【SIDE B】異世界転居 召喚士に俺はなる
一体何が起こったのか。
地球日本のとある都市でサラリーマンをしている社会人4か月目の俺。ようやく早起きにも仕事にも慣れてきた頃で、今日も元気に出勤だと玄関のドアを開け朝日が目に入ったその時だった。
突然眩暈がして気持ちが悪くなり、目の前が真っ暗になったと思ったら、気がついたら知らない場所にいた。
俺の語彙力の低さもあるが、それ以外に説明のしようがない。
どうやら俺は今ベッドの上に寝ているらしい。どこからか漂ってくる消毒液のにおい。静かな中だからこそ余計に聞こえてくる潜められた会話。ぺたぺたと足を引きずるように歩く安いビニールスリッパの音。コロコロと何かを引いて歩く音。手のひらに触れる冷たい布の感触。指先がぴくりと震えてそれが合図のように全身の細胞の眠りが覚めて行く。
瞼の裏の赤さに思わず瞼を押し上げると、眼球に突き刺さる光の刺激が強すぎて、俺はぎゅっと眉根に皺を寄せた。
徐々に目が光に慣れると、天井がゆらゆらと動く光を映していたのに気が付いて誘われるがままに光の方向である窓の外を見ると、もっさりとしたポプラのような緑の葉が風に揺れていた。木の見え方から察するにこの場所は高層階にあるのだろう。
窓の外に広がる空は青くゆっくりと流れていく雲は白い。その雲のまにまに朝に見る灰色の月があった。そこまでは知っている空。だが灰色の月の横に赤い色の月があるのはおかしい。この部分は俺が知っている空じゃない。
「目が覚めたようだな」
そしてなによりもおかしいのは、俺の顔をのぞき込む雀。その首元には赤いスカーフが巻いてある。
「まったく、食われるかと思ったぜ。その様子なら今はまともなようだな。つか、いくら第一発見者だからっつって、なんでオレが付き添っていけなきゃならないんだっての」
喋っている。
ここは異世界なのだろうか。疑問が口に出ていたのか、雀がはぁ~? と小首を傾げて再び嘴を開いた。
「異世界? なんだそれ。別次元って意味か? なら違うぜ。多分異星ってだけだ。アンタは時空の歪みにはまっちまって時空の狭間に取り込まれたってわけだ」
雀が翼を組んだ。異世界とか異星とかどうでもいいレベルで俺は雀を凝視した。
状況が理解できない俺を棒でツツきながら雀が再び嘴を開く。
「言葉は理解できてるよな。この星はお互いの言語が違っても意思疎通ができるように、惑星言語解読機構が作動しているからな。アンタどこから来た? ああいう現れ方するってんだからどっかの星からだろ。これからどうするつもりだ。オレこう見えても忙しいから早く答え出して」
まくし立てられてなにがなんだかわからず、俺は口をぱくぱくとさせるばかりだ。
「まぁ、元気そうだし、大丈夫だよな、ちょっとナース呼んでくるわ、じゃあさいなら」
そう言って雀が俺に背を向けたことに、ここで逃がしてはまずいと本能が察する。さっさかさーと音を立てて床を滑るように走り去っていく雀めがけて飛びかかり、短い尾羽根を咄嗟に掴む。
「待ってくれ!」
「ぎゃあ~!」
その悲鳴のあまりの大きさに思わず力を緩めた瞬間に逃げた雀が、ばばばっと羽音を立てて俺から距離をとってこちらを振り返った。しまった逃がしたかと思ったが、雀はこちらを見て嘴をパカパカしているだけで逃げる様子はない。恐怖で動けないのかもしれないが、どうやらこのまま去る気はないようだ。
俺はそのまま土下座のポーズに移る。
「く、食われる!」
目をひん剥いて雀が叫ぶ。
「食わない! 食わないから! 東京名物雀の丸焼きとか俺グロくてだめだし」
「す、雀の丸焼き……!?」
ひん剥いた雀の目がさらに驚愕に見開かれる。
「あ、いや違う、あの、俺は雀は食わない人種だから、だから頼む行かないでくれ。なにがなんだかわからないんだ。このまま俺を一人にしないでくれェ~」
ふるふると小刻みに震える小さな鳥をこれ以上怯えさせないようにと、ゴキブリのようにかさかさと冷たい床を匍匐前進で近づき、その体をそっと両の手で包み込んだ。
ああ、このふわふわがなんだかとっても心地いい。
「お願いします雀様~」
すりすりとその体に頬ずりをすると、雀はまたもやぎゃあ~と大声を上げた。しかしこのほわほわとした感触と、しおこんぶのような匂いがたまらなく、俺のすりすりは止まらない。
「しおこんぶのにおい……」
「んがっ!? しおこんぶ!? 食べ物でよ! 添えて食うつもりでよな! ぎゃあぁ~! 雀虐待案件でよー! ヘルプヘルプ~」
「違う虐待じゃない! このにおいとサイズと感触があまりにも可愛らしくて思わずまふまふとしていたく申し候……」
「嘘でよー!」
俺の手の中で雀が魚肉ソーセージのように左右に揺れる。そういえばお腹が空いてきた気もする。
「でも食べないから! 食べるのならこのサイズもうとっくに食べてるし! お願いします話を聞いてください、とてつもなく愛らしい雀様」
「む……」
とてつもなく可愛いに反応したのか、まんざらでもない顔をして雀様が急に大人しくなる。
「まぁ、話だけは聞いてやるか」
俺は両手に包み込んだ雀の背中に鼻を埋めながら「ありがとう」と呟いた。想像以上の温かさに思わず口元が緩む。
おかしいな。犬派だったんだけど雀派になりそうだ。
「あの、俺、ここがどこなのか、なにがどうなっているのか、これからどうすればいいかがわからない」
これが率直な疑問だ。出勤途中に突然眩暈がして目の前が暗くなり、気がついたら雀が目の前にいた、という説明に彼は笑うかと思ったが、意外にもあっさりと受け入れてくれた。
「よくある話じゃねえか。さっきも言ったけど、アンタ、時空の狭間に入り込んじまったんだ。あっちからこっちに来ちまったんだよ。神隠しって知ってるか? ま、運がよかったな。時空の狭間に落ちたやつってのは、出口で宇宙空間に放り出されて死ぬとかいう奴が割と多い。アンタは幸運だよ。異なる星であっても、出口が酸素で生きてる星に繋がってたんだから」
そんなことってあるか、普通。でも確かに目の前には喋る雀がいる。両手で揉み込んで触った感じも不自然な感じなど全くなく、もちろんロボットのような人工物っぽくもなかった。喋っている様子も機械的なたどたどしい感じではなく全く持って流暢な日本語だ。
そして、真昼の空に浮かぶ二つの月。雀が言うように、地球ではないのは確かなのかもしれない。
「ところで俺は選ばれたわけじゃないの?」
「は?」
「いやだから俺は選ばれてここにきたわけじゃないのか?」
「選ばれた? 何に?」
「いやそのここの星の誰かが世界を救う勇者を召喚しようとしたら、俺が召喚されたとかさ」
「お前オレの話聞いてた?」
雀が無の顔をして俺を見つめている。
「じゃあどうして俺だったんだろ」
「単なる偶然だよ。神隠しってのは選ばれた人間がなるわけじゃねぇだろ」
「無断欠勤どうしよ」
「知らねぇよ」
「で、俺はこれからどうすればいいんだろ」
「知らねぇってば」
ひょいと手のひらから飛び降りて、雀は冷たく言い放った。
「好きにすればいいんじゃねぇの」
「えええ……。じゃあ、好きにして地球に帰りたいとしてどうすれば……」
「役所行けよ」
「やくしょ……。それどこにあるの。教えて雀様~」
雀は俺の言葉に生暖かい目を向けてから、観念したようにしばし目を瞑り、再び目を開いたと思ったら、巨大なため息とともに窓の外に見える遙か上空に浮かぶ雲を遠い目をして眺めた。
「とりあえずナースに連絡してくる。あんたが起きたって」
「俺も一緒に行く!」
「来んな」
いや、これはそのまま逃げようとしているやつの目だ。
飛び去られる前にさっと尾羽を掴んだら、雀はびくりと大きく体を震わせてから、観念したようにがくりと両の翼を落とした。
「ほら、ここが役所だ」
無事に退院許可を得て訪れた役所の存在に、俺はとても驚いていた。もう少し近未来的な建物を想像していたからだ。役所と呼ばれた場所は、俺のいた田舎の町役場より立派だが、隣町のちょっと立派な市役所と似ているといった風だ。異星といってもマンガとかに出てくるようなサイバーな感じではない。
そういえば、ここに来るまでの街並みも、俺が住んでいた街とそう変わった様子はなかった。
道行く人々の服装も至って普通で、鎧を着ていたりマントをつけているような人はいない。剣を持っていたり、杖を持っていたり、斧を持っている人ももちろんおらず、たまに武器ぽいのを持っている人がいると思ったら、クワを持った地元の農民だった。
「おら、離せよ」
「え?」
「尾羽、離せって言ってるんだよ」
「一緒に来てくんないの?」
「なんで一緒に行く必要あんだよ」
「ここまで来てくれたんだから、せっかくだし中まで一緒に行こうよ」
「行かねぇよ!」
「名前は? 俺はボンド。凡人の凡に土。大木凡人とは違う字」
「知らねぇよ」
「で、君の名前は?」
「……パァム」
「そうか、パァム! じゃあ行こう」
「ぎゃあ~」
俺は腕に乗っているパァムのしっぽのような尾羽を掴んだまま役所へと向かった。
「時空放浪者疑いの人ですね。ただいま手続きしますので、かけて少々お待ちください」
事情を説明するなり、役所の兄ちゃんにすらすらとそう言われた。
戸惑うものかと思ってたが、意外と扱いに慣れているなが第一印象だった。俺のような放浪者は他にもたくさんいるものなのかもしれない。
未だ混乱する頭で役所の人に色々説明した後、パァムは俺の頭の上に座って、足りない部分の説明を補足してくれた。なんだかんだで面倒見のいい雀だ。
一通りの説明が終わり、手続きが済むまでパァムを頭に乗せたままロビーのイスに腰をかけた。普通のイスだ。よくある役所のイスと同じで、四角くて中央に丸い豆みたいなボタンの付いた茶色い合皮のイス。異世界感がない。
「んで、オレはいつまでテメェと一緒にいればいいんだ」
「あ~、もうちょっとだけ一緒にいてくれれば嬉しいんだけど」
心細いし。転校してきた先で折角できた友達みたいな感じだ。手放したくない。
「オレは忙しいの。あとは役所の人間がどうにかしてくれんだろ。帰るわ」
「ちょっとま……」
「すみません。時空放浪者疑いの方ですね」
「あ、はい」
担当部署の人が、すみませんとは言いながらもさほどすまさなそうな顔をしてやってきた。タイミングを失った雀が俺の頭の上で小さく舌打ちをする。
「地球はここから遠くて今のところ定期便はないそうです。人数が集まれば行く予定もなくはないのですが、人気もさほどない星なので今のところ臨時便でも行く予定はないそうです」
「ということは」
「出航は数年後になるかもしれません」
数年後に帰還できたとして無断欠勤どころの騒ぎじゃないな。
担当者は地球へ行く色々な方法の話をしてくれたが、どれもこれも望みは薄そうだった。
ただ、地球行きへの宇宙船(らしきものらしい。宇宙船ではなく聞きなれない単語で忘れた)の航行は、地球出身の時空放浪者の人間は無料で乗れるとのことで、その便の就航が決定した際には伝えてくれるとのことだった。しかし、それはいつになるか分からない上に、今後の生活を保証してくれるお金の支給は三か月間だけということ。それ以降は自力で生きてください。だそうだ。
三か月あるだけでも優しいもんだ。税金を払っていないやつにお金くれるんだもんな。地球に帰れないことを覚悟してこの現実を受け入れつつある自分を笑い深く息を吐くと、パァムが心配そうな顔をして頭の上から俺の顔をのぞき込んできた。
「それまでの間、仕事を探した方がいいな。ここで職業適性検査とかできるからやってくか? 結果によってはそのまま職業斡旋してもらえるし、やって困ることはねぇぞ」
彼の提案に俺は頷き、促されるままに役所の適正検査へと挑んだのであった。
適性検査の結果によって職業を斡旋してもらえるとのことで、親切な国に落ちてきて助かったと今更ながら胸をなで下ろす。ハローワークに行かなくてもいいから楽だし。なんてことを考えながら辺りを見渡す。
異世界かと独り言を呟きつつ、ここにくるまで市役所の中を見ていて思ったのだが、どうやらわりと人間型が主流派っぽい感じだった、といっても8割程度だろうか。
たまに頭が犬とか猫とか、漫画でたまに見るような獸人系もいたが、それも人型としてカウントしてみた結果だ。他にはこの雀のような鳥もいたり、カピバラのようなでかい毛の生えたねずみのような生き物がいたが、そのほとんどが恒温動物だった気がする。そういえば爬虫類ぽいのはまだ見てないな。
狭い個室に案内されて、机のある席で担当者が来るまで待つ。
雀のパァムは机の上に置かれた小動物専用っぽい小さなイスに座りながら、小動物専用っぽい机の上に置かれた小動物専用っぽい小さな茶碗に入れられたお茶をちゅちゅちゅとすすっている。さすが異世界。あらゆるサイズのイスや机を用意しているようだ。
「オコォギボードさん」
「……はい?」
奥から現れた人物が聞き慣れないイントネーションで言葉を発する。
しかしまぁこれは俺のこと、だろうな? 俺は小此木凡土。『ボンド』という名前を見るだけで、我が親がなにが好きであったから察する案件ではある。
おずおずと手を挙げると、担当者らしき人が難しい表情をしたままこくりと頷いてこちらに歩み寄ってきて、机を隔てた正面の席に座った。
「地球からの放浪者で帰還までの間の職業斡旋希望のオコォギボード様。間違いはございませんか」
「はぁ」
名前も微妙だが、経歴自体のそれに間違いがないのかどうかすらわからないのだが。俺は本当に地球からきた放浪者なのだろうか。素人をはめるビックリドッキリ作戦とかじゃないのだろうか、という疑問は拭えない。かといって、選ばれた素人が何故俺かと問われたらそれもわからない。
それになりよりも、隣に座っている雀は喋るし、翼で器用に急須を持ってお茶も飲む。
俺はもう眠りから覚めるべきなのかもしれない。
しかし、担当者が適性検査の説明をしてくれた中で俺は驚いた。
あったのだ。
冒険者という職種が。
俺は当たり前のように冒険者の適性試験を選択すると、目の前の担当者がやや驚いた様子でこちらをまじまじと見た。傍らにいる雀も「ふぁ!?」と素頓狂な声を上げる。
「おまえ、なんでわざわざ冒険者選んだんだよ。水商売だぞ、それ。色々試してダメだったやつがヤケクソでなるようなもんだぞ、それ」
「いやそれは冒険者さんに失礼ですよ。はじめから冒険者になりたくてたまらない人もいます。今日だってそういった契約を結ぶ為の人がたくさん来ているのですから」
慌てたように唇に人差し指を当てて声を潜めた担当者に対して、パァムはかぁ~っとうなって悪態をついた。
「んなやつら、どうせまともに働く気なんてなくて、一攫千金狙ってんだろ」
「一攫千金って夢だろ夢! それに冒険者ってかっこいい」
前の会社のように一日中パソコンを見つめて、電話の向こうの見えない相手にぺこぺこ頭下げる仕事より数万倍楽しそうだし。
「まぁ、オレがなるわけじゃねえし、好きにすれば」
冷め切った茶を飲み干して雀がげっぷをひとつした。
「では適性検査としてルナーの状態を測定します」
そう言って額に小さな機械を当てられた。ルナーってなんだろと思ったが大人しくしておく。ピッと音がして赤く光ったので体温でも計っているのかと思ったらそうではないらしい。
「すぐに結果が出ますよ」
手元のモニターに目をやって数秒後に結果が出ましたと言ったその直後、担当者は眉間にしわを寄せて神妙な顔をした。
「これはすごいですよ」
言葉と表情が一致しなかったので、俺はその言葉の真意が分からずパァムを見た。どれどれ、と彼はモニターを覗き込んだ。
「ちゅん」
パァムの表情が一瞬にして無になった。なんと言ったらいいのかわらかない顔をして視線をさまよわせた後、最終的になぜか哀れみの表情を浮かべて俺を見た。
「地球人の特性か?」
「地球人はルネが使えないと言いますし、そうかもしれませんね。とはいえ前代未聞ですよ」
「10段階の特性評価で1ばっかりじゃねぇか。こりゃもうダメだな」
呆れ声を出したパァムが机に置いてあった飴玉を口に入れて俺の頭の上で寝転んだ。
「寝ながら飴玉食べてたらのどに詰まらせるぞ」
「オレは子供じゃねぇっての」
そして、担当者が見せてくれた俺の冒険者の評価はざっとこんなものだった。
剣士 適性1
槍士 適性1
魔術師 適正1
斧使い 適性1
僧侶 適性1
狩人 適性1
風水士 適性1
武道家 適性1
登山家 適性1
以下略。
「適正1……。一番良いってコト?」
「一番だめってコト」
「測定機械壊れてたんじゃないの?」
「しっかしお前、勇者とはいわねぇがある意味希少種だよ」
パァムが半ば呆れたように笑いタンっと尾羽で俺の頭を叩いた。
「召喚士だけは10段階評価で10なんてよ」
「しかも星つきです」
そう。適正1が並ぶ中で一つだけあったのだ。冒険者の職業欄一番下に召喚士適正10☆が。
☆がつくとは、10段階の10を越えて特級の適性である証らしい。なにかの職種に星がつくのは、十年に一人いるかいないかでまさに天職ということだった。
「十年にひとりの召喚士! かっこいいじゃん」
「そうかねぇ」
なにか釈然としない様子で、パァムがころころと音を立てて飴玉を転がした。
「こりゃもう召喚士一択だな。パァムも異論はないよな」
あるわけねぇだろ、と頭の上からパァムの不機嫌な声が聞こえる。
「そもそもお前がどんな職業を選ぼうとも、オレには関係ねぇし。職業うんこだって異論はねぇよ。けどなんでいつの間にかオレのこと呼び捨てにしてんだよ」
様をつけろを雀が言う。
素直じゃないなぁ。本当は俺のこと心配しているくせに。
「富士山に誓って、立派な召喚士になります!」
俺は高らかに宣言した。




