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無自覚な初恋と失恋

 

 話はほんの少し前に遡る。

 国王がウォーラル伯爵に了承を得て、イヴェットを呼びに行かせた直後のこと。


 自室謹慎中のオリヴァーに話を通す役を買って出たのは、兄である王太子だ。


 一連の流れは『子煩悩な伯爵と不遜でマイペースなオリヴァーには、なまじ考える時間を与えるのは悪手である』と見て。

 要は『もう決まったからやるしかないよね!』で強引に押し切る作戦である。


「……イヴェットをここに?」

「ああ」


 多分、驚いた顔を見せた後でオリヴァーは、眉間に皺を寄せ不服そうな表情……をしたのだと思う。肉があれば。

 今は骨なのでわかりにくいが、兎に角不満をあらわにしたことは確か。

 だがそれよりも、兄は弟の言葉に違和感を覚えた。


(『イヴェット』?)


 何故か名前呼び。

 ふたりが仲良くしていたのは7年とかなり昔だ。今は学園でクラスこそ同じなものの、特に交流はないようなのに。

 オリヴァーは不遜だが、紳士的振舞いや口調は心得ている。余程仲良くなければ呼び捨てなどしない。

 大体にして彼は自信家なので、勘違いされない為の線引きとして、まず女子を名前で呼ぶことはない。


(ははぁ……これは……)


 オリヴァーの側近であり、ふたりの同級生であるナサニエルに目をやると、静かに頷いている。


 どうやら間違いない。

 弟は彼女に気があるらしい。


(道理で骨になってもなんとなく嬉しそうなわけだ……だがこれは慎重にいかんといけないようだ)


 イヴェットには今の姿を見せたくもあるのだろうが、それが楽しいのは能動的だからこそ。ただでさえ受動的に会わせられることには反発心を抱くだろうし、その意図もきっちり感じているに違いない。

 逆撫でしないように説得するのは難しそう。


「なんでも彼女は見かけによらず豪胆だとか……」

「別にアレは豪胆ではありませんよ、アイツは単純に骨が好きなだけです!」

「なら問題はないな?」


『お前骨だし、むしろ今チャンスだろ』という本音を悟らせないよう、矢継ぎ早に続ける。


「思い出せオリヴァー、昨日の朝の阿鼻叫喚の様相を。 今のお前には学園に気の置けない友人(・・)が必要だ。 ことの詳細を喋るにも、当人だけでなく家も関係してくる。 陛下の友人であるウォーラル伯爵なら、事情を打ち明けるのにも最適だ」

「それはわかりますが……」


 イヴェットのことを『友人』と強調するも、オリヴァーはまだウダウダと煮え切らない様子だ。

 そこに「発言をお許しください」とナサニエル。


「殿下、ウォーラル嬢は本当に骨がお好きなのでしょうか?」

「「!?」」


(おいおい、加勢してくれるつもりじゃなかったのか?)


 王太子は困惑した。

 だが正直なところ側近のナサニエルの方がオリヴァーと過ごした時間が長く、扱いに長けている。


 その立場から忙しい身だったというのもあるけれど、なんなら父より自分を尊敬の目で見てくる可愛い弟に、王太子はついついイイ格好をしてしまうのだ。それだけにこういう一歩踏み込まなければならないような時は、どうしても難しい。

 勉強や武芸で上手くいかずに不貞腐れているオリヴァーを、『カッコイイ兄』として言い含め、諭したりしたことはある。だが決して『親しみやすい兄』ではなく、恋愛の話や女の子の話などといった浮ついた話は、一切したことがないのだ。


 なのでここは彼に任せ、暫し静観することにした。


「他の女の子達のように、殿下の気を引く為の嘘かもしれませんよ」

「フン、イヴェットは他の女達とは違う。 アイツの趣味はおかしいのだ」


 それは褒めているのかなんなのか。


(そういえばレイスのブロードン卿がどうとか……)


 確かその話は、オリヴァーが8歳になる直前の慰霊祭の夜会。

 そして8歳直後で、何故か猛反発した婚約話。

 以前は仲良くしていたという、ふたり。


 子細はわからねどこの弟は、なにか拗らせてしまったようである。

 時系列からなんとなく具体的なことの次第を察した王太子は『7年間も拗らせちゃったのか~』と溜息が出そうになった。


 おそらく、イヴェットはオリヴァーの無自覚な初恋であり失恋相手なのだろう。

 無自覚なのがまた面倒臭い。


 ただそれならば、煽って会わせるのは正解なのかもしれない。


「いや~自分にはわかりかねます。 確かに昔は少々変わってましたが、あんな可憐なご令嬢が今も骨が好きだなんて。 その姿で会ったらあまりの恐ろしさに倒れるのでは?」

「いや倒れはしないだろうが……だが、そうだな……ふむ……」


 彼はナサニエルに煽られているうちに、イヴェットの実際の反応が気になってきた。


(考えてみればあれからもう7年になる)


 そこでふと、当時や幼い頃のことを振り返ってみる。

 やんちゃだったオリヴァーが子供の頃は、カエルや虫を平気で手掴みしたものだ。今もできないことはないが、あまり積極的にしたいとは思わない。なんならやりたくない。


 イヴェットの骨好きもそれと同じかもしれない──そう考えると、なんとなく愉快な気分になってきた。


「フッ……そうだな、ではイヴェットにこの姿を見せてみようではないか」

「ええ~、だ大丈夫デスかぁ?(棒)」

「フン、それを確かめてみようというのだ。 宜しいですか? 兄上」

「いや宜しいもなにも」


 既に呼んでいるので。


「……しかし急に気が変わったな?」


 確かにナサニエルの煽りに乗せられた部分はあるだろうが、ただ乗せられたにしては妙な間があった。オリヴァーが一転して機嫌が良さげになったことから、なに気ない口調で王太子は尋ねる。


「フフ……もう素手でカエルや虫を持つ子供ではありませんので」


 返ってきたのは謎な答え。

 自分より弟を理解しているナサニエルを見ても、『イミフ』とでも言うように静かに首を横に振っていた。





 イヴェットの反応は、予想に反し……というか、実は予想に反してはいない。


 オリヴァーは彼女の骨への情熱を知っている。

 実のところ『驚かせたい』は彼が自身を納得させ、イヴェットを迎える為の無意識での言い訳に過ぎないのだ。『骨との出会いに喜ぶ』こと自体は予想の範疇ではあった。


 イヴェットが予想を超えてきただけで。


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