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第65話 賊乱〈2〉

 周峻しゅうしゅんの言う東南方向には、周瑜行きつけの例の丘がある。


 ―――― 丘近くに、打ち捨てられた小さな精舍せいしゃ(学舎)があったはずだ。


 さらった童子たちを、そこに一旦囲っている可能性もあるとにらんだ周瑜は、先ずは精舎を目指した。


 比較的開けた場所に出、何本かの木立を背にして建つ精舎が視界に現れたとき、


「周県長、あれを」


 駆けながら、視力の効く部下が指差す。

 目的の精舎手前に数人の人影。賊か味方か、そこまではわからない。


「速度を落とせ。確認する」


 周瑜の指示で馬足を抑えた一行は、影の姿形が判別できる程度に距離を置いた手前で、馬首を止めた。


 影は三つ。全員武器を構えている。二対一で対峙している構図だ。

 一名側は青年、いや少年にも見える。対する男二名は、身なりからして明らかに賊の一味であろう。

 三名の周囲に絶命していると思われるしかばね、少なくとも二体が転がっているのも確認ができた。


「急ぎましょう、県長」


 加勢に進み出ようとした部下を、周瑜は片手を上げ制した。

 手笠を作り、若手の方に眼をすぼめる。


 ―――― あれは……。


◇◇◇


 二対一。

 数的に劣勢の少年は、しかしひるていもなく動じていない。仲間を殺られて憤怒にまみれる荒くれ者どもの眼光と、まっすぐ対峙している。


 やがて睨み合いの緊張に耐えられなくなった賊側のひとりが、


「こ、こ、このくそ小童がきっ!」 


 雄叫びをあげて少年に斬りかかった。


「死ねやあ!」

「―― !!」


 無防備な挑み。

 少年は難なくかわすと、そのまま一歩横に馳せたと同時、身を低くしたその刀で、相手の腰を捉える。


 横薙(よこな)ぎに一気。

 速技に吹き出る血帯と、崩れ落ちる賊の躰から流れ出る鮮血が、一帯の草を染めた。


 残るは、一対一。

 少年は背筋を正して立ち、最後の相手に刀先を示し、さとす。


祖郎そろうはとうに敗れたのだぞ。そなたにも事情はあろうが、無益な生き方はやめにせぬか」


 刃先を当てられたひと一倍大柄な男の目には、上背がないはずの少年の身体が、妙に大きく映っている。

 それでも男は横唾をはき、かっとまなじりを上げた。


「ふん、小童こわっぱが。笑わせるなっ!」


 言うが早いか、長刀で挑みかかる。


 数回の刃交わし後であった。

 渾身で大きく振りかぶった大男の足下脇を、少年は相手のひざ下よりも身を低くしてすり抜け、男の背後に回ったかと思うと、振り向きざまそのこむら(ふくらはぎ)を両断した。


「んがっ、ああっ!」


 空を裂く濁った悲鳴。

 間髪入れず、少年はもう一方の手に持った匕首ひしゅで、背から心の臓位置を狙い、とどめの刃を突き立てる。


「ゔ……ぐあ」


 断末魔の叫喚きょうかん

 男の全身は一本の倒木さながら、どうっ、と地面に衝突音を立て倒れた。

 すぐそばの草間から、小鳥が数十羽、バサバサと飛び立つ。


 辺りが、しん、とした。

 弾む息衝いきづきに胸を上下させつつ、勝者である少年は、己がかばねと変えた者の姿を見下ろす。


「……」


 見慣れたものでも見るような、感情の抜けた面差しでしばし眺めていた……次瞬だ。


「!」


 背後にとらえた気配に、彼は反射、血濡れた刀を握りなおして振り返る。

 即後、鍔迫つばぜり合った高い硬質音が、間合いの空気をしびらせた。


 刃交せを一度だけした二名は、互いの刀をそのままさらりと半周させて離し、お互い相手から一歩、後ろに引いた。


 見合うと眸、呼気と吸気。


 張り詰めた空気を崩したのは、少年と差し向かう男の方からである。


「まだ荒削りだが、相手をよく見たいい判断だ。身の柔軟さも素晴らしい」


 会心の笑みを含んだ声主 ―― 周瑜は、惜しげもなく少年を称した。


「あの後、すぐ呉に発ってはいなかったのだな」


 少年の対戦様子を距離を保ち見守っていた周瑜は、初見で気付いていた。

 賊相手に見事な刀技を見せたその者は、市で薬酒を渡した呉の少年だったのである。


「……県長様」


 少年の利発そうな吊り目眼光も、厳しさを緩める。


「そのつもりでしたが、所用が発生いたしまして。少し、予定を延ばしました」


 答えながら、手元の草で刀の血汚れを払う。


 周瑜は周辺に首を回した。

 そこかしこに血を吸った土草。その間に、たおされた賊四体が、離れて転がっている。

 どれも一、二太刀で済まされたように見える屍体だ。


「これは、独りで殺ったのか?」

「はい」


 刀をさやに納め、少年は答える。

 四名も切り捨てたにしては、彼の浴びた返り血は少ない。


「ここにある外のものはそうです。ですがお気付きのとおり、これは運よく相手が弱かっただけで」

「外のもの?」


 己を謙虚に語った少年は、視線を精舎に投げた。


「中に二体あります。わたしが来た時にはすでに絶命していました。童子たちはまだ中に。全員、無事です」

「……そうか」


 小屋と言うには大きな建物。

 周瑜は部下らに近辺の警護を命ずると、内一名だけを伴い、精舎へと進んだ。


◇◇◇


 長期間使われていないと思われる精舎の外周囲の木床は、気を遣って踏んでもきしみ音が立つ。

 周瑜と部下は、閉じられている両開き扉を挟み、左右に分かれて立った。


 内部から物音はしない。

 眼で行動を確認し無言で頷き合ったふたりは、それぞれに手をかけた扉把手を同時、ゆっくりと引き開いた。


 キイィィ……。

 さほど厚みのない扉が、細い悲鳴音を上げる。


「……」


 仕切りのない室内上部に、朽ちて穴だけになった小窓がひとつあった。

 それが外の明るさを取り入れているものの、目が慣れぬうちは全貌が確認できない。


 静かであった。

 周瑜達は慎重に、一歩、二歩と足を踏み入れる。


「県長、子どもらが。生きているようです」


 室奥の壁際に、十数人ほどの童子や女たちが、抱き合い(かたまり)になって震えているのが目に入った。


 『全員無事』と呉の少年は言っていたが、元の数がわからぬため確証は持てない。

 ただし『中に二体ある』という証言通り、少し離れた暗闇にふたつ、伏せ姿で動かぬ影があるのは認められた。


 それをはす目に、周瑜は童子たちに歩み寄る。


「わたしは居巣県長だ。安心しろ、もう賊はおらん」


 怯え目に県長を見上げる子女一団は、なおもしん、としていたが、ひとりの少童がしゃくり上げたのを合図に、破裂したように皆、わあわあ泣き出した。


 周瑜は片膝をついて幼子の頭を撫でながら、中で一番年長そうな少女に声をかけた。


「この賊どもは、誰が?」


 視線を屍には投げずに問う。

 全身の震えを納められていない少女は、それでも気丈に答えた。


「どなたかはわかりません。その方が舎に入って来てあっという間のことで……色白の若い、とても細くて背高い方でした」

「……」


 周瑜は立ち上がり、動かぬ物体に近づいた。

 目視検分。床に広がった黒い血溜まり。二体とも、喉元を裂かれている。


 ……見覚えのある、仕業


「童子たちを保護せよ」


 同行の部下に命じ舎屋を出た周瑜は、何かを確かめるかのように、ゆっくりぐるりと一帯を見渡した。


「県長……? どうされました」


 外に待たせていた部下のひとりが尋ねる。周瑜は別に、といった気色で、


「童子達を各宅へ送る手配をしろ。わたしは一応、裏を一周してくる」


 そう言うと、ひとり、建屋裏手に廻っていった。


◇◇◇


 精舎の裏側には小高い木々が立ち並び、腰高ほどの草が一面、地を覆っている。


 木立につながれた馬が二頭、控えていた。

 一頭は魯粛所有のものだとわかる。賊の盗品だろう。もう一頭は……。


 ―――― まさか、な。


 考え過ぎかと正面側に戻ろうとしたとき、かすかな低い唸りのようなものを周瑜の聴覚がとらえた。


 人ではない。

 ぴく、と彼は身を緊張させる。


「……」


 気配方向、三丈(約7m)ほど先……背高の草間に見えた、黒いもの。


 ―――― 熊か。


 初見ではそう見えた。だがひと間後には、それが大型の犬だと知る。

 子熊ほどはあろうという、おそらくは野生の犬が、何かと対抗しているかように構えているのだ。


 犬の相手は周瑜ではない。

 周瑜は犬のにらむ先、彼から見て右手を辿たどる。


「……!?」


 そこに居る者を見留めた周瑜の、瞠目どうもく

 (かが)んだ体勢で獣と正対しているのは……。


 ―――― 珖明!?



<次回〜 第66話「手箭てやきず」>

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