予期せぬ交流の再開
イヴェット・ウォーラル。
彼女は忠臣であるウォーラル伯爵家の令嬢。
娶ることになっても問題のない家系であり、家格。婚約者もいない。しかもオリヴァーと同い歳で成績も素行もいい。
オリヴァーがこうなった以上、相手の外見に希望をどうこう言えたモノでもないが、イヴェットは見目も実に愛らしい。
まだ婚約者がいないのは、娘を溺愛するウォーラル伯爵であるホレイショが全て断っているからだと、専らの噂(※概ね事実)である。
「でもあの子は……」
そんなイヴェットに対する懸念を口にしたのは王妃。
国王は知らないが、実のところイヴェットとオリヴァーは一時期までとても仲良くしていた。
王妃はこの先を踏まえ、側近や婚約者を選定するのにオリヴァーと同年代の子らを交流させていたのだ。
それはまだ息子が二桁年齢になるより前の数年間……年単位での開催数は然程多くはないが、おっとりとして口調も柔らかな割に物怖じせすハッキリと物を言うイヴェットを、オリヴァーは殊の外気に入っていたように思う。
見た目の愛らしさや、ウォーラル家が昔から王家を支えてくれた忠臣であり派閥を作られそうもない伯爵家というのもあって、王妃としても婚約者候補の筆頭として考えていた。
10歳には婚約発表をしたいので、内々に話を整えておきたい。そろそろ陛下にその話を出そうかという、オリヴァーが8歳になってすぐ。
性格上、まずオリヴァー自身の意向を聞いておかないとへそを曲げるに違いないと思い、本人に打診したところ──
「アイツを婚約者に?! 冗談じゃありませんよ! 絶対に嫌です!!」
なんと、まさかの猛反発。
確認程度の気持ちで聞いた王妃は驚き、困惑した。しかも理由を聞いても『嫌なモノは嫌』というばかりで話にならない。
いずれにせよオリヴァーがこれでは、娘を溺愛するウォーラル伯爵が受け入れる筈もない、と王妃は諦めた。
なので改めて別の子を探すも、オリヴァーが警戒し上手くいかず。
そのうち『卒業まで婚約者は作らない』と言い出す始末だったのである。
「そんなことが?」
「ええ……なので一先ず、婚約とかは一切抜きに今回の件で『怯えなさそうな異性の同級生として』力になってほしいという体で、会わせる感じにした方が良いのではないかしら」
当時に仲違いするようななにかあったにせよ、既に7年も前の話だ。とはいえ、また『婚約』とかを匂わせれば、オリヴァーが頑なになる恐れがある。
「……王妃の話はもっともだ。 事の混乱から気づかぬうちに急いてしまっているが、そもそもあのホレイショがそんな婚約受け入れる筈がない。 一旦この話は忘れ、ただの昔馴染みとして御息女に協力を願い出よう」
そんなわけで、翌日。
思惑は一応あれどそこは『あわよくば』程度に留め、国王はウォーラル伯爵にことの次第を話すことにした。
普段温厚なウォーラル伯爵は『お前それ不敬だろ』レベルで非常に嫌な顔をしたが、そこは忠臣。
第二王子が実際に骨になってしまった以上は断れず、急遽イヴェットをオリヴァーに会わせる為に連れてきてくれることになった。
(なんて素敵な骨のお方……!)
──そして、現在に至る。
イヴェットは、突然の素敵な(骨との)出会いに息をするのを忘れ、暫し茫然と立ちすくんだ。
(……はっ! もしかして慰霊祭に先んじて、魔界から観光にいらした方、とかなのかしら? いけない、見とれてご挨拶もマトモにできていないわ!)
が、すぐ我に返り、慌てて淑女の礼をとる。
魔界からのお客様なら、勿論目上の方。しかも服装から高貴な方であるのは間違いない。
戸惑っているうちに押し込められるように部屋に入れられてしまったので今更感はあるけれど、声掛けがあるまでは頭を下げるのみ。
すると、上から降り注ぐように骨の人の声。
「ふっ……ははははは! 私の姿が恐ろしいか人の子よ! おもてをあげよ!」
(んん?)
何故かオリヴァーは自分だとは明かさず、代わりに妙なことを宣いながらご機嫌に高笑う。
「殿下はなにを吐かしているんです?!(※小声)」
「いや、私にもわからん! くそっ思春期め!(※小声)」
未婚の男女。当然ふたりっきりにはさせないが、『本当に怯えないか』の確認は大事なのでホレイショと王太子は扉の外から様子を見ていた。中にも人は数人いるが、いずれも離れている。
予想外のこのオリヴァーの言動に、誰もツッコめない。
(やっぱり魔界の方……なのかしら? でも)
「……」
その声は骨だけに乾いており、元のオリヴァーの声とは大分違う。
だが、どこか聞き覚えがある気がしたイヴェットは、言われた通り顔を上げた後で、不躾とは理解しつつも目の前の骨の人の顔……というか頭蓋骨をじっくりと見つめる。
やはりどこか見覚えがある……気がする。
『どうせイヴェットが来るなら、別人のフリをしてやろう』
そう考えていたオリヴァーは彼女の反応にご満悦だったが、それは最初だけ。
今度は自らが動揺させられていた。
(な、なんだコイツ……怯えていたんじゃなかったのか? ……なんで見つめてくるんだッ!!)
大きな瞳は吸いこまれそうな深い蒼。
ただの青じゃない。蒼だ。
昔から──と言っても7年程度だが、当時からイヴェットがこの瞳で見つめてくると何故か心がザワザワしてしまう。
悔し紛れに「貴様の目の色は魔界の色に違いない!」などと紳士にあるまじき暴言を吐いてしまったところ、何故か頬を染めて嬉しそうにしていたことを思い出す。未だに解せぬ。
「ごほっ、ごほん! なにをしている? そこへかけるがい……」
「殿下?」
「!!」
オリヴァーは驚いた。
「「「「!!」」」」
様子を窺っていた皆も驚いた。
「──もしかして第二王子殿下では?」
なんと、イヴェットは目の前の骨をオリヴァーと看破したのである。
ここにきて、性癖という名の愛のもとに行ってきた鍛錬(※騎士団見学など)により、日々培われた筋肉からの骨イメージが役に立った様子。
……ちょっと逆ではあるけれど。
【どうでもいい補足】
「「「「!!」」」」の4人は、
・ホレイショ(イヴェットの父・ウォーラル伯爵)
・王太子(オリヴァーの兄)
・ナサニエル(オリヴァーの側近で同級生)
・侍女長(イヴェットの為と王妃への報告要員)
他に侍女がひとりと護衛騎士がいる。