西の森の守護者(仮)②
「ファティマ!」
扉を勢い良く開けて出てきたのは──
「──」
物凄く身長の高い、屈強な男性だった。
イヴェットの知っている人の中でなら、モイラの推しであり婚約者となった長身の素敵筋肉男子であるレナルド・ゲラティ副団長が最も近いだろう。
だが目の前の彼は、それよりも更に上背がある。
そして全体の大きさに目がいって最初は気付かなかったけれど、顔がとても整っている。
威厳はあるが、やや垂れ目なところが甘やかな壮年の美丈夫……つまり、イケオジである。
一度見たら印象に残らないワケがない、やたらとデカいイケオジである。
(知らない方……の筈だけれど、どこかで見たことある……ような?)
「おっと。 なんだか小さいのを連れているな? 人の子かね?」
「アンタに比べたら誰だって小さいよ」
(『人の子』? ……どこかで聞いたフレーズ)
「……ああっ!?」
『人の子』──記憶にあるその言葉と骨データが、突如目の前の男性と一致し、イヴェットは叫んだ。
「ん? どうかしたのかね人の子よ」
「あっ貴方様はもしや、ブロードン様では?!」
そう、この人を装う魔族の有閑貴人こそ、イヴェットの憧れの骨の人。
不死の騎士・ブロードン。
そして、ファティマが確かめたかったのも、このことだ。
「まさかこのご令嬢があの時の小さな姫君とは……人の成長というのはなかなか趣深い」
「人の世に出たことで、ただでさえおかしいアンタの感覚は更に狂ってるだろうしねぇ」
感慨深げにしみじみと言葉を紡ぐブロードンに対し、ファティマはぞんざいにツッコミを入れながら、持ってきたパイを切り分ける。
「あの後……前回の慰霊祭でお会いできるのを楽しみにしていたのですが、その時にはもうこちらに?」
「そうなのだよ。 むしろそなたがきっかけと言ってもよい」
「まあ、私がですか?」
「永らく人には畏れられる存在であった不死の騎士たる我が身。 その姿を晒した我が、よもや幼き人の子から慕われようとは……しかも神殿への捧げ物ならまだしも、手製の贈り物まで賜ろうとは思いも寄らなんだ」
『大切にとってある』とブロードンが指差す方を見ると、ハンカチは額縁の中に入れて飾ってあって、嬉しさと若干の羞恥に頬を染める。
7年前。
たまに現れる骨好き少年くらいにしか子供に好かれたことのないブロードンは、イヴェットに好かれご満悦。いつもよりも機嫌よく慰霊祭を過ごしたという。
その合間に西の森の相談を受けた彼は、人間界に残り、まずは自ら出向くことにした。
ブロードンは力が強いだけあり、自分一人が行き帰りできる程度ならば、扉を作り開閉することなど容易くできる。
なのであくまでもその時は、『相談に乗った』だけであり、自分の部下から気のいい魔族を紹介するつもりだったそう。
「だがそこで、運命的な出会いを果たしてな……」
ブロードンは、ファティマに熱い眼差しを向けてそう吐かした。
なんでもファティマは出会い頭、挨拶するどころか滅茶苦茶嫌そうな顔で自分を睥睨した後、『とんでもないモン連れてきたねぇ』と宮廷からの使者に文句をたれたのだとか。
彼にしてみれば、魔女もまた人同様にか弱き者である。イヴェットとはまた違う『よもや』な態度に驚き、新鮮に感じたそう。
ただ、それはあくまでもブロードン視点の話。
ファティマはまた眉間に皺を寄せ、それを撫でながら、若干の訂正を入れる。
「何度も言うけどねぇ……アタシは単純にアンタが恐ろしくて話すのも怖かったから、使者に文句を付けずにはいられなかっただけなんだよ。 それが不遜な態度に見えるとか、そんな簡単なことが考えられないくらいにね!」
人であり人非ざる者──魔女。
人以上にブロードンの強さと恐ろしさを感じていたファティマは、単純に怖くて嫌だっただけであり、『なんでこんな些事(※ブロードンから見たら)にこんな大物連れてきた』としか言いようがなかっただけである。
「ふっ……些細なことだ。 それに我が興味を持ち、今こうして語り合える仲になったことに違いはないのだから」
「そりゃアンタの遠慮がなさ過ぎるからだよ……」
ファティマはややグッタリしていた。
切り分けたパイを載せた皿をイヴェットに渡しながら、恨めしげに言う。
「……いいかい、お嬢さん。 このお方は人型なだけで、最初から人ではないんだ。 人への理解はあるけれど、興味関心を持ったのは最近でね。 つまりアンタのせいだよ……」
「そ、それは……すみません……?」
非難されたのはわかっているものの、ちょっと嬉しいイヴェット。
初恋は実るどころか欠片も気付かれていない様子で終わりを告げたけれど、元々年齢差からある程度予想していたのだ。
それよりも、自分の贈ったハンカチが思っていたよりずっと大切にされていたことが嬉しい。
しかも、ある意味爪痕を残したと言っていいことまでわかった。
まあ、実際にそれで大変な思いをしているのはファティマだとしても。
「──ほう。 第二王子とはあの生意気な小童か。 ははは、まさか骨とはな……なかなか面妖な事態になっておる」
昼食のパイをつつきながら、今のオリヴァーの窮状について語ると、ブロードンは楽しそうに笑う。
「あらブロードン様、笑い事ではありませんのよ」
「大体『まさか骨とは』ってなんだい。 アンタこそ本当は骨だろう」
「そうなのだが、アレは7年前我のところにやってきて『この骨野郎め! 俺と勝負しろ!』と息巻いてきたのでな。 ふふ、なかなか活きがよくて面白かった」
「まあ殿下ったら……」
子供は好きそうなブロードンとはいえ、力が凄まじいだけに手加減は下手そうな気がする。
よく無事だったなと思ったけれど、それもその筈。オリヴァーは『身体じゃ絶対勝てんからカードで』と勝負を挑んだらしい。
だが結局それもブロードンが全勝し、オリヴァーは『まだやる』『次が本番』と泣き喚き駄々を捏ねたものの、見かねた当時の従者により指示された近衛達に回収されていったそう。
子供相手に容赦のない骨である。
「どうやらあの小童は、我がそなたから頂戴した品が欲しかったようだ」
「えっ?」
(そういえば……)
イヴェットは『あの時のこと』を思い出した。
怒りが収まってからも、ずっと不思議ではあったのだ。
なんで『骨カッコイイ』価値観を共有していた筈のオリヴァーが、急に骨のハンカチ図案を貶め、ブロードンを『骨野郎』などと宣い出したのか、が。
【どうでもいい補足】
・ブロードンの見た目年齢は、ファティマに合わせた結果
・ブロードンのお家の見た目も、ファティマの趣味に合わせた(つもりでイメージし、毎回変えているも、今回は盛大に外した)結果




