【SIDE P】(o・Θ・o)いざダンジョン
川で相当な時間を食ったが目的通りにダンジョンに向かい、ようやくたどり着いたその入り口には『自己責任』と赤字で書かれた看板がでかでかと立っていた。
「リーダーは誰にする?」
「パァム」
オレの言葉にふたりの指がこちらを向いて、声が同時に響いた。
まぁ、一番普通っぽいのがオレだよな。
時空放浪者の人間に迷子の鳥の中にひとり普通なオレ。自分でも最適解だと思う。拒否をする理由もない。
周りにパーティーらしき集団はいない。まるで人気のないアトラクションみたいだ。この星の来訪者の多くが冒険のこつを掴む初心者だった大昔とは違い、近年で一気に雰囲気を楽しむためだけの観光客が増えたことも関係しているのだろう。
そよそよが持っていたパンフレットによると、冒険の始まりの街といったような雰囲気の大通りでのコスプレイベントなども定期的に開催されているらしい。
まぁオレたちも観光客のようなもんか。どうせボンドは本気で冒険者になる気などないだろうし、このダンジョンも遊びで入るようなものだ。
それでも油断は事故の元。気合を入れて行こう。
「よし行くぞ。準備はできたか」
首に巻いた赤いバンダナを締め直して号令をかける。
「う、う~ん、きちょーするぅー」
気持ち悪い返事をしたボンドの頭を叩いてダンジョンに足を踏み入れた。
ダンジョンのイメージはと聞かれれば、暗くてじめじめしていて通路がやたら狭くて入り組んでいて、なんでか敵意を剥き出しにした獰猛なモンスターが襲ってくるような洞窟や建物や塔を代表とした迷宮、と答える。よくある一般的なイメージだ。
だが、実際のダンジョンを指す本来の言葉は、堅固な地下室や地下牢といったものだ。
それを踏まえた上でオレたちの目の前に立ちはだかっている物は、本来の意味を模したものであろう、地下に続く大きな穴の入り口だった。
奥底から漂ってくる湿った土の臭いと、それを運んでくる生温かい風。光の射さない暗闇。得体の知れない生物の鳴き声。びっしりとコケの生えた岩肌。脳天めがけて落ちてくる水滴。落石の音。反響する会話。滑る足下。
「怖いな」
ボンドが言った。
「怖ぇな」
オレもそれに同意した。
「なかなかできたアトラクションだね」パンフレットと実物を見比べて、そよそよが頷いた。
「行こっか」
そよそよが片手に持ったチュッパチャピスを掲げて前方を指す。だが、ボンドは動かない。頭上のオレも動けない。
「どしたの」
「いや、想像と違ってものすごく洞窟っぽい」
「まずは洞窟に入ると、この先に地下へと続く階段があるみたいだよ。行こ。ぐずぐずしても始まらないよ」
女子ってこういう時、男よりも度胸が据わっているもんだよな。このパーティのリーダーはそよそよで良いのではなかろうか。
「ほらっ」
そよそよがチュッパチャピスをボンドの頬に押しつけてぐりぐりした。ボンドはふぁ、は、でもぉ、と半開きになった唇から気持ち悪い声を上げている。
「わひょ、わかったからや、やめてそよそよひゃん……」
「わかったのなら前進! 命短し旅立て諸君!」
「そうだ~、前進しろ~、ボンド~」
勇ましいことを言いつつ、オレはこの足の震えが薄い頭皮を通じてボンドに伝わりませんようにと、薄くなりはじめたボンドの後頭部を見つめてひとり神に祈った。
ダンジョンに踏み入れる前は生温かい風が吹いていたのだが、いざ踏み込んでみると、その中はひんやりとしていて寒さを感じるほどだった。ぴちょんぴちょんと水滴の滴る音がどこからともなく聞こえてくる。
「うひゃあっ」
「うへえっ」
「わっ。なぁにどしたのみんな」
オレたちの声に驚いたそよそよが三センチほど宙に浮いた。
「いや、首筋に水滴が……」
「うへっへへ、オレも……」
実はボンドの声に驚いて悲鳴を上げた、なんて言えない。そして、三センチどころか飛んで逃げようとしただなんて口が裂けても言えない。濡れてもいないふわふわ羽毛の首筋をさすって、オレはへへへと薄ら笑いを浮かべた。
「ここは地下五階まであるらしいよ」
五階もか深いな。雀は天に上れど地下に下らない習性なのだが。
無意識にふるふると小刻みに羽を震わせると、そよそよがチュッパチャプスでオレの翼をつんつんとつついた。怖がっているのがばれている。
「武者震いだぜ」
聞かれてもいないのに答えてしまった直後、まるで三十年くらい前のヤンキーの常套句のようだと気がつき、ひとり赤面した。
なんだよ、武者震いて。
「ここはもともとはちゃんとした本当の地下洞窟だったらしけれど、今では観光目的に開拓されて雰囲気を楽しむためのダンジョンとなったらしいね」
そよそよの言うとおり、ここはもともとれっきとした冒険の場だったのだ。
今は観光用に階段が造られていたり、野営に適した場所には簡易な小屋が建てられていたり、水が湧き出る場所は泉になっているだけではなく、深く管を通して水が出っぱなしの蛇口までついている。
一階は地面も壁も全面が石で補強されていた。
石といっても煉瓦のように長方形に切り出された石で、それが規則正しく壁や床に配置されている。湿った地下にあって、石と石の隙間を埋めるようにコケがびっしりと生えていて、地面だってところどころ石がなくなっていたり、割れていたりして、かなりの年季が入っている。
崩れてこないよな……と独り言を呟きながら壁に触れると、脆くなった石壁の表面が砂のようにぽろぽろとはがれ落ちた。
こえ~、と呟くと、今度は頭上から砂粒がぱらぱらと落ちてきた。
「わっ……なんだ」
「地震かな。ちょっと揺れた気がするよ」
「ひょええ。ここ崩れてこない? 出た方がよくない?」
突然歩みを止めてボンドがわめきだした。図体でかいくせして今きた道を振り返っておろおろとしているのには呆れるしかない。
「地震の際は外に行るよりも堅牢な地下にいた方が安心だよ」
まったく恐れてもいない様子でそよそよが言う。小さいうちから渡りをするだけあってかなり肝が据わっている。
「え~でも埋もれそう」
こいつとは大違いだ。
「なにを言っているんだよ。八十階建てのビルの方がよっぽど揺れるし崩れるよっ。ここは強固なダンジョン。普通の地下室と違うっ。埋もれないっ。震度一で崩れる程度ならすでにここは立ち入り禁止だよっ」
そよそよがチュッパチャピスでボンドのほっぺたを回転を加えながらぐいぐいと押した。
「そよそよの言うとおりだぜ。戻りたいなら戻りな。こんなことで怯えているようでは到底召喚士として冒険なんてできねぇ」
「うう……わかった」
しぶしぶといった様子でボンドがダンジョン奥に足を進める。
「全く、キンタマの小さい奴だぜ」
「それを言うならキモッタマだろ」
「キモッタマのちいせぇやつはキンタマもちいせえんだよ」
そういうオレはというと、さっきの揺れがちょっと怖くてボンドの頭にうんこを漏らしていた。
モンスターなどは勿論出なかったが、ダンジョンは薄暗く時折足元にネズミが這い回り、侵入者に驚いたのか頭上のコウモリが突然大勢で飛び出す様には、いちいち驚かされた。
一回限りのたまたまだろうと思っていた揺れは度々起こった。この星では地震はよくあることなのかもしれないが、ボンドはその度にびくびくして、オレはそのたびにボンドの頭にうんこを漏らしていた。
そして、そよそよはというと「ボンドの寝っ屁もこのくらい揺れる」と言って、勇ましく飴玉を振り回していた。
もう何度目かわからないくらいの微弱な地震にそろそろ慣れてきたころ、ようやくテントの広げられそうな広場にたどり着いた。
「今日はここで休むとするか」
観光用として整備されたであろう水道の近くに野宿をすることに決めると、ボンドは野宿は初めてだとなんでかうきうきし出した。
公園のベンチで一夜を明かしたことがあったはずだが、どうやらそれは野宿と言わないらしい。
簡易テントを嬉々として広げるボンドを眺める。テントといっても、袋から出すだけであら不思議。ジャンピング傘の様な速さで立派に組み立てられたテントができてしまうという優れ物。
後は転げないように四隅で杭を打てばいいだけだ。人間ひとり用らしいが、プラス鳥二羽だけなら十分の広さだ。
「ご飯どうしよ。みんな何を食べるの。せっかくガスコンロ買ったんだし、お湯沸かしてみていい?」
「どうぞ」
こいつアウトドア楽しんでいるだけじゃねぇか。
「俺さ、ちょっと憧れてたんだよね、ソロキャンとか。でもさあれって時間とお金と度胸と人生の余裕と、家庭があるなら周囲の理解がなければできないんだよね。所詮、貴族の遊びなんだよ」
うん。よくわかんねぇけど。そよそよも曖昧に頷いている。
「でもこれはソロキャンじゃねぇだろ。オレたちがいるし」
「うん」とボンドは頷いた。
「コーヒー入れよう。キャンプでのコーヒーって憧れるよな。豆から買ってきたんだ。小さいミルもこの通り」
こいつ、冒険というよりも完全にキャンプ目的じゃねぇか。そよそよが冷めた目をしてコーヒー豆とミルを見ている。言いたいことはわかる。絶対に面倒臭くなってしまいにはやっぱりインスタントコーヒーが一番、ってのになるもんだ。だけどここは男のロマンだ。飽きるまで大目に見てやって欲しい。
どうせ二回目くらいで飽きる。
「晩メシはどうする?」
「そうだな、シチューでも作ろうか。ヨネおばさんのところで特製シチューのルゥを買っておいたんだ。常温で日持ちする人参とジャガイモとタマネギも買っておいたから、刻んで茹でるだけでできる。牛乳も買っておいたんだけど、これは早く使わないといけないしな」
そう言いながら、バックパックから四次元ポケットのようにあれやこれやと食材を出した。
「すげぇな。いつの間に」
「こうやって気合い入れて食料いろいろ買ったけどさ、だいたい冒険の初めだけなんだよな、贅沢できるの。そのうち干肉齧って歩くことになる」
マンガの知識だけどとボンドが言った。
「ま、一週間ちょっとだし、毎日贅沢はできるけどな」
「毎日のご飯も楽しみな冒険ってとてもステキだよ」
「お米も炊こうぜ」
ボンドがコーヒー豆をごりごりと挽いている間、俺は荷物から飯盒とお米を取り出して水を入れて火にかけた。米を美味しく炊くことで俺の右に出る雀はいない。
ネルドリップだのなんだのとぶつぶつ言いながら、通ぶってコーヒーを抽出してから、香りを嗅いでんん~ん、と不快なうなり声をあげ、満足そうにそれをすすっているボンドの姿は滑稽であった。
だが、ボンドの入れたコーヒーは確かに美味しかった。オレもコーヒーは好きではあるが、ここまできて豆を挽いて、さらに時間をかけてじっくりとお湯を回し入れるほどの情熱はないので、素直にボンドがすごいと思った。
そよそよはコーヒーにミルクと砂糖をたっぷり入れて飲んでいた。
「満足か」
コーヒーを飲み終わったボンドに尋ねると、返事を聞くまでもなく、たいそう満足そうな顔で大きく頷いた。
「うん。満足だ」
「明日の朝も美味しいコーヒーが飲めそうだな」
「え、あ、うん」ボンドが口ごもった。
「ちょっと面倒くさいけどな」
もう飽きてんじゃねぇか。
コーヒーに満足してから、いざシチューの支度だと言って、果物ナイフで野菜を刻むボンドの手元は、料理をしたことがない感で溢れていたが、ヨネおばさんのおかげでシチューはとても美味しく仕上がった。
季節のせいもあるのか、ダンジョンはひんやりとしていたが、たき火をすることで適度に暖まって過ごしやすかった。
腹一杯になったオレたちは、テントに戻らずにたき火の周りで大の字になって寝そべって小一時間を過ごした。
「星空は見えねぇけど良いキャンプだな」
タヌキのような腹を叩くとぽんぽんと音が鳴った。
「そろそろ寝るか。もう夜も深いだろ」
「そうだな」
腕時計を見てボンドが頷いた。火を消して二羽と一人でテントの中に入る。ボンドは明太子のような真っ赤な寝袋の中に潜り込んで、オレとそよそよは小さいバスケットに入り込んで上から毛布を掛けた。くっついていると暖かい。
長時間たき火をしていたせいで、ダンジョンの周りの石壁も暖まったらしく、火を消した後もテントの周りの空気はほんのりと暖かかった。
そよそよが初めに小さい寝息を立て始めた。小さいのに頑張って疲れただろう。ゆっくり休むといい。
オレにもすぐに眠気がやってきた。柔らかい空気に包まれて、燻ぶった煙のにおいと心地よい疲労感の中で、隣にそよそよの体温を感じながら眠りに落ちた。




