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勇者パァムは戦わない  作者: トトホシ


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【SIDE P】(o・Θ・o) 敵とビールとアル中と

「うわあ~」


 そよそよが叫ぶ。


 でかい魔法陣の真ん中には、きらりきらりと光を放ちながらも、しわしわに萎んだピンポン玉位のごくごく小さい赤い物体がいた。

 神々しい梅干しのような物体。そう。こいつはまさに。


「大精霊うめぼしじじいだ!」

「う~ん。お口の中に酸っぱい唾液が溢れてくるんだよ」


 大精霊うめぼしじじい。いつの時代から生きているのかわからない、それはそれは偉い大精霊らしく、オレも見るのは久々だ。

 その体はまさに梅干しのようで赤くしわしわ。それでいて乱暴に扱うと傷が付いてしまう薄い皮膚に柔肌ボディ。周辺には赤紫蘇のようなひらひらとした精霊を従わせているのでうめぼしじじいと呼ばれているが、実際には梅干しなわけではなく大変偉い大精霊だ。

 しかし、だ。


「こいつ役に立たねぇんだよな」

「こりゃっ。誰がこいつじゃっ。この方と言えっ」


 うめぼしじじいがしわしわの体をさらにしわしわにしてぷんぷんと怒っている。

 偉そうな言葉の割に、こいつは戦闘に役立ちはしない。

 こいつが役に立つのはご飯時、白米だけでおかずがないときだ。見ていると自然と溢れ出てくる唾液で、軽くご飯一杯いけるらしい。

 その点において五穀豊穣を司る大精霊と言われている。

 だが今はいらない。

 本当に必要がない。

 無駄に戦闘用の召喚体登録とかしないで欲しい。

 年寄りの道楽だろ。


「誰でもいいと呼ばれたから来たのに全く最近の若いモンは……」

「あの、俺のルナー大丈夫だったのかな? その、まずくなかった?」

「大精霊には口などない! ルナーの味などわからん!」


 ぷりぷりしわしわとうめぼしじじいが怒る。片やボンドはそっかぁ、と言ってなぜか嬉しそうな顔をしている。

 わいわいやっていると、モンスターがうめぼしじじいをひょいと掴んだ。そして、なんのためらいもなくぱくりと食べた。


 ああ、と我々は叫び声を上げた。モンスターは口をすぼめてとても酸っぱい顔をしている。


「う、うめぼしじじい~! 俺が召還してしまったばっかりに……!」


 ボンドが絶叫して拳を大地に打ち付ける。


「大丈夫だ。魔法陣を通して召還された召還体は戦闘では死なない。元いた場所に還っていつもの酸っぱい体に戻って無事なはずだ」


 それにしても本当に酸っぱかったのか、うめぼしじじい。いやそれ以上になぜ出てきたうめぼしじじい。こちとら余計なルナーを消費しただけだ。酸っぱいだけじゃなんのダメージにもならねぇじゃねぇか。

 モンスターは口の中の酸っぱさをなんとかこなしながら、涎をだらだらと垂らしてこちらにずんずんと向かってくる。うめぼしじじいを食べたことからもわかるように相当お腹を空かせていて、完全にオレたちを食べ物と見なしているようだ。

 突如オレとそよそよを抱えてボンドが走り出した。


「パァム、そよそよちゃん、飛んで逃げろっ」

「なにいってんだてめぇ」

「あいつの愚鈍な形状から見るに飛んでまで追っかけてはこれないだろっ! とりあえず逃げろっ、オレはもう一度召喚体を呼ぶから」

「バカ言うな! 下僕をおいて主人が逃げられるわけねぇだろうが!」

「パァムはどうせ役に立たないんだからそよそよちゃんを連れて逃げろ!」

「なにぃ」


 モンスターの咆哮が耳を劈き、頭上から陰が落ちる。今から飛んで逃げたってどうせあの長くて太い腕に叩き落とされて終わりだ。飛び立つ気のないオレとそよそよをボンドがぎゅっと強く抱き抱えて丸くなり、誰もが死を覚悟した。

 生きてるうちに伝説のお米を食べてみたかったな。

 そっと目を閉じたその時、聞こえてきたのはオレたちの絶叫ではなく、ごおっという得体の知れない音と、モンスターの絶叫だった。


 熱さを感じてきつく締め付けられたボンドの腕から這い出て見上げると、そこには火だるまになって絶叫するモンスターがいた。毛の焼け焦げるにおいが鼻をつき、次第に毛とは違った焦げ臭いにおいがしてきた。それは屋台の炭火焼を彷彿とさせた。

 モンスターは火だるまになって悶絶していたが、やがて膝から崩れ落ち、倒れ込んで動かなくなった。それは呆然と立ち尽くすオレの目の前で炭になるまで燃え続けていた。


「大丈夫でした?」


 足音と共に突然背後からかけたれた声に驚き振り返ると、そこにはひとりのヒトがいた。逆光で顔や細部はよく見えないが、形はボンドに似た典型的な人間だった。


「アンタが助けてくれたのか」

「ありがとう!」


 そよそよが歓喜の声を上げた。それに呼応するように人間もよかった~、と甲高い声をあげて片手に握っている瓶をぐいっとかたむけた。ごくごくと喉を鳴らしてそれはそれは美味そうに飲む。


 うん?

 その瓶って?


「ぷは~。いや~、誰かがいてよかった~。地下から出てきたらこんな有様でびっくりしちゃって」


 口を拭ってわははと豪快に笑う人間。手には茶色い瓶。赤い頬。よく見ると顔面には川の様に血が流れている。


「うん。いや、アンタ、頭から血ィ出てんぞ、つかなに飲んでんだ……?」

「おビールです」

「お、おお。そうか、すげぇな。こんな時に」


 あははとそいつは笑った。ビールのせいもあってか血がどくどくと流れる。


「助けてくれてありがとうございました」


 ボンドが命の恩人に駆け寄って感謝の言葉を口にすると、そいつはさらに顔を赤くさせて笑い、もう一度瓶から直接ビールを飲んだ。

 ボンドとそよそよがおお、とどよめく。


「おビールもいいけど止血するのが先決だと思うよ」

「血ィ出てました? さっき止まったと思ってたんですけど。ダンジョンにいた時に石が落ちてきたんですよね」

「とりあえず止血しようか」


 はははと笑うそいつをやや呆れた様子で眺めながら、そよそよが回復のルネを発動した。


「ところでアンタ一人なのか。地下から出てきたって言ってたけど」

「うん、うん? 一人です。一人だから一人なんでしょうねぇ。なんかよくわかんないんですけど、ダンジョンから出てきたら凄いこことになってて……。あ、まさかあなたたちが地上を滅ぼしたわけじゃないですよね?」


 何言ってるのかよくわかんねぇ。


「さっきのモンスターに襲われていた通り、地上を滅ぼせるほど強くねぇんだ」

「女のヒトでひとりで冒険してたの? 危険じゃないのか」


 ボンドの驚きに、オレはこいつが女だったことに驚いた。人間が多くの鳥の性別を瞬時に判断できないように、オレたちもぱっと見て人間の雄雌を判断できない。男も胸がむきむきに盛り上がってるやつもいるし、女だって胸がなだらかなやつもいる。オレたち鳥にとって人間の雌雄の判別は難しいのだ。

 そしてこいつは胸もなだらかだし、体は痩せていて筋張っているし、なにより勇ましかったので男かと思っていたのだが女だったのか。言われてみれば寝起きのボンドみたいに無精ひげもないし、ごつごつしていない。

 背はボンドよりも少し低いくらいで、黒い髪は後ろでまとめ上げられてる。酒が飲めるということは成人しているに違いなく、年の頃はオレにはよくわからない。

 様子を見るからに記憶があいまいな様だ。頭をぶつけたせいか酒のせいかはよくわからない。


 そよそよが女の頭に降り立って治療をしている間も、そいつはビール瓶を傾け喉を鳴らし、最後の一滴まで啜ってから瓶の中を覗き込み、あぁ~、と深い溜息をついた。

 これほど悲壮感に溢れたラッパ飲みを未だかつて見たことがない。

 ニビルが接近したことを話すと、女は分かったような分からないような顔をして曖昧に頷いた。


「お互い、とんでもねぇことになっちまったみたいだな」

「ほんとに。他に生存者っていないんですかね」


 生存者がいないことよりも、ビールが入っていないことに悲しみを抱いたような目をして、彼女は空になった瓶を逆さにして振って一滴も出てこない瓶を名残惜しげに眺めた。

 先ほど外星との通信で知り得たことを話すと、彼女は酒臭い息をもう一度はぁ~、と吐いて絶望を身に纏わせて天を仰いだのだが、仰いだ天にはより絶望を助長させるような無機質な天井しかなかった。星間パスステーションの堅牢な天井は黒色で、そこに張り巡らされた金属の棒やら支柱やらは銀色なので、普段なら夜の空を彷彿とさせて格好いいなと思うところなのだが、今では天井も壁も床も暗色がしみったれていて鬱陶しくてたまらない。

 接触不良なのか天井のライトがちかちかと明滅を繰り返している。それすらなんだか腹立たしい。


「そういえば、アンタはルネが使えるのか。さっきの火炎はすごい勢いだったが」

「うーん、使える、ルネ、うん」


 今はそっとしておいた方が良いのかもしれないと思いつつ、状況はそう呑気にしてもいられない。


「自己紹介が遅れたな。オレは雀のパァム。リーダーでありパーティの可愛いマスコット。これといった特技はなにもねぇ。こっちは仲間でインコのそよそよ。回復のルネが使える。こっちが下僕で人間のボンドで召喚士だ」

「みなさんよろしく。私は……人間」

「だろうな」

「んと……名前、なーまえは……ゼゼ、だと思います、名前、多分。よろしくパァムさん」

「さんはいい。パァムでかまわねぇ」

「よろしくだよ~。そよもそよそよでいいよ」

「俺からもよろしく、ゼゼさん。俺も呼び捨てでいいから」

「ありがとう。私もゼゼで良いですよ」


 酒のせいなのかゼゼがいっそう顔を赤らめた。変なやつなのだが悪い奴ではなさそうだ。


「あの」


 ゼゼがもじもじと口を開いた。


「どうした」


 言いにくそうな様子に不安を感じて、安心させるように笑顔で問いかけるオレ、優しい。


「この星のビールは潤沢ですよね」

「んっ? えっと、うん、まぁ、冒険者ってのは夜な夜な酒場に集まるような酒好きが多いからな。地震で破損してない限りビールの在庫は豊富にあるだろうよ」

「そうですか。安心した」


 先ほどまでの不安な様子はどこへやら、ゼゼが顔をあげて満面の笑みを浮かべた。


 こいつアル中だ。

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