生存者がいたのか!」
ボンドの声に安心したのか薄毛の頭に鉢巻を巻いた人間がにゅにゅにゅっと勢いよく顔を出した。オレたちは手を取り合って喜んだ。
生存者はその店の店主だった。
話を聞くと地震が起こり次いで嵐が吹き荒れた際にも、外に様子を見に行こうとせず、地下の食糧庫に閉じこもっていたから無事だったらしい。何事かとご飯の途中で外に様子を見に行った客たちは誰ひとりとして戻らなかったと言って、店主の親父はぽろりと涙を流した。
こんな時に申し訳ないのだがメシを食いたいのだと訴えると、親父は涙を流しながらも満面の笑みで力強く頷いて、へいらっしゃい、と言った。
「親父さん、ビールひとつ」
「あいよっ」
席に着くなりゼゼが当たり前のようにビールを注文した。
昨夜から何時間も煮込み早朝に仕上げをするべく仕込んでいたスープは、地震によって大部分が零れてしまったとのことだったが、オレたちが食べる分程度は無事だったようで、同じく無事だった麺を茹でて親父は特製ラーメンを作ってくれた。
「このラーメンを食べると精が付くとかお客さんに大絶賛で、前にテレビにも出たことがあるんですよダンナ!」
なるほど、リシーリ産の昆布を出汁として、セロリや人参やネギを何時間も煮込んだ特製スープは格別で、空腹だったせいもあるだろうが、今まで食べたどのラーメンよりもうまかった。さっぱりとしていてそれでいてコクがある。生ニンニクを加えて食べるとまたうまい。
「とってもおいしいよ。このシナチクは手作りだね。あの独特の臭みがないね」
「そう! 手作り! 違いのわかるお嬢ちゃんだね~ありがとう!」
「この白髪ねぎも独特の臭みとたまらない甘みがあるな」
「このネギ……もしかして」
「どしたゼゼ?」
「……いえ。今までに食べたことのない上等のネギです」
「さすがっ! ビールおかわりサービスするよっ」
ラーメンをすするそよそよが笑顔になった。つられて親父もにこにこと笑う。ボンドはよほど腹が減っていたのか、一言も発せず一心不乱に大盛り麺をすすっている。
ゼゼはと言うと、ラーメンがくる頃にはほとんど一杯目のビールを飲み終わり、ラーメンを食べるとともに二杯目のビールを注文していた。
やっぱりラーメンにはビールだよな。あまりにゼゼが旨そうにビールを飲むので、オレも小鳥サイズビールを頼んで一緒に飲んだ。
うめぇ。千鳥足になっちまう。
食べながら親父と情報を交換しあった。オレたちが地下に居たとき地上で起こっていたこと、こちらからは早くて二週間以内には救助がくる予定だということ。それを聞くと親父は安堵の表情を浮かべてまた少しだけ涙を流した。
親父には故郷の星に置いてきた奥さんと子供たちが居るらしい。くすんだ壁に素っ気なくピンで刺してある脂にまみれた写真は多分家族写真だ。その涙を見てなんだかとても切なくなり、オレの視界もゆらゆらと歪んだ。ふーふーと熱い麺に息を吹きかけると一気に立ちこめた湯気が目に沁みて、思わず涙が零れそうになった。
「ふい~、食った食った。おやじぃ、お会計頼む」
ぽんぽこになった腹をさすって爪楊枝を咥えていると、親父はぶんぶんと首を横に振った。
「金なんていらないさ旦那。ここではもう金なんて役に立たない」
「そういうわけにはいかねぇよ。生き残ってこの星から出たら役に立つだろうよ」
「生き残って出られればですよ旦那」
「出られるさ」
オレの言葉に親父は無言で顔を伏せた。外の惨状を見たらそういう反応をするのもわからないではない。だが、今ここで希望を捨ててはいけない。
「だからお会計。えっと、チャーシュー倍増麺増量塩ラーメン、旨辛ラーメン、野菜ラーメン鳥サイズ、特製味噌鳥サイズそれにおビールだから……いくら?」
お品書きに書かれた値段を指しながら顔を上げると、みんな一斉に顔を背けた。足し算くらいぱぱっとできるやつはいねぇのか。仕方ねぇなと架空そろばんを片足に計算をする。
「んと、三千六百イェンかな」
「わかりました」オレの言葉を無視して親父が顔をあげた。
「でも今回はやっぱり無料にしますよ。貴重な情報をいただきましたし。次に来たときからお金はいただきます」
「でも」
「なので、また絶対に来てくださいね。極上のネギを入れたスープ煮込んで待ってます」
爽やかに笑った親父の顔が脂でてかてかと光る。最大限の好意を受け取って、オレたちは親父の店を後にした。
ラーメンも食ったし眠くなったしそろそろ疲れたし、ということで近くで宿を探すことにした。
「支配人はいないかもしれないけどね」
ボンドの言葉通り、ラーメン屋の近くに見つけたホテルは無人だった。誰かがいた痕跡は至る所に見いだせるが誰もいない。
居心地の悪さを感じながらも、宿泊客がいなかったであろう比較的整っている部屋を拝借する。そこには六つのベッドがあり、寝室とは別に地震によって倒れていたりはしたがテレビだの小型冷蔵庫だのが付いたくつろぐための部屋があり、金持ちの大パーティ専用の部屋と思われた。オレたちのようなパーティが借りられる部屋ではないと思うが、今は誰もいないし、ちょっと借りたくらいでばちは当たらないだろう。
ラーメン屋の親父も一人で夜を過ごすなんて危険ではないかとは思ったが、あの感じでは大事なラーメン屋を放ってオレたちと行動をともにはしないだろう。
それほど時間がたった感覚はなかったのだが、時計を見るともう夕方だった。時間を確認する余裕もなくここまで駆け抜けてきたのかと驚いた。
朝も早かったのでちょっとだけ休んでいいかとゼゼが聞いてくるが早いか、ベッドの上で寝息を立て始めた。ルネの発動で疲れたのか、酒の飲み過ぎで肝臓が疲れたのかはわからないが、おそらく両方だろう。
ゼゼにはたくさん助けて貰った。たくさん眠って疲れを取って明日からまたよろしくお願いしますほんと。
「しかし今日は疲れたなぁ。まだ今日終わってないけど」
ボンドがベッドの上に飛び乗るようにして寝ころんだ。スプリングが効いているらしく、ぼよんと体が上下に揺れる。
「ね、パァム」
「ん?」
「その石、結局どうするの」
そよそよがオレの首に巻かれた赤いバンダナをつつく。
あ。時価七億イェンの存在を忘れていた。
小袋から小石を取り出すと、それは蛍光灯の下でもぶどうの飴玉のような色をしていた。日中日光を受けてきらきらと光っていた時とはまた違った光り方で、それは人工灯の下でじっとりと内側から光を溢れ出すような光り方をしていた。
禍々しいといっていいかもしれない。純粋な美しさと陰りのある妖艶さを内包したような奇怪さに思わずごくりと喉が鳴る。
「決断の時だよね」
石を眺めてそよそよがぽつりと言った。
「そうだね。ずっとゼゼのルネに頼っているわけにもいかないし」
「てめぇの召喚がもうちょっと使い物になればいいんだけどな」
「ないものねだりをしても仕方がない」
「だからてめぇが言うなっての」
「一か八かで食べてみるしかないね」
そっとつまんだ石を天井の灯りに掲げたそよそよの言葉に、オレは無言で石を仰ぎ見た。一同無言で石を見る、と思ったら、ボンドとそよそよはオレを見ていた。わかっている。この状況で誰が食べるのが一番かと言われればオレしかいない。無言の圧力恐ろしい。
召喚士のボンド。回復ルーンのそよそよ。炎攻撃ルーンのゼゼ。可愛いだけのオレ。
可愛いだけで許してくんねぇかな。
だがわかっている。生き残る為には最善を尽くすべきだ。腸閉塞になるかもしれないけれど、この上ない力を手に入れられるかもしれない。
腹を決めるしかねぇ。
石を掴んでじっとその形状を確かめる。口に入れるならなんてことない。しかし、飲むとなるとちょっと大きい気がする。喉につっかえなきゃいいけど。
「そよそよが食べたルーンもこんな大きさだったのか?」
「そよのはもっと小さかった。んとね、パァムの瞳の大きさくらい」
これはオレの瞳三個、いや四個分はあるだろう。
「砕いて飲むか」
それでルーンの効能が損なわれたという記録はないかもしれないけど、そもそも煎じて飲むという記録すらないのではないだろうか。
「でもどうしよう。砕いた石がそのまま出てきて、うんこがキラキラした虹のような色になったら」
「え、それってうんこが虹色になるルーンってこと?」
なぜか嬉しそうにそよそよが瞳を輝かせる。
「そうじゃねぇよ。石がそのまま出てきたらってことだよ」
「腸閉塞にならなくて良かったってだけじゃない。それよりそよはうんこが虹色になるルネなら嬉しい。それならその石そよが食べたいくらい」
「俺も。毎日のうんこが楽しくなる」
「ヘンゼルとグレーテルみたいにうんこをたどって居場所が知れるようになるってことだぞ」
「え、ヘンゼルとグレーテル知ってるの!?」
知っているもなにも、地球の文学や文化なんてそれより高度な星が教え込んだものだったり、もたらされたものだったりすることを知っておいた方がいいな、こいつは。
外星に目を向けず、自分の住む惑星だけで全てが完結していると思っているのは、未開人類にありそうなことだ。
まぁ、今はそれはいい。
「でもうんこが飴になったらそれはそれでいいか。オレは永久機関になれる」
「うんこが飴になったらボンドが初めに味見してね」
そよそよは残酷だ。
「う~ん……、あ、どしたですかなんかあったんで……? うんこが飴とか……」
「あ、わりぃ起こしちまったか」
まだまだ眠そうなゼゼがもぞもぞとベッドから這いだして、匍匐前進でにじりよってきた。小石を見つめて眉間に皺を寄せているオレたちの顔をそれぞれ見て、石を見て、またオレたちの顔を見て、口を開けたまま、疑問すら浮かんでいないようなアホな面をしている。
「なんですか、それ」
「秘石ルーン、かもしれない」
「ヒセキルーン」
反芻してみたものの、その言葉の意味すらわからないといった惚けた顔をしている。寝ぼけているのかバカなのか。バカはボンドひとりでいいだけどな。
「これがうんこと飴とのどういった関係が」
寝ぼけてるのになんでそこだけぐいぐいくるんだよ。
「オレのうんこが飴になるか、オレが偉大なるルーンになるかの瀬戸際だ」
「それはすごい」
「すごいけど、うんこが飴になったところで得するヒトは居ないんだよ」
「でもうんこが飴になったら、極限状態で飢えずにすみますね」
「え~……それって」
「もしさ」ボンドがゼゼに問いかける。
「兵糧責めにあって、パァムのうんこ飴しか食べるものがないってなったら、ゼゼはパァムのうんこ、食べるのか?」
「はい」
ゼゼがまっすぐな目をして言い放った。
空気が凍り付くとはこういうことを言うのだろう。しかし、オレはなんでかちょっとだけ恥ずかしい気分になった。なんでだ。
「だって、それはうんことして排出されたけど飴でしょ」
飴を食べることのなにがおかしいのだとゼゼが疑問を呈する。
「しかしそれはうんこではないのか」
ボンドの唇がわずかに震えている。
「排出された時点で飴になっていれば問題ないですよ。それにアイドルはうんこしません」
「オレはする」
「じゃあさ、もしね」石をつついてそよそよがゼゼを見る。
「この石をボンドが食べて、ボンドのうんこが飴になったら、ゼゼはボンドの飴うんこ、食べる?」
「食べませんね」
即答になぜかボンドがショックを受けた顔をした。
「で、結局のところ、これはうんこが飴になる石なんですか?」
「いや」
オレたちは一斉に首を振った。
「それはまだわからない」
「なんのためのうんこ談義だったんですか」
ゼゼが思慮深い賢者のような目をして遠くを見つめた。オレたちもつられて視線の先を見たのだが、そこにはくすんだ壁しかなかった。
「なんかうんこの話をしていたらもよおして来ました。用便願いまーす」
そう言ってゼゼが部屋の外へと出て行った。一同その背中を見送る。
「……オレ、あいつの職業分かったぞ」
「え? なに突然」
「仕事できそうなOLっぽくはあるよね」
OLが用便願いますなんて言うかよ。
「軍人だよ、あいつ」




