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魔女からのお誘い

 

 ──昨夜。

 小さく窓を叩く音にイヴェットがバルコニーに向かうと、そこにいたのは恰幅のいい、実に健康そうで朗らかな中年女性。


「やぁお嬢さん、いい夜だね」


 見た目も口調も『酒屋か宿屋の女将』といった感じで、服も庶民のそれ。ローブは着ているが特に黒でもない。異国風で割と小洒落た物。


(魔女様……!)


 だが、イヴェットはすぐにそれが魔女であるとわかった。


 普段より警備が強化された伯爵邸の、それもイヴェットの部屋のバルコニーに誰にも咎められずに立っていること自体、彼女が魔女であるなによりの証左。


「魔女様、とりあえず中へ! 寒い中ありがとうございます」


 雨は止んでいるが外は寒い。イヴェットはきちんとした挨拶よりも彼女を部屋に招き入れることを優先した。それに魔女は柔らかく目を細める。


「初めまして、イヴェット・ウォーラルと申します。 本日は御足労頂き……」

「ああ、いいよいいよ気楽にして? アタシこそこんな夜遅くに悪かったね。 行動制限はされてないんだけど、目立つのは嫌かなと思ってさ」

「お気遣い痛み入ります」


「堅いねぇ~」と魔女は屈託なく笑う。

 彼女の名は『ファティマ』だそう。真名ではなく、人としてそう名乗っているらしい。(その割にバルコニーから来たけれど)


 イヴェットの方も魔女と会うこと自体を禁じられてはいない。お茶を頼むのに侍女を呼んでも構わなかったが、こうして目立たないようにやってきてくれた、その気遣いを無駄にしたくはない。

 幸い、夜更かしした際の夜食用にお菓子とお茶、魔道具の保温ポットを部屋に常備している。一旦はそれで賄うことにした。


「お食事はお済みでしょうか、なにか召し上がるようでしたらご用意致しますが……」

「あらまあ、気にしなくていいよ。 遅くに急にやってきたのはこちらなのだから」


 ファティマは笑い、イヴェットが非礼を謝罪するより先ににこやかに続け、ソファに座った。





「お嬢さんも気を揉んだろう? ──全く、男共は、気を利かせたつもりで気が回らない」


 そう前置き代わりに魔女が付けた文句に、イヴェットの顔も思わずほころぶ。


 集積媒体となったのはやはり紐飾りであり、それにつけられた(チャーム)

 目星をつけたお手柄を褒め労ってから、魔女は自身が王宮にすぐ駆けつけられなかったことを詫びた。


「なにもなければすぐに坊……王子のところに向かったんだけど、生憎ちょっと出掛けていてね」


 ファティマは咄嗟に『坊っちゃん』を『王子』に言い換えて話した。坊っちゃん(オリヴァー)よりひとつ歳上のイヴェットに、オリヴァーが子供扱いされたくない理由を察してのこと。



 ファティマが出掛けていたのは、西の森である。


 この国は一神教でなく土地神崇拝による多神教。

 西の森は長らく守護神が不在の危険な地だが、その分特殊素材が採れるのだとか。

 魔道具や魔法薬に使う素材の自由採取の権利と引き換えに、ファティマは周辺の村や町に被害が出ないよう管理の一部を担っている。


 ファティマがしていることは、定期的に森に行き、状況を見ること──瘴気の増減とその位置の把握、その報告である。


 これは魔獣の発生量などの予測の為に使用されるらしい。

 このデータを元に、国や町により結界の設置や強化などの対処、場合によっては付近の住民らへの注意喚起や警告等が行われるのだ。


「まあ……そんな重要なことを魔女様にお任せするだなんて、随分図々しい話だわ!」


 ファティマのやっていることは人でもできるが、人がファティマと同じだけの成果を挙げる為にやるとなると、かなりの人員を割くことになるのは簡単に予想できる。

 財務大臣を担うホレイショの娘だけに、『怠惰であり搾取では』と思ったイヴェットは憤った。


「ああ、それは違う。 勿論人がやるより安く済むにせよ、アタシはかなりの報酬も受け取っているし、契約はいつも数年の短いスパンなんだ」


 ちゃんと王も宮廷も、その辺りには危機感を抱いているそう。

 あくまでも食客であるという魔女(ファティマ)の立ち位置を崩さず配慮と尊重をし、その上で丁寧に協力を要請しているのだとか。


「この国は代々異種族への畏敬が徹底されていて、とても居心地のいい国だ。 アタシもだが、そうでなければ魔界との交流なんて今も続いてないだろうね」

「そうなのですね……愛する我が国が、実はとんでもなく腐っているのかと心配しました」

「ふふっ。 アンタのような子ばかりなら、この国の居心地の良さも当面続きそうだねぇ」


 搾取はされていないけれど、それはそれ──西の森のことに話を戻すと。

 ファティマの契約期間が切れるらしい。


 契約は『5年或いは異界との扉を繋ぐ慰霊祭毎』とされているそう。


「西の森にはあのままでも確かに利はあるけれど、リスクと危機回避の為の負担を考えると釣り合わないんだよ。 さっきも言った通り、王も宮廷もマトモなんでね……」


 ファティマに管理を頼んでいたのは都合よく委託できるからではなく、解決の為に動いてはいるが、上手いこと折り合いがつかなかった故の苦肉の策のよう。


「ただ、管理してたのがアタシで良かった。 あの紐飾りに使われた石は、おそらく西の森から採取した物さ。 それでアタシはまた明日あちらに行ってみるつもりなんだけど、折角だからお嬢さんも誘おうかと思って」

「まあ!?」


 ファティマがイヴェットの部屋を訪れた理由はコレだ。


 ひとつは『集積媒介の情報についての礼』。

 そしてもうひとつ、明日──つまり今日、『一緒に出掛けないか、と誘う為』。


 イヴェットは『喜んで!』と一も二もなく了承した。


 なにしろ魔女は気紛れだと聞く。

 そこにもそれなりに理由はあるのだけれど、それはさておき。

 ある意味国王陛下よりも謁見の難しい貴人がわざわざ自分に会いにいらしたのだ。

 そもそも『なにか役に立ちたい』と思いながらも、今までままならなかったイヴェットだ。このチャンスを逃す気はない。



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