拗ねチャマ殿下と骨好き令嬢①
「なんだぁ……やはり殿下でしたか」
「なんだとはなんだ?!」
「いえいえウフフ。 殿下は骨になっても素敵ですね」
「……! ……!!」
オリヴァーは『なんだ』に対して文句を言いたかったが『骨になっても素敵』というカウンターを食らってしまい、真っ赤になって口をはくはくさせる……ような感じで下顎骨を上下させている。
まあ、骨なので。
オリヴァーの想いは、無自覚であることを除いても非常に複雑だ。
初恋相手の好きな男が人外で、骨。
しかも一目惚れときた。
イヴェットが『中身も素敵だった!』と感じ心ときめかせたのも事実だが、それは結果論。ブロードンにときめき、彼がレイスだったから骨を好きになった、という順番にせよ、それだって一目惚れである。
そもそも最初はシルエットなので、やっぱり中身は関係ないのだ。
中身も見た目も『アイツには敵わない』とか逆に『アイツには負けない!』といった、気持ちの向かいどころが迷宮過ぎてもう。
更にオリヴァーは周囲の評価から裏打ちされた自分の見た目への自信と、それに伴った自尊心が幼い頃からそれなりにあった筈だ。
だがイヴェットの初恋は骨……それも粉々に打ち砕かれたに違いない。
ただし、まだ子供であった上に、恋心が無自覚である。そのことからオリヴァーは『ただただ色々とショックを受けたが、それがなんだか自分でもよくわからない』ということになっており、イヴェットへの想いを拗らせてしまったのでは──と王太子は後に語っている。
考察はさておき。
昔の出来事を思うと、今のこのイヴェットの『骨になっても素敵』をどう受け止めたらいいものか……
その心中の複雑さは察するに余りある。
このままでは埒が明かなさそうなので、王太子はナサニエルに目配せで間に入るよう指示。彼が動くと、王妃が報告の為に呼び寄せた侍女長が部下の侍女に目配せし、お茶の用意をしに消える。
「ウォーラル嬢、今日は我が主の為に御足労頂きありがとうございます」
「ご機嫌よう、マイルズ卿」
「ご覧の通り、主は骨になりまして」
「ええ、流石は殿下。 素敵な骨でらっしゃいますわね」
──なんだこの会話。
誰もがそう思った。
イヴェットの父である、ホレイショすら。
「なんなんだこの会話は……ああっ娘の性癖を甘く見ていた……!」
思わず王太子がいるのも忘れ、頭を抱えて蹲ったホレイショに「取り敢えずここは大丈夫そうだし」となんとなく話を逸らしながら、扉の外の保護者ふたりは別室へ移動した。
最初こそ謎の緩さで始まったが、なにぶんイヴェットは骨にもそれがオリヴァーであることにも動じていない。
いざ経緯を説明し出すと早かった。
「成程……」
本来は傍に控えているだけのナサニエルだが、結局オリヴァーの横に座り彼が説明した。恙無く説明を終えた安堵と共に、お茶を飲むべくカップを手にする。
侍女がウッカリいつもの調子でオリヴァーに出した茶だ。彼は骨になってから飲食をしないで済むようになったらしいので、本当は要らない分。
「……それで、骨が好きな私が、殿下の婚約者に選ばれたのでしょうか?」
ナサニエルは吹いた。
不貞腐れた様子で横を向いていたオリヴァーの後頭骨目掛けて。
オリヴァーの代わりに飲んだ茶を、オリヴァーに返還した……と言えないこともない。(言うな)
「熱ッ……くもないが?! ナッシュ!」
「し、失礼。 ウォーラル嬢にかかると思い、咄嗟に横を」
「あら、温度も感じないようにおなりに?」
穏やかに笑みを浮かべたまま、可愛らしくコテンと首を傾げるイヴェット。
だがその言葉は果たして、純然たる興味からなのか──それとも。
「……イヴェット」
「はい、殿下」
慌ててハンカチを取り出したナサニエルに茶を被った後頭骨を拭かれつつ、オリヴァーは眼球のない目の視線を、微笑んで返事をするイヴェットに強く向けた。
「──まだ君は、あの時のことを根に持っているのか?」
神妙な面持ちで、彼はそう尋ねる。
多分、神妙な面持ちなんだろうと思う。
骨だからわからないが。
「ウフフ、『根に持っている』と仰るあたりが殿下ですわね」
問には答えずそう返したイヴェットは、可笑しそうにコロコロと笑う。
貴族淑女的な言い回しだと考えれば是なのだが、彼女は昔からやんわりした口調でただの本音を言う。それが変わってないなら単純に質問に答えていないだけだ。
『あの時のこと』がわからないナサニエルには、イヴェットの気持ちはさっぱりわからない。だが遣り取りから、オリヴァーがなにか余計なことをしたようなのはわかる。
彼は汚したオリヴァーの上着を回収する体で、少し席を離れることにした。