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勇者パァムは戦わない  作者: トトホシ


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【SIDE P】(o・Θ・o)嫌すぎる予感

 何かに揺すぶられるような感覚と、誰かがもぞもぞと動く音で目が覚めた。しょぼしょぼとする目を擦って隣を見るとそよそよはおらず、おかしいと思って毛布から顔を出して見ると、薄暗いテント中でそよそよらしき陰がもぞもぞと動いていた。


「そよそよ?」

「あっ、パァムごめんね起こしちゃって。今何時かと思って」


 ダンジョンの中は常に薄明るい電灯がついているとはいえ薄暗く、今が夜なのか朝なのか昼なのかは時計を見るまでわからない。だがこの体と頭のすっきりした感覚から察するに、夜ではないことは確かだ。結構寝た気がする。


「あった」


 小型の情報端末を探り当てたそよそよがライトをつけ、画面を見て時間を確認しているようだった。


「朝六時ちょっと過ぎ。う~ん、思ったよりも寝過ぎたんだよ」

「やっぱオレたちは明るくならないと、朝だ起きるぞって感じがしねぇもんな」


 伸びをして毛布から飛び出ると、そよそよが少し不安げな様子で首を傾げた。


「ねぇパァム。さっきから揺れてない?」


 そう言われると、先から少しばかり揺れている気がする。じっとして感覚を鋭敏にしていないと気づかない程度だが微かに揺れている。

 時たま石の天井や壁がみし、と音を立てる。


「そよ、この揺れで起きちゃったの。起きてからっずっと小刻みに揺れているんだよ」

「ずっと?」

「多分もう数分揺れ続けてる」


 いくらなんでも長すぎる、とそよそよが呟く。

 地上でブルドーザーでも走ってんのか? まさか埋め立てるなんてわけじゃねえだろうし。

 一度地上に戻った方がいいだろうか。

 考えあぐねていると、突如地下にまで聞こえてくるどでかいサイレンの音がダンジョン内に響きわたった。サイレンで咄嗟に思いつくのは火事。だが流れ込んでくる煙はない。ミサイルもあり得るが、そもそもこの星はどことも敵対していないし、攻撃される理由もない。


 止む気配のないサイレンがやかましく鼓膜を叩き続けている。周りに人気がいなく情報が少ないのも厄介だ。なにが起こっているのかというよりも、この星でサイレンを鳴らすほどのなにかが起こる可能性が果たして今あるのか、あるとしたらなんなのか。


 緊急。危険。有事。命の危機。最悪な事態ばかりが思い浮かぶ中で、瞬時にどうすべきかの選択肢が頭を駆けめぐる。まずは傍らでしゅっと細くなったそよそよを抱え込み、バスケットをひっくり返してその場に伏せる。


「何かイヤな予感しかしないよ」

「ほんとにな。全くなんだってんだ」


 揺れが徐々に大きくなってきている気がする。なにが起こっているのかはわからないが、よくないことが起こっているだろうことだけはわかって、背筋が冷たくなる。


「ん……ん~なんだ? 目覚まし……?」


 サイレンの音でようやくボンドが目を覚まして、赤い明太子のままでもぞもぞと右に左にうねった。


「んなわけねぇだろ。サイレンだ。おいボンド、そよそよを守れ」


 バスケットから這い出てボンドの頭を蹴飛ばしてから寝袋のチャックを下げると、未だになにが起こっているのかいまいち理解できていないような顔をしたボンドが、ゾンビのようにのろのろと手を出してむくりと起きあがった。

 そよそよと共に膝の上に登り姿勢を低くすると、う~ん、と首を傾げながらもボンドが両手でオレとそよそよを抱え込むようにして背中を丸めた。


 うむ。これで天井から石が落ちてきてもボンドの頭が潰れてオレたちが助かるだろう。


「あいたたた……筋が……。ふぁ……おはよう、パァムそよそよちゃん。これなにサイレン? 目覚ましじゃなくて? ん、ここどこ……」

「寝ぼけてんじゃねぇぞ。ここはダンジョンだ」

「え……あ……」


 オレの言葉に惚けた顔をしていたボンドの顔がさっと青くなった。どうやらようやく脳味噌が目覚めたようだ。


「サイレン? 揺れてる? ど、どうすれば」体を丸めたままでボンドが震え始めた。

「外に出た方がよくない? もし崩れてきたら」

「昨日そよそよが言ってたことだけどな、ダンジョンは強固だ。地震だとしたら外よりも地下の方が安全という場合もある。それに、確かに地震は続いているけれど微弱で、ダンジョン内のサイレンが鳴るほどの大きさじゃない。このサイレンは地上から聞こえてきてる。地震ではない何かが地上で起こっているのかもしれない。この地震はそれの付随ということも考えられる」

「じゃあ、どうすれば」

「今考えてる」


 地震ではない何か。もし仮にミサイルが落ちてきているとするならば……この地震が着弾の揺れだとするならば、今は地下にいた方が安心だ。だがその可能性は低いだろう。揺れは静まるどころか、だんだんと大きくなってきている。天井が軋む。地面がびりびりと振動する。小さく震えていたそよそよがぼそりと言った。


「ニビル」

「なに。まさか」

「ニビルが近づいてきてる」


 そよそよが虚空を見つめてその名を口にする。


「わかるのか。いや、それにしたって急すぎる。でも……」


 可能性がないわけではないことに絶望を感じるしかない。


「にび……なにそれ」


 状況を把握しきれていないであろうボンドの、場にそぐわないやや間抜けな声が頭上から降ってきた。


「死ぬかもってことだよ、オレたち」

「は?」


「この星にニビルが衝突するかもしれねぇ」


「いやだからなにニビルって」


 ニビル。軌道を持たない星。凶星。何千年にもわたって縦横無尽に宇宙空間を彷徨い、幾多の星を破壊してきた星。自身は砕かれることなく、数々の星を砕き、今もまだ宇宙空間を彷徨い続けている。星ではなくひとつの生命体だという説もあるが詳しいことはわからない。ただわかっていることは、ニビルと呼ばれるその星が、一片の戸惑いも見せず他の星を壊すことができるだけに十分な大きさと凶暴さを持ち合わせているということだ。


 その凶星が、今この星に向かってきているのだとそよそよは言っているのだ。


 だが、いくら軌道を持たないとは言え瞬間移動はできるわけでもなく、ある程度今はこの宇宙のどの地域にいるという注意報などが出されていて、危険領域に接近してきたらアラートが出されるのが慣例となっていた。詳しい位置は把握していないが、この星に来るときにはアラートなど出されていなかった。つまり、かなり遠くにいたというわけだ。

 だが、この予報が確実ではないことは天気予報を見ていてわかる。ひとつの星の天気すら当てられないのに、惑う星ニビルの行き先を当てられるわけがない。

 大星ならばニビルの軌道を変えるだけの装置はあるが、果たしてこの星にその装置があるのかどうか。

 多分ない。


「そよそよはどうしてニビルかもしれないって思うんだ」


 ニビルが衝突する可能性は小惑星が追突する程度に低い。つまり、まずありえないのだ。


「わかんない」


 そよそよが顔を伏せたままで首を振った。


「わかんないけど、ニビルだと感じるってことか。前にもどこかの星でニビルの接近に会ったことあんのか?」

「ううん。ない」

「そうか」


 それもそうだろう。ニビルはここ数百年、オレたちの住む星の近くに接近はしていないはずだ。だがこういう時の渡り鳥のカンは馬鹿にできない。

 サイレンはまだ続いている。揺れはますます大きくなってきた。立っていられないこともないが、まっすぐ歩くには少し難しい程度だ。震度四ってとことか。結構だな。


「なぁ、パァム、この場合の最善の対処は……」

「本当にニビルだとしたら、運を天に任せるしかねぇな」


 空を見上げたが、そこにあったのは石の天井だった。つまり、答えはそういうことなのだ。今できることには限界があって、それを打ち破るのは難しい。今からこの星の外に出るなんてまずもって無理な話だ。結局、運を天に任せるしかないわけだ。


「たとえ衝突しなくても、ニビルが大接近しただけで損害がでる。覚悟を決めるしかないな」


 自分で言って涙が出る。

 あーもう少し生きてたかったな。

 食べようと思って買った美味しいお米だってたくさん残っている。

 後悔ばかりが脳内を走り巡るけれども、ニビルがオレの死神なら運命を受け入れるしかない。

 そよそよが小刻みに震えながら抱きついてきた。オレはその背中を撫でることしかできない。


「そよ、死にたくない」

「オレもだよ」


 そう言いながら諦めてしまっている自分がいる。

 ごめんな、オレがこんな星に行くって言ったばかりに。

 オレの足をそよそよの足がぎゅっと強く握る。

 同時に激しく叩きつけられるような揺れが全身を襲った。ボンドに守られていなければ、オレとそよそよなんて体ごと揺れに合わせてぴょんぴょんと跳ね上がっていたことだろう。

 ここが地上なら揺れる大地から離れて飛んでいればいいものを、狭くて天井の低い地下洞窟では飛んで逃げるなんてこともできない。

 ボンドですらも立つのは愚か、動くのも難しいらしく、這い蹲っているのが精一杯だという表情で歯を食いしばっている。

 天井から落ちてきた小石がばらばらとボンドに振りかかる。地鳴りの音が激しくなる。


「っ……!」


 なにか堅いものがぶつかったような鈍い音と共にボンドが体を大きく震わせてがくりと頭を下げた。

 イヤな予感と共に、すぐ真上にあるボンドの顔を見上げると、オレの顔にぽたぽたと雨だれのような赤い液体が落ちてた。

 錆びた鉄を含んだ地下水がこの地震で染み出してきて、ボンドの頭を汚しているのだと良い方に考えたくなるが、そんなことあるわけないと彼の苦痛の表情からわかる。

 天井から落ちてきた石がボンドの後頭部に直撃したのだ。そう考えるより他ない。額を伝って落ちてくる血液量は少なくはない。

 怪我をしていないオレの血の気も引く。


「俺、こんなとこで死ぬのか」


 ボンドが弱々しく笑う。

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