【SIDE P】(o・Θ・o)雀と遠雷
オレは今怒っていた。不正に召喚がなされていたからだ。
ここは法によって支配されていて基本的人権が尊重されている民主主義国家だ。不正なんて行われてはならぬ。ましてやお上が。
「だーかーらー! オレは和ませる専門の観賞用召喚体だったのに、どうして戦に召喚されんだよ!」
契約内容と全く違う部署へ配置された者の絶望と怒りの炎の熱さを知るやつがはたしてどれだけいるだろうか。
オレの怒りに担当者は汗をかきかき、へらへらを薄笑いを浮かべて、先ほどから数時間にわたり、のらりくらりとオレの質問をかわしている。どうやら愛想良くしていたらどうにかなると思っているらしい。普段は温厚なオレも流石に怒りに羽毛が逆立ってくるのを感じる。
「いやぁ人員が足りなくてですねぇ」
「んなもん理由になるか! 勝手に戦闘用に登録されてたってか? 契約違反だろうが!」
「いや、でも、雀族は過去にその愛らしさで争いを集結させたという実績もあったので、戦闘に召喚されてもどうにかなるかと……」
「いや、そういう話じゃねぇよ! なんでそうなるんだって言ってるんだよ! こっちは戦いに狩り出されるの了承してねぇよ! 契約違反だろうって言ってるんだろうが! 故意だってんなら以前に禁断魔法でランダム召喚された時とは訳が違うぞ!」
「そうですかねぇ」
なにがそうですかねぇだ、このたからものが! と感情が爆発するがままに罵りたい欲求をじっと押さえる。
「仮に……いいか仮にだぞ。仮に契約違反なのを許してやったとしても、てめぇ10階建てくらいあるゴーレムにどうやって立ち向かえってんだ、こんなちっせぇ雀が!」
「いや、だから、その愛らしさでですねぇ」
「だから、って言うのやめろ! 説明になってねぇこのたからものが!」
それにゴーレムが雀のかわいさを理解するわけねぇ。
まじで話が通じない。このおっさん消したい。雀のほっそい血管ちぎれそう。
「あの……」
男が伺うようにオレの顔をのぞき込む。
「あん!?」
「たからもの……ってどういうことですか?」
「……もういい」
「はい?」
「もういい辞めてやる! 召喚体辞めてやるでよ!」
たからものってのは東北地方の雀訛りでバカ野郎って意味だろうがよこのたからものが!
そうしてオレは役所を後にした。
威勢良く出てきたはいいが、つまり今オレはなんとびっくり無職だ。
だがあれだけコケにされてまで役所の権力にすりよっていたくはないし、なによりもしがみついていたい職でもない。
まぁ、しばらくは祖父さんの遺産で生きていけるか。最高の米でも探して旅でもするとしよう。
果てない空は青く澄み渡り、オレみたいにちっこくてふわふわした一匹雀のごとき雲がひとつ浮かぶのみ。風は静かに流れ空気は柔らかい。とりたてて急いで行く場所もないので、飛ばずにぴょんぴょんと歩いていると、どこからともなくふわりとキンモクセイに似た甘い匂いが漂ってきた。ふと見上げると、道端にオレくらいの大きさがある黄色い花がゆらゆらと風に揺られて咲いていた。見つけたとたん笑顔になり、思わず近寄って香りを確かめる。うん、濃厚。蜜のように甘くていい香りだ。
遠くから鳥のさえずりが聞こえる。舌っ足らずで高い声にまだまだ若い鳥の歌声だと分かる。それに交じってりんりんと美しい虫たちの声も聞こえてきて、彼らの声に耳を澄ませていると、先ほどまでの怒りが霧散していくのを感じる。
オレはあのアホにどうしてあそこまで怒っていたのだろう。アホに怒るなんて馬鹿げている。どうせ相手はアホなのだから。話が通じないのは仕方がないアホだし。しかしあのアホが……と考えていたら、鳩尾の深くにふつふつとマグマのような怒りが再発してきて、慌てて深呼吸をする。
いかんいかん。こんないい日和にあのアホのことなんて考えてしまう方が負けだ。あのアホのことはこれでお仕舞い。どうせアホなのだから。と、再燃した怒りはなかなかくすぶって消えない。
「ちゅん」
上空から声がしたので見上げると、最近この辺でたまに会うだけの、名前も知らない若い美ちゅん(美しい雀のこと)が飛去り際に笑顔で会釈をしてきた。
「ちゅん」
オレも翼を振り笑顔で挨拶を返す。
良い天気だ。目を瞑って肺がはちきれる寸前まで、透明で新鮮な空気を思い切り吸い込む。体の隅々まで澄み切った酸素が行き渡るのを感じる。旅立ちには最高の日だ。
さあ、いざ、オレは旅立つ。
ぴょこっと一歩を踏み出し、ひとり頷いたその直後、わずかに地面が揺れた。眩暈かとおもったのだがこれは違う。地震だ。姿勢を低くして身構え、徐々に大きくなるゆれに備えていると、それが通常の地震ではないことに気がついた。
耳鳴りがして頭が痛む。先ほどまで青空だった空に一瞬にして黒い雲ができて稲妻が走る。
まずい。時空の歪みだ。
突然の命の危機に、瞬時に全身の羽毛がしゅっと肉体に密着して細雀なオレになった。
なんだってこんな時に。青ざめた顔で舌打ちをついたすぐ後にふと思い出す。そういえば、今日の天気予報でこの地域に時空歪み警報が出されていたのだった。あまりの天気の良さに、予報は外れるだろうと思っていた自分を忌々しく思う。
時空の歪みに遭遇して危惧することはひとつ。それが時空の狭間に吸い込まれるくらい規模が大きいのかだ。時空の狭間に吸い込まれたら、多くは宇宙空間に投げ出されて死ぬか、死ぬこともできずに出口のない真っ暗な時空の狭間を永遠のさまようことになってしまうと言われている。それは死ぬより苦しいことだ。
運が良ければ吐き出されるが、それも空間的に未熟な時空の狭間によって吸い込まれてすぐに、同じように未熟な時空の狭間によって吐き出されるという幸運が重ならなければならない。それは、そう簡単に訪れる奇跡ではない。
そもそも、時空の狭間ができるのは、時空が歪められるだけでなく、なにかしらの強力な力によって時空が裂かれるためであって、それは頻繁に起こることではない。
そして、時空の歪みは近くにある物体を吸い込むのと、吸い込んだ物体を吐き出すふたつの場合がある。
これが吐き出される方の歪みであることを祈る。吸い込まれさえしなければこちらにはなんの害もない。そう祈っていると、どこからともなく突然強く風が吹き込んできた。
草に掴まってとばされないよう踏ん張るが、どうやらこれは空に向かって吹くのではなく、空から地上に向かって吹いている風だ。つまり、吐き出される方の時空の歪みということだ。
最悪の事態を避けられた安堵と同時に、どんどん強くなってくる風に今度は吹き飛ばされた際の命の危険を感じる。
なんとかエノコロ草に掴まって強風を堪え忍ぶ。吹き飛ばされて大木にぶつかりでもしたらオレたちのような小さな小鳥は即死だ。
お米の神様。どうか助けてくれ。
さっきの名前も知らないあの子雀大丈夫だったかな、割といい早さで飛んでったし被害は受けていないかな、などと考えていたら、目を刺すような強い光が一瞬だけ世界を照らした。怖くて思わずぎゅっと目を閉じると間髪入れずにごろごろと空が鳴った。
これはいよいよもって時空が開くようだ。
飛ばされないよう姿勢を低くしたまま耐えるしかない。
ぎゅっと強く目を瞑り、ぎゅぎゅっとエノコロ草を細い足で強く掴み、なむあみだぶちゅん、と嘴の中でもごもご念仏を唱える。
とてつもなく大きな爆裂音を立てて、瞼を閉じても分かる強烈な光が炸裂した。怖さはあったが、そろそろと瞼を開く。瞳には白く光の残像が張り付いている。
見上げた空は割れていた。いや、細長い穴が開いていたといった方が正しいか。昼なのに紺色の空が裂けて、その奥に白っぽい空間が見えた。あれは宇宙だ。時空の狭間が開いたのだ。その割れ目はだんだんと大きくなっていく。
風はこちら側に吹いている。吸い込まれることはない。飛ばされでもしない限り死なないだろう。それでも、死の次に考えられる最悪の事態を考えて、できる限り回避行動をとろうと脳内回路で伝達物質が忙しく動き回る。
こうやって吐き出す方の時空の狭間が開かれたからには、出てくるものがあるはずだ。それが善か悪かはわからない。ここで多少の危険を冒して風のおもむくままに吹かれて逃げるか、もう少し風が弱まるのを逃げるか。
そう考えている間にも、空の裂け目は大きくなっていく。
よし、逃げよう。そう決意してエノコロ草を掴んでいた足の力を緩めようとした直後に空の割れ目から、何かがぼろんと落ちてくるのが見えた。えっ、と思って瞬きを数回して目を擦り、再びゴミのように落とされたそれを見る。
うーん。やはりただのゴミだろうか。それはまさに、空の穴からぽいっと排出されたのだった。だがなにか違う。なんか木の枝? 遠目でみた感じは鋼鉄でできた綿羽っぽい。というか鉄くず?
……いや、あれは人間だ。
「そ、空から人間がー!」
まるで映画のようにドラスティックに横たわったニンゲンがゆっくりと落ちてくるとかでもなく、雲間から差す光と共にニンゲンが降り立つのではなく、それはまさにゴミのように頭を下にし重力の法則に従って、空から落下してくるのであった。
あれは死んだな。
なむあみだぶちゅん。せめてもの餞にとなむなむして眺めていたら、そのニンゲンっぽい固まりは、すげぇ勢いで遠くの森の中に落ちていった。
ま、運良く木の枝がクッションになれば生きてるかもしれねぇな。
時空の狭間が開くのを見るなんて、滅多にないいい経験したわ。
とりあえず、これで時空の狭間は閉じるだろう、と思っていたら、案の定、空は今までの惨事がなかったことのように、まるで当たり前のように裂けめを溶かして、いつもの表情を戻っていった。
まだ風は収まらないので再びなむあみだぶちゅん、と念仏を唱えていると、序々に風が収まってきた。だが気を抜いてはいけない。台風もだいたいそんなもんだ。弱くなったと思ったらすぐ強く吹いてきて雀を吹き飛ばす。
しばらく待っていたら、吹き返しもなく風は和らぎ、どうやら助かったようだと確信ができた。
ありがとう、お米の神様。
なみあむだぶちゅん。
さて、どうするかな。
……あのニンゲン、生きているのかな。
嵐が過ぎ去り冷静になると、やっぱり気になるのはあの空から落ちてきたニンゲンっぽい塊だ。あれの生死。
オレは眼がいい方だけれど、確認がとれないものはたとえ自分が見たものであろうと疑ってみるのが信条だ。感情ではなく理性で動く、客観的鳥だ。
別に心配しているとかではなく事実を確かめたいだけで、翼は先ほどニンゲンが落ちたとおぼしき森へと向かう。
ここからそうは離れていない、森というか林といっていいようなところだ。
先ほどの嵐で吹き飛ばされたのか、道中鳥や虫の姿はおろか、鳴き声すら聞こえなかった。飛ばされないしても、まだ身を潜めているのかもしれない。賢明だ。こうやってまるで雷の落ちた現場に向かうような行動をとるオレは阿呆だ。大雨が止んだからと河川を見に行くようなものだ。
だが、そこに雷と共に何かが落ちたっぽい形跡があるのなら、やっぱちょっと気になるもので。
死んでたらどうすりゃいいんだろ。とりあえず警察呼べばいいのかな。瀕死だったらどうすりゃいいんだろ。救急車だろうか。それもとりあえず警察呼んどくか。実は死んでて、死体を下手に動かしたってことで怒られてもやだもんな。
色々な考えが脳内にうごめく。
雷と共に落ちてきたから、絶賛火葬中という場合もあり得るし、だったらどうしよう。臭いも漂ってきたら一生もんのトラウマだよな。
それどころか、地面にたたきつけられて真っ赤なトマトになっている可能性が一番高いよな。うへぇ~。
なんみょうほうれんげちゅん。
念仏を唱えつつ足は森に向かう。向かうのはやめておけという心が翼を開かせず、好奇心と危機意識の狭間で行こうか戻ろうかカタツムリのようにうねうねと歩く。
ばっちり死体を発見するのも怖かったので、半眼にしながら落ち葉を踏みつつそろそろと木々の間を歩いていたら、数歩歩いたところで大きな栗の木の下に大の字に横たわっているニンゲンを見つけた。
思いの外早く見つけてしまったので狼狽える。まだ心の準備ができていない。
確率からして先ほどの時空の狭間から排出されたニンゲンであると考えるのが筋が通っている気がする。
そいつは大地に横たわったままぴくりとも動かない。
生きてんの? とりあえず汁が飛び散ってるとか中身が出てるとかはないけど、縦長ででかすぎて生きてるのか死んでるのか確認する術がわからねぇ。
損傷の程度から見るに、木々がクッションになって、激突死はさけられたのかもしれない。
生存確認をしたいが相手が病原菌を保持している場合怖いので、こういった場合直接触ることは推奨されていない。本来なら手袋をつけて触る案件だ。
お誂え向きな枝を片手に、つんつんとニンゲンをつつく。うーむ。反応がない。ただのしかばねのようだ。
生きてる可能性もなくはないので一応救急車を呼んどくか。救急に電話をかけると数回のコールで通話がつながった。
携帯端末を片手に状況を説明しつつ、どうせ死んでるっぽいしと、何気なく閉じられた瞼をつついたそのときだった。
「う、む~ん」
死体が身をよじって声を上げたことに驚き、思わず小さく悲鳴を上げて携帯端末を落としてしまった。
「えっ、おま、い、生きて」
「あっ、そ、か……係長ぉ~!」
「ぎゃああ!」
不意をついた大声に尻餅をつく。しかし、生ける屍はまだ朦朧としているようで、ううーん、っむにゅむにゅと気持ち悪い声を上げて身じろぎをしている。
通話状態の端末の向こうで、なにがあったのかと慌てた声が聞こえるが、死んでると思っていたクリーチャーが生きていた驚きに、ぢゅぢゅぢゅんという声しか出ない。
これはまずい。ニューロンが逃げろと電気信号を伝達するのに従い反射的に翼が広がる。
思わず落としてしまった端末からは、状況を教えるようにと担当者の慌てた声が聞こえてくる。
しかし、今はちょっと冷静に状況を説明している場合ではない。
生きていることはとりあえずいい。それは喜ばしいことだ。
だが、ひとまず刷り込みが起こる前に逃げた方がいい。古今東西見知らぬ土地で初めて目にした者に依存したり頼りにしてしまう確率が高い。
つまり、とっても面倒なことが起こるということだ。
「ぢゅぢゅ~ん」
さよならっ、と飛び立ったその瞬間だった。
生ける屍が倒れた状態のまま、腕だけをにゅっと伸ばして、ぎゅっとオレの尾羽を掴んだ。
「ぢゅっ!?」
クリーチャーが定まらない視点をこちらに向ける。
「うあ、あ、か、課長……おかか……」
オレをどうしようというのか、息の荒いクリーチャーがゾンビの様に身を起こし、その顔がだんだんと近づいてくる。
「んぎゃー! よすでよーよすでよー、デヨスは食べ物ではないでよー!」
「しおこんぶのにおい……おいしいにおい……」
「やでよーやでよー! やーでよー!」
「いただきます」
「んぎゃーでーよー!」
思わずDNAに刻み込まれし故郷のなまりが出るのも省みずに叫ぶ。
喉が枯れて、命の希望も枯渇してきたころ、ようやく遠くからサイレンの音が聞こえてきて、到着するまでオレは翼がもげる寸前まで羽ばたき、足は折れる寸前まで犯人の顔を蹴り飛ばし、貞操を守るのに尽力したのであった。




