【SIDE P】(o・Θ・o)そよそよの覚醒
「手当、しねぇと」
こんなことしか言えない自分が情けない。バックパックに救急キットが入っていたのを思い出して取りに行こうとしたのだが、その動きに気がついたボンドが、ますますオレとそよそよを両手で堅牢に包み込んだので、身動きがとれなくなった。
「今出たりゃ危ないかりゃ」
激しく頭をぶつけたせいか呂律が回っていない。一刻も早く止血しなくてはと思うのだが、揺れは収まらず、ボンドはますます強くオレたちを抱え込むだけだ。
「この揺れだっていつ終わるかわかんねぇだろ」
「……なの」
そよそよがオレの足を掴んでぽつりとつぶやいた。
「なんだって?」
「絶対死にたくないのっ!」
叫びと共に、彼女の羽毛がふわりと光りを帯びた。なんだと思う暇もなくその光りがどんどん強くなっていく。
「パァムも、ボンドも、死んじゃやなのっ! 一緒に帰ってシチュー食べるのっ!」
「そよそよ!?」
「えっ、そよひゃんどしたのすご……光ってりゅ」
あまりに眩しく目を開けていられずに、そよそよを抱え込んだままで強く目を瞑った。強い光りに瞼の裏すらも明るく網膜に光りを映す。
予想のしない展開と驚きに地面が揺れていることすら忘れていた。どのくらい時間が経ったのだろう。数分か数秒か。
気がついた時にはそよそよの光りも消え、揺れも収まっていた。地鳴りも聞こえない。ゆるゆると顔をあげると、オレとそよそよはまだボンドに守られていた。
ただの大地震だったのか。もしくはそよそよの予感が本当ならば、ニビルは接近したものの衝突しなかったのか。
大地震の直後、普段以上に世界が静かになるのはなぜだろう。
ダンジョンは軋むのをやめた。虫も静まりかえっている。風の音も聞こえない。水すらも流れを止めたかのように気配を消している。外界は誰が初めに音を立てるのかじっと聞き耳を立てているようだ。まるで世界に音を甦らせる一番最初のものになりたくないみたいに。自分の一声で再び揺れが起こってしまうことを恐れているみたいに。
誰もがじっとしている。またすぐに揺れが起こるのではないかという緊張もある。
聞こえてくるのは体の中から響く心臓の音だけだ。
鉄臭い臭いで我に返った。顔についたボンドの血だ。そうだ手当をしなければ。この出血量なら数針縫う怪我に違いない。
オレたちを抱え込んでいるボンドの手のひらをつついて開放を促す。
「もう揺れは収まったみたいだな」
「うん。そよ、生きてる。ボンドは?」
「ボンド、頭を見せてろ。とりあえず応急処置で消毒して包帯を巻いて、それから地上に出て医者にいこう」
「いや、それが……」
ボンドが丸めていた背を伸ばして顔をあげた。オレはすぐさま肩に飛び乗って、怪我を負ったであろう後頭部を確認した。
「あれ?」
「どうしたの」
そよそよもオレの隣に飛んできた。
「傷どこだ」
「いやそれが、痛くないんだよね」
「痛くねぇってお前、血流してただろ。現にほら顔中血塗れだぞ」
「うん、最初すげえ痛かったんだけど、なんか途中から痛くなくなったんだよね」
「そりゃこういう状況で興奮しているせいだろうが」
「でも、確かに傷は見あたらないね」
そよそよがボンドの後頭部をさわさわと探る。
「石の固まりが頭に落ちてきて血が流れたのは本当だと思う。後頭部の衝撃と痛みと、顔を伏せてたときに耳の後ろを伝ってほっぺたまで流れてくる生温かい血の感触は覚えてる」
「オレの顔にも血が滴り落ちてきた」
「ならどうして」
ボンドが一呼吸おいてそよそよを見た。
「そよそよちゃんが光ったくらいから、痛みがなくなっていったんだ」
「そよが光った?」
「覚えてねぇのか。おまえ光ってたぞ」
「どこ? 目?」
「いや羽毛」
「うもう~?」
そよそよが素頓狂な声を上げた。
「そよ、夜に光る毒キノコでも食べたのかな」
「いや、光る毒キノコを食べてもお前が光ることはないと思う」
「ルネ」
確かめるように後頭部をさすりながらボンドが言った。
「ルネじゃないの、そよそよちゃんが使ったのって」
そよそよがぽかんとした顔でボンドを見て、オレを見て、鳩のように首を前に突き出して、自分を指さして、固まった。
「確かにそれしか考えられねぇな」
冷静に考えてみれば、そよそよの発光はルネ発動の発光だった。しかし、それはオレが今まで見てきたなによりも強い光だった。
「そよ、ルネは使えないんだよ」
そよそよが眉根を下げて頭を掻く。
「ルネってのは極限状態で突然使えるようになったりするもんなんだよ。だから、今使えるようになったからといって、なにも不思議なことはねぇ」
ほえ~、とそよそよが感嘆の声を漏らした。
「発動したのは、怪我を治したってことだから、回復系のルネってことになるのかな」
「あれだけ出血した怪我を瞬時に治すルネなら超貴重なルネだぞ」
自然治癒力を補助して傷の治りを早くするというルネは貴重だ。しかも、ほんの数秒で傷口がわからないくらいに治癒できるのはそうそうあるルネではない。いくら生命の危険が訪れて目覚めたとはいえ、そんなルネが今まで発動もせずに、この小鳥の女の子の中に眠っていたというのなら、本当に摩訶不思議だ。ルネというものはまだまだ解明されていな部分が多くあるというのもわかる気がする。
ボンド顔にこびりついた血はもうほとんど乾いていて、少しこするとパラパラと茶色く変色した血の塊が剥がれ落ちた。
「だとしたらとても僥倖だよ。災い転じて福となす」
ごそごそとバックパックから取り出したチュッパチャピス掲げてそよそよが笑う。
こいつは強いな。
「パァムとボンドが生きてて良かった。それだけで万々歳だよ。とりあえず地上に出よう」
そよそよの言葉にオレとボンドは同時に頷いた。なにが起こったのか、今は理解しなくてはいけない。




