拗ねチャマ殿下と骨好き令嬢②
気を利かせたナサニエルだったが、イヴェットは過去の話を今する気はないようで、「昔話はまた」と軽く流して現在の話に戻す。
「それより、私は何故呼ばれたのでしょう? 恐縮ですが、てっきり呪いが解けなかった時の為の保険的な意味かと」
それはオリヴァーも薄々気付いていた。
なんなら呪いが解けても関係なく『ウォーラル嬢をオリヴァーの婚約者に』と思っていそう。
「そんなつもりは……いや、両親にはあるかもしれんが気にしなくていい」
ただし、その思惑に乗る気はオリヴァーもない。気持ちがどうとか以前に、彼はお仕着せが嫌なのだ。
「呪いは解く」
「あら……解いてしまうのですか」
「……残念そうな顔をするな!」
「いえそんな」
心配そうな顔でイヴェットはオリヴァーを見つめる。
「殿下、呪いを解くのは危険なのではありませんか?」
「いや、大丈夫だ。 魔女殿に依頼はしたし、幸い慰霊祭もある」
「そうですか……そうですね。 思い切りやってください、もし失敗しても骨は拾って差し上げますから。 拾いやすそうですし」
「イヴェット……」
「もし骨のままでも……私が喜んで嫁ぎますので、是非ご安心を」
「ッ!」
「私、閨では心を込めて一本一本丁寧に肋骨を数えますわ……」
イヴェットの声は徐々に俯きがちに、声は段々と震えていっている。
「……イヴェット!!」
とうとう堪え切れずにオリヴァーは声を荒げた。
「笑えんのだ! 貴様の冗談は!!」
──何故なら、イヴェットが明らかに笑いを堪えているので。
「まあ! 冗談だなんて……っ」
「クソッ、この骨女!」
「プークスクス! 今……むしろ殿下が骨男ですわぁ~! 私は骨好き女ですぅ~!」
『骨女』というお前が言うな案件の単語がツボったらしく、そこへのツッコみを的確に入れながら、淑女らしさを放棄してイヴェットは大爆笑した。
ナサニエルの心配をよそに、『根に持っている』発言から既にイヴェットには面白かったらしい。
だって、神妙な感じで蒸し返した割に『まだ──根に持っている』とか。謝る素振りをしながら全く悪いと思っていなそうなあたりがもう。いや悪いとは思っているのだろうが、反面で不本意でもあるというか、そういうのが滲み出てしまっているところが可愛らし面白い。
──7年前、ふたりは確かに喧嘩をしたし、会わなくなった。
ただ、元々ふたりが遊んでいたのは王妃の茶会であって、子供同士に互いを呼び出す権限などない。喧嘩した以降に会えなかったのは、互いの年齢だとかの問題であって、後はタイミングの悪さ程度でしかないだろう。
そもそも子供同士の喧嘩である。実際イヴェットはもう気にしていなかった。
根に持つようなことでもないのに持ち出したあたり、ずっと気にしていたのは彼の方だと物語っているも同義だ。
(殿下ったら昔と変わってないわ~)
オリヴァーはいつもやらかした後素直に謝れず、バツの悪そうな顔をしながらなんとか態度で反省を示そうとするタイプの、なんとも憎めない子供だった。
実はイヴェットは昔からそんなオリヴァーに対し『拗ねチャマ殿下』とチャーミングな(つもりの)アダ名を心の中で付けている。
イヴェットは爆笑しながら自身の名付けセンスを内心で改めて褒めていた。
(これなら大丈夫ね)
そしてこの些か不敬な遣り取りだが。イヴェットにしてみれば、冗談だけれど冗談だけで始めたワケでもない。
呪われた経緯であろう事象を考えても、このまま婚約するのが最善だと思うので。
当人であるオリヴァーとイヴェットの父ホレイショが問題ではあるけれど、イヴェット自身は今の遣り取りで『別にいいかな』と。
軽い調子でさっさと覚悟を決めていたのである。
はたから見たら、なんか楽しそうなふたり。
「……我々はなにを見せられているのでしょうか」
「マイルズ卿、心を無になさいませ。 側近や侍女とはこういう時、壁や空気なのです」
思わず遠い目をしながら侍女長にボヤくと、侍女長は宮仕えの極意を伝授してくれた。
(まあ殿下が嬉しそうでなによりだ)
同級生達との交流は楽しそうだったけれど、どこか無理している感はあった。人を集めるタイプの主はどこに行っても囲まれるが、本来は気の置けない少数で動く方が好きだ。
主の性質は生真面目であり、その不遜さは防御でもある、とナサニエルは知っている。『交流を楽しみたい』と軽い感じで言ってはいたが、イヴェットと気まずくなった後、今後について色々考えて交流幅を広げたのでは、と彼は思っている。
その癖、同級生にはなりたくて、飛び級までしているのだ。不器用過ぎる。
(これを機に本当に婚約者になるといいんだが……)
イヴェットが王子妃になるなら、もうオリヴァーは骨のままでもいいのでは、と思わなくもない。ほんの少しだけ。
既にイヴェットが王子妃となる覚悟を決めている──などとは微塵も思っていないナサニエルは、そんなことを考えていた。