第45話 趙雲の告白〈2〉
なんと驚くまいことか。
広元は限界まで開いた眼を趙雲にあてた。
その反応を予期していたかのような静けさをもって、趙雲は続ける。
「わたしは知っていた。昨年西の城まで珖明を送り届けたのは、わたしだからな」
「ええっ!?」
なんだって!?
広元はただただ口をあんぐりさせる。そんな話、子玖からもまったく聞いていない。
「珖明には一昨年、訳あって徐州を放浪している折に出会した。あの子が、複数の者に追われていた最中だ」
「……」
「追っ手が何者かはわからん。兵士とは違う種の手練れの輩で、奴らの対象はほんの少年ひとり。加勢に迷いはない。で、輔けた」
「……」
驚きの咀嚼が、広元は追いつかない。
腕組みをした趙雲は夜空に視線を移し、数呼吸間をとって。
「最初は男児と思った。だが傷を負っていたのでな。……まあ手当をすれば、すぐにわかることだ」
「……」
「どういう理由でずっと男子と偽っているのか、詳しいことは結局知らぬ。泰山から連れ去られたとのことだったが……こんな世だから、単純に生き抜くためだったのかも知れんな」
語調から、自然、話の真実味が伝わる。
「そのまま共に旅を始めた直後、野犬を拾った。妙に珖明に懐いて離れない。それが錫青だ」
「……錫青」
広元はやっとひとことを返す。
目にした錫青の壮絶な最期。そこに見えた、珖明と錫青の絆……。
「聞くと、珖明はどうやら母犬を見知っていたらしい。『錫青』というのは、その母犬の名だと」
「……」
「旅をするうちに、たまたま宛に諸葛の親族がいるとわかった。それで勧めたのだ。そこへゆくべきだと」
淡々と語る趙雲の横顔を、広元は塾視する。
今日目撃した、この男の突き抜けた武勇。
何故こんな小城にいるのかと、腑に落ちなかったその答えが、広元になんとなく推しはかれはじめた。
趙雲は腕組みを解いた手を両腰に当て、小さく、ふう、と息を漏らす。
「身内にさえ本性を伏せるなど、ずいぶん奇態とは思う。……それでも本人がそうするという限り、わたしが口を挟むものでもないからな」
そう言って、やや苦そうに笑んだ。
彼も、本音では納得しかねているのかも知れない。
―――― 子玖は……珖明は錫青を連れて、独りで西の城に現れたと言っていた。
広元は考える。
趙雲はおそらく、到着直前に珖明と別行動をしたのだろう。そして不安情勢の現今の南陽郡にあって、珖明を守る為に、自身の旅目的を一時後まわしにして、宛に留まった。
やがて彼特有の正義感が、珖明のみならず、諸葛家全体を護ろうとする姿勢に繋がったのではないか。
「珖明はずっと病で室に置かれているのだと、子玖から聞かされていたんだが……相当衰弱している様子で、驚いた」
眉宇を曇らせる趙雲の言葉に、広元の胸奥がきゅっと締まる。
―――― そうか。この人は、地下のことは知らないのだ。
もし真実を知らされていたら、この豪傑のこと、諸葛全軍を破壊してでも、放ってはおかなかっただろう。
…………
夜闇が深まる。空気を濁していた微粒子も流されて、星々の瞬きが光度を増していた。
激動の一日が過ぎていく。
「広元どの。それでこれから、どうする」
趙雲が、目下の優先事項へと話題を切り替える。
「……そうですね」
投げられた広元は、胸中にかねてから持っていた、ある考えを明かした。
「あのふたりが承諾すればですが、彼らを当面、襄陽の我が家で受け入れたいと思っています。両親もきっと理解してくれるかと」
「! おお」
趙雲は目を細める。
「それは良い。では襄陽までは、わたしが護衛しよう」
<次回〜 第46話 「曙光〈1〉」>




