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勇者パァムは戦わない  作者: トトホシ


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【SIDE B】 チョコバナナ

 ちゅんちゅん、と鳥の鳴き声が聞こえてきて重たい瞼をゆっくりと押し上げた。結局昨日は晩御飯を食べて宿に入るなりあっという間に寝てしまった。うつ伏せの体を持ち上げて寝返りを打つ。じっと目を瞑りしばし体の調子の様子を見る。


 ちゅんちゅんと鳥の鳴く声が聞こえ続けている。


 ともすればくっつこうとす擦り上げて上げてのそりと体を持ち上げ部屋の中を見渡すと、開け放たれた窓際でご機嫌にちゅんちゅんと歌うそよちゃんがいた。


「ちゅちゅん、ごほん、しっずかっなこっはんっのっもっりのかげっかげっからっからっ」


 ひとりで輪唱をしているようだ。静かな湖畔って地球の歌じゃないんだな。

 だがもう驚かない。

 どうせパァムに聞いても「こっちが本家で地球は伝播された方」とか言うんだろうな。地球からこっちに伝わったというよりも、こちらから地球に伝わったのだと思えるほどに、この星々の方が文明は進んでいると思える節があるので、そう言われたとしてももう不思議とは思わない。


「もォーきってきったらっとこっえがっするー」

「おはようそよそよちゃん」

「かこっ、んあっ、おかっ、おっはよう、ボンド」

「静かな湖畔?」

「うん!」

「パァムは?」

「そこでまだ寝てるよ。さっき起きてきて、窓の外でぷりっとふんこしてからぷっと屁のコンボかまして水飲んでまた布団に入って寝たよ」


 そよそよちゃんが指し示した方を見ると、人間サイズのベッドの上で、小さな雀が大の字になってだらしなく嘴を開けて寝ていた。地球にいる雀がこういうフォルムになっていると死んでいるのではないかと勘ぐってしまうのだが、規則的に上下する腹を見るとどうやらちゃんと呼吸はしているようだ。


「おっさんじゃん」

「おっさんだね」


 ふたりしてむにゅむにゅぐおーといびきをかくおっさん雀をまじまじと眺める。


「ぐがーっ、ん……がっ!?」


 ぶひっ、と喉奥からおかしな音を立ててパァムが目を覚ました。


「おはよ、パァム」

「ふぁ、あ、おはようそよそよ。雀としたことがちょっと寝過ぎちまったぜ」

「まだ六時ちょっと過ぎだ。早朝だよ」

「人間にはそうだろうよ」


 ぢゅ~ん、と鳴いてタオルケットにくるまったままでパァムが背伸びをした。


「……まだ寝てぇ」

「お勤めがあるわけじゃないしまだ寝てていいと思うよ。その間そよは歌っているけどいい?」

「鳥の歌声はいつ聞いても鼓膜を煩わせないからいい。人間の歌ってのはやっかいだが……。あ~、でもできれば子守歌っぽいのを頼むぜ。ねんねころりとか」


 そう言ってパァムがふあ、と大きなあくびをひとつして、もぞもぞとタオルケットの奥にもぐっていった。どうやら二度寝を決め込むらしい。

 パァムが起きるまで一時間くらいと踏んで、朝の散歩をすることにした。ああは言っていたけれどうるさくしては悪いからと言うそよそよちゃんも肩に乗せて、一緒に散歩に出掛ける。


「あのさ、ボンドって召喚士なんだよね」


 突然思い出したようにそよちゃんがそう問いかけてきた。


「うん、そうだけど」

「あのね、召喚して欲しい子がいるの」


 そよちゃんがもじもじと嘴を俺の肩に擦りつける。


「でもオレのルナーってまずいという話でさ……」

「そこは大丈夫だよ」


 自信を持ってそよそよちゃんが頷いた。


「たぶん、そもそもルナーの美味しさがわからない子だろうから」

「へ? どういうこと?」

「あのね、ほ乳類とかは爬虫類とか鳥類とかじゃなくて、たぶん味覚が違うの」


 ああ、そうか。なるほどな。どうして今まで気がつかなかったのだろう。


 確かになにが美味しいかはそれぞれだ。カマキリが美味いといって食べるバッタも、ヒトは気持ち悪くて一部の人しか食べられない。気持ち悪いだけで味覚がどうのという話ではないのかもしれないが、とにかく自分だけの尺度で美味しい不味いを考えてはいけないということだ。


 地球人の俺にとっては全く理解できないルナーというものの概念がふわっとしすぎるものだから、不味いと言われればそういうものなのかと思っていたが、それが実際に口にできるものと仮定すると、それは受け取る側によって印象が変わるということだ。


「一般的に不味いものは、大多数にとっても不味いんだけどね」


 俺に芽生えた希望をこの小鳥は数秒で打ち砕く。


「でも、そもそも食べるものが違う種族では、不味いの基本が違うものなんだよ」

「わかった、俺のゲロまずルナーも美味しいといってくれるヒトがいるかどうか試す意味でもやってみたい」

「よろしくお願いするよ。召喚して欲しい子はチョコバナナちゃんだよ」

「ん? 食い物……」

「名前だよ。食べ物ではないよ。生きているよ」

「疑問は残るけどとりあえずわかった」


 深呼吸と同時に精神統一して召喚の体勢を調える。

 突然大地に膝をつき、頭を土にこすりつけひれ伏す俺の肩から滑り落ちたそよちゃんが、わわっと慌てて後頭部に飛び乗った。


「どうかっ、どうか出てきてくださいませ! 私めに力をおかしくださいませませ~。ひらにひらに~。そよそよちゃんのお友達のチョコバナナ様~! かしこみかしこみ~」

「珍しい召喚の儀式だね」


 土についた両手の平、額、膝、足、もろもろが振動を感知する。これは召喚体が俺の呼びかけに答えてくれた証だ。自分が召喚士として機能していることに、喜びと同時に未だに戸惑いを感じる。壮大なドッキリなのではないかと思わないこともないが、俺にドッキリをかける意味もないので、これは確かに現実なのだろう。


 瞑っていてもいても分かるほどの激しい光が瞼の裏を照らす。強風とともに土埃が舞って木々が葉を擦り合わせてざわめき大地が揺れる。


「わ~! チョコバナナちゃん、こんにちは!」


 そよそよちゃんの声に我に返る。どうやら成功したらしいことを知って、俺はそっと顔を上げた。そして戸惑った。


「あっ! 久しぶりそよそよちゃんっ」

「久々に会えて嬉しいよ」

「私も! 呼んでくれてありがとう!」

「呼んだのはこっちのボンドだよ。新人召喚士なんだって」

「そうでしたか。ありがとうございます。そしてこんにちはボンドさん」


 顔をあげた俺の目の前に飛び込んできたのはチョコバナナというよりは、エクレアだった。


 食べ物だ。


 俺のなにか言いたげな視線に気がついたのか、それとも心を読んだのか、目前のエクレアがもじもじと体をよじらせた。


「あのわたし、食べ物ではないです。ナマコです。生物です。エクレアナマコのチョコバナナと言います」


 ややこしい。


「チョコバナナちゃん。ボンドのルナーって不味かった?」


 頭を抱えた俺をよそに、そよそよちゃんが召喚体であるエクレアナマコに問いかける。


「え? うーん。私はルナーの味がよくわからないんで、まずいとは感じなかったかなぁ。なにせ、大人気のヨネおばさんに召喚されたときも、ルナーの味が全く分からなかったしね」

「さすがチョコバナナちゃんだよ。強い。信頼できる。あっはっは」

「わっはっは」


 これは一体なんの喜びなのだろうか。肩を組んで笑いあう鳥とエクレアナマコを呆然と眺める。


「あのね、ボンドのルナーは、召喚体が胃の中を空にして吐き出すほど不味いって有名で困っているんだって。だから、あまりルナーの味がわからないチョコバナナちゃんならどうかな、と思って呼んでみたんだよ」

「そうだったの!」 


 とたいそう嬉しそうにエクレアナマコが笑う。俺もつられてへへへと笑う。


「またボンドが呼んだら来てくれる?」

「もちろん行くよ」

「そっか。ありがとうね。今回は特に重要な用がなくてごめんね。せめてものお礼にこの飴をあげるよ」

「いやいや、私は癒し目的の召喚体なんで、こういう召喚はむしろ嬉しいくらい。そよちゃんにも会えたしね」

「わ~い。チョコバナナちゃん、優しい。飴二個あげる」

「わ~い。でも私、味がわかんない」


 そよちゃんから貰ったあめ玉を両手に掲げて、エクレアナマコのチョコバナナが時空の彼方に消えていった。

 うん、なるほど。俺のルナーがゲロまずというのも、それぞれ召喚体の好みを考えれば、一概に不味いとも言えないのではないのか。少しは大召喚士になるべく道筋が見えて来た気がする。


「そろそろ帰ろうか」

「うん。パァムが起きている頃かもしれないしね」


 そよそよちゃんが再び静かな湖畔を歌い始めた。


「いっっしょ~にうったおっとおっるりっなく~」


 言葉の意味はよくわからないけれど、ハープのように美しいそよそよちゃんの歌を聴きながら、静かな湖畔に二番があったことを俺は初めて知ったのだった。

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