【SIDE P】(o・Θ・o)滅びた地上
外に出る階段を上りながら、よく生きていたなと改めて思う。石段は所々崩れ落ち、地震が収まった今でも歩くたびに足元が軋み、油断をすると馬鹿でかい音を立てて天井の石が目の前に落ちてくる。細かい砂粒が宙に舞って目が痛い。ようやく外の光りだと思っても、外に出るまでの道にも石が山積していて、それをどけてようやく出たダンジョンの入口も半分が崩壊して土砂に埋もれていたいた。
その惨状に青ざめた。崩壊せずに持ってくれたダンジョンの堅牢さに感謝するしかない。
地下から出た時はいつも眩しいはずの地上はまるで地獄絵図だった。大木は倒れ、建物は倒壊し、道路は割れて、橋は崩れ、小さな爆発がやがて大きな火事となり、いたるところで炎が燃えて、あらゆるものが崩壊していった。冷たい地下から出たオレ達の目の前で陽炎が揺れる。
一番被害が酷いであろうかつて賑わいを見せていた繁華街の建物は、軒並み全壊かよくて半壊だ。裏通りの古い建物は全て瓦礫の山と化している。その一角がぱちぱちと音を立てて火花を散らしている。燃え上がる炎を消火する者などいない。プラスチックやらゴムやら得体の知れない有機物やらを燃やしたような嫌な臭いが辺りに充満している。この火は一帯の建物全てを燃やし尽くすまで消えないのだろう。頬を橙に照らす炎が熱い。生存者の気配はない。
オレたちは立ち尽くした。
オレもボンドもそよそよも、誰ひとりとして動けずにいる。
「地下にいて正解だったな……」
無意識なのか先ほど怪我をした後頭部をさすりながらボンドが呆然とつぶやいた。
この惨劇を見て確信したことは、どうやら凶星ニビルが接近したということで間違いない、ということだった。そしてこれは幸運というべきかどうかわからないが、ニビルはこの星の近くを通り過ぎて、宇宙の彼方へ去って行ったらしい。直撃を避けられただけよかったが、しかし直撃の軌道ではなかったとは言っても、近づいただけでこのように被害は甚大だ。
雲はニビルが連れ去っていったのか、空は見事に晴れ渡っており、溶けたガラス玉のような橙色の朝日が燦然と輝いている。美しいとしか言いようがない朝焼けだった。まるでこの地上のことなんて知らないみたいに、天はいつも以上に綺麗だった。
天と地があまりに違いすぎて愕然とする。
「誰かを探すしかないよ。情報共有しなきゃ。こういう場合には」
渡り鳥としての性格なのか、そよそよの言葉は驚くほど冷静だった。その言葉に無言で頷いて、両肩に小鳥を乗せたボンドがゆっくりと歩き出した。
繁華街を少し抜けた所の商店街には誰もいなかった。建物は倒れて諸々の商品が地面に転がっている。折れた街路樹は風によるものだろう。オレやそよそよが外にいたら、たちまちふっ飛ばされるところだった。行けども行けどもどこもかしこもまるで戦場だった。崩れた家屋が地震の凄まじさを示している。石の家は崩れ、木の家はグシャグシャに倒壊している。なにかが燃える臭いに混じって砂なのか木くずなのかわからない古くさい臭い。その埃の凄さにオレは思わずくしゃみをした。
生き物気配など全くなく、声も聞こえない、死体すら見当たらないということは、みんな安全な場所に逃げたのだろう。そう思いたい。
予想以上に見つからない生存者を探しながらふと思う。もしかすると、オレたちはこの星から出られないのではないのだろうかと。
今はまず外星との通信がとれる可能性のある星間パスのステーションに戻るのが最善かもしれない。
「ニビルのせいでこの星の磁気がめちゃくちゃになって、外と通信が行えなくなってないことを祈るしかないね」
空を見てそよそよがため息をついた。そうなると情報はなにひとつ入ってこないということだ。
「だーれか、いませんかぁ~」
返ってくる声はない。
一縷の希望にすがり、声をあげながらどこへ行くともなく歩いていたら、ボンドがあっと声を上げて、数メートル先の街路樹を指さした。そよそよがヒッと声を上げたがもう遅い。そこには倒れた街路樹に潰された人間がいた。声をかけるまでもなく頭部が潰れて死んでいるのが分かる。
生きている人間はいない、けれど死体はある。
残酷な現実に目が真っ暗になった。
「ニビルが来たことで巨大な星と星の間で空間が歪んで、生物は時空の狭間に吸い込まれたんだ。吸い込まれる前に死んだやつはこうやって残る」
「時空の狭間。俺が出てきたやつと同じか」
「そう」
ナミアムダブチュン。死体に手を合わせてオレたちはその場を後にした。
「石ハンターさん、無事かな」
街路樹の下に置いてきた男の死体を振り返りながら、ぼそりとそよそよが呟いた。
この状況なら無事ではないのは確実だろう。そのことをみんな分かっているようで、それ以上誰も言葉を紡がない。
「あのね、そよ、あの時言えなかったことがあるんだけど」
「あの時?」
「石ハンターさんがそよにアメシストをくれた時」
そよそよが難しい顔をして足元の小石を蹴り飛ばした。
「あのね、そよがルネを使えるようになったのは、そよの中の力が目覚めたというわけではなくて、この秘石ルーンのおかげだと思う」
「どゆことだ」
「そよ、思い出したの。石、食べたことあったって」
「はぁ?」
オレとボンドが同時に素頓狂な声を上げた。そよそよこいつはよく食べる奴だと思ってはいたが、まさか石までも食べるとは。
物言わぬ口以上に物を言っている視線に気がついたそよそよが、慌てて翼を左右に振った。
「いや、あのね、食べようと思って食べた訳じゃないし、ルーンだと思って食べたわけじゃないの」
地面の石を足の先で転がしながら、そよそよが静かに語り始めた。
「むかーしむかし、というほどでもないけど、ま、つい最近だね。そよがとある湖で水浴びをしていたときのことだよ」
「うんうん」
そよそよの話によると、つい最近、そよそよがまだ渡りを試みる前、とても暑い日に近くの湖で友達数羽と水浴びをしていたときのことだった。
水に潜って遊んでいると、太陽の光を受けて水底できらりと光る石をみつけたそうな。思わず掴んで水から出てよくよく観察すると、それは七色にきらきらと光っていて、たいそう美味しそうな飴玉のように見えたそうな。これはよい宝物を見つけたものだと思ったが、なくさないようにしなければいけないのと、まだ水浴びをしたいのとで、その石をどこにおいておければいいかわからず、とりあえず飴玉のようだったので、口の中に入れておけと思い、小さいくちばしでついばんだのだった。
口の中に入れて、舌先でころころと転がしながら、再び水浴びしようと思ったところ躓いて転び、思わず石を飲み込んでしまった。
これはまずいと思ったが、なにせとても小さい石だったし、そのうちうんこと一緒に出てくるだろうと思ってそのまま水遊びを続行しているうちに、石を飲み込んだことすら忘れてしまっていたそうな。
「というわけだよ」
「うん。すごく良くわかった。その石はうんこと一緒にでこなかったんだな」
「いちいちうんこを解体していないからわからないけれど、腸閉塞にもなってないし、尻穴が痛んだ記憶もないね。だから、もしかしたらそよが飲み込んだその石がルーンだったのかもしれないと思ったわけだよ。潜在的に持ってるルーンって可能性もあるけど、この状況で突然ルネが使えるようになったのは飲み込んだ石のお陰って方がありえる気がする」
顎に翼を当ててそよそよがふむふむと首を上下に振った。
「まじかすごい確率だな。そんなことってあるのか」
ボンドがほえ~とどでかく息を吐いた。
ということはだ。そよそよはおよそ七億イェンの小鳥だ。そして……。
「そよそよは生の石としてのルーンを見ているんだな」
「そう。そこなんだけど」
やや逡巡しながらも、そよそよが羽毛の中をごそごそして、石ハンターから貰った石を翼の上に乗せた。
「これが、それにとってもよく似ているんだよ」
「つまり、そよそよちゃんはこれが秘石ルーンだと」
そよそよがこくりと頷いた。
鼻の穴に吸い込んでしまわんばかりの勢いと近くでもって、三にんでその石を凝視した。
「色と言うより雰囲気かな。中が虹色にキラキラしているところとか」
それは紫色に輝くなんの変哲もない雀の涙ほどの小石だった。こんなもんよく見つけたもんだ。
「ご、ごくり。場合によってはこれが7億イエェン」
ボンドがぶるぶると震えて頭のてっぺんから変な声を上げた。
「でもオッサンはこれを飴ナントカって言ってなかったか」
「アメシストね。だから、似ているだけで秘石かどうかはわからないよ。そよだって一度しか見たことないし、なにせ、ちょっと見て綺麗だなって思って、口に入れちゃったわけだから」
それでもじっと石を見つめるそよそよの瞳は確信に満ちている。
「どうする?」
「食べてみるか」
「ただの石っころじゃないぞ。もしかしたら七億イェンだぞ?」
「腹にいれたもん勝ちだ」
「でももしただの石だったとしたら、腸閉塞になるかもしれないよ」
「それはつらいな」
「でも、その可能性と時価七億イェンの力を手に入れられる可能性、どちらを選ぶか」
「誰が食べるんだ」
「そよはもういい」
「俺もいいわ」
「オレだってヤだ」
誰もが皆石を飲み込んでみるのはイヤだという結論に至り、額を合わせてじっと石をみる。
「とりあえず、厳重保管で様子をみるか」
「決して落とさないように、貴重品は肌身離さずだよ」
「ならパァムの脇の下に入れておこう。もふもふだし」
「こらっ。やめろっ。飛んだら落ちるだろ」
「んじゃ小袋に入れてパァムの首に巻いてるバンダナの中に隠しておけば安心だ」
「ウ~……」
「リーダーが責任を持って保管しておいてね」
七億イェンが首にぶら下がっているのか。
首が折れそうになるのを感じながら、オレはしぶしぶ頷いた。




