令嬢は骨がお好き②
イヴェットが彼を初めて見たのは5歳の頃。魔族一団を率い、影のような馬で颯爽と空を駆けていく姿。
当然遠目なので、それが不死の騎士だとわかったのは翌日の新聞である。遠目で既に感動と衝撃を受けていたイヴェットは、その挿絵の姿に心奪われた。
勿論その挿絵はスクラップし、大切に保存してある。蛇足だが、父が読む前に新聞から挿絵は既に切り取られていた。
次に彼等が招かれたのは4年後。
9歳になっていたイヴェットは父に強請って、王宮の夜会に連れて行って貰った。
普段の夜会なら厳しかっただろうが、幸いこの期間ばかりは子供も夜更かしが許されており、異形の客人が気になる好奇心旺盛な高位貴族の子供達は夜会にもチラホラいた。
他にもレイスはいたし、骸骨だというなら不死の賢者もいたけれど、ブロードンの骨が最高にカッコ良く、イヴェットは一目で『彼があの時の先頭の方だわ!』とわかった。
違いのわかる女、イヴェット。
というか、違いがわかってしまったからこそ、骨にのめり込んだとも言える。
普通の女性は大概、大人も子供も見目麗しい吸血鬼に心奪われるようで、その周りには色も華やかなドレスや仮装で沢山。さながらお花畑といったところ。
そことは明らかに違う男臭い集団──少年達と一部の騎士達の間をすり抜けるようにして、イヴェットは予てからこの日の為に頑張って刺繍した、プレゼントのハンカチを渡しに行った。
かの方にイヴェットが声を掛けると大変驚いた様子。
少女達は大概自分の姿に恐れを抱くのだそうで『豪胆な少女だ』と褒めてはくれたが、単純に興味関心からだと思ったようだった。
そこでプレゼントを差し出し、開けるよう促すと……刺繍のメインは、まさかの頭蓋骨。
──その後は夢のような夜だった。
年齢差(※相手は多分3桁か4桁)もあり、当然幼児に対する気持ちしか持っていないにせよ、彼は非常に紳士的で、イヴェットを小さな淑女として扱ってくれたのだ。
「騎士様、お名前をお伺いしても……?」
「名前か。 ふふ、よもや人の子に決闘以外で名を尋ねられる日が来ようとは。 我が名はブロードン。 小さな人の姫、イヴェット。 もう夜も遅い、そろそろ帰りなさい。 楽しい夜だった、機会があればまた会うこともあるだろう」
その言葉に、再会の期待から胸を膨らませていたイヴェットだったものの──その4年後の前回。招かれたゲストの中に、ブロードンはいなかったのである。
確かに他の骸骨の方々も素敵だけれど、理想の骨はブロードンだ。
ここ数年の景気の良さからか、なんと前の2回より1年早い3年後。今年はまたゲストをお迎えするそう。しかも先日社交界デビューを迎えたイヴェットは、お子様枠でなく貴族淑女として参加できる。
コレで気合いが入らない筈などない。
イヴェットはブロードンが来た時の為に、また刺繍をしている。
今回はハンカチではなく、クラヴァットに。骨の白さが輝き際立つであろう、深紅の光沢ある良質な生地を選んだ。図案もダイレクト骨ではなく、馬に乗るブロードンのシルエットを銀糸で。
初めて見た時の衝撃を思い起こしながら、ひと針ひと針想いを込めて刺しているのでまだ出来上がっていないが、進捗は9割。後は仕上げだけだ。
(私の仮装はまあ、お祖母様の若い頃のドレスと仮面だけでもいいのよね。 そういう人も多いし)
そもそも脚を出すのがはしたないとされている貴族女性。あまり攻めた仮装ができない彼女らがする仮装は男装か、クラシカルドレスを着て仮面をつけるくらいのもの。
本音を言えば、牛の骨を被って黒の長いローブに身を纏い、魔法使いの仮装をしたいイヴェットだが、父に反対されるのが目に見えている。というか、以前言って猛反対された。
父は温厚で子煩悩だが、それ以上に愛妻家。
妻に似て愛らしく生まれ育ったイヴェットには特に甘いが、それだけに愛する妻似の可愛い娘が牛の骨を被るのは許せないらしく『妖精にしなさい!』などと趣味を押し付けてくるので大変煩わしいのだ。
お金を出してくれるのが父とはいえ、趣味の押し付けは良くない。絶対に駄目。
(大動物の骨も趣きがあって素敵なのに……そりゃあ綺麗じゃないとは言わないけれど、妖精の羽根なんてないわ~。 あんなの所詮は虫じゃないの)
イヴェットは冗談以外で人の趣味に口を出すことはしないけれど、鱗粉のコナコナが好きじゃない。なんかぞわっとするだけに、脳内は案外辛辣である。
『やっぱり骨よね~』と思いながら仮装の構想は一旦取り止め、刺繍に取り掛かろうとしたその時。
「イヴェット」
「え? お父様?」
妙な時間に仮装スポンサーの人……もとい、父がやってきた。
ウォーラル伯爵であるイヴェットの父。ホレイショ・ウォーラル。国王陛下と同級生だった学生時代、数字に強く人当たりがいい彼を気に入った陛下の差配により、要職を与えられて王宮に出仕している。
本来ならばこの時間は王宮にいる筈だ。
ホレイショは対外的にも温厚で家族思いと有名。公私関係なく、大抵柔和な笑顔を浮かべている。しかし今日の彼の笑顔は、よもや貴族とは思えない程明らかに、無理矢理作ったもの。
時間への疑問もあるが、兎に角父の顔色が悪いことに、イヴェットは動揺した。
ホレイショは部屋に入りイヴェットの前まで歩くも、ソファに座ることもなく立ったままモゴモゴと話し出す。
「その……少し、なんというか、お前に協力して貰いたいことがあってだね」
「はい。 私にできることでしたら、なんでも仰ってください」
貴族としての矜恃とかはあまりないけれど、家族愛はある。それだけにそれなりに優等生なイヴェットは、父の様子から敢えてなにも聞かずに快諾した。
しかし、ドレスに着替えさせられ連れて行かれた先は、なんと王宮。しかも王族の居住区域。
そりゃ『王宮』とは王のお住まいだけれども、実際に住まうところに足を踏み入れるのは、婚姻血縁関係者か関係職業従事者か医者か不届き者くらいである。
しかもなんだか、警備が物々しい。
「箝口令が敷かれている。 いいな、一切の他言は無用だ」
「……?!」
やっぱりちゃんと話は聞いとけば良かった、と思えど最早後の祭。
そこがどこかすらわからないまま、最終的に入った部屋。目の前のいる人の姿にイヴェットは息を飲んだ。
「…………ッ!!」
──なんて素敵な……骨!!!!
骨である。
そこにいたのは、間違いなく立派なお召し物を着た、素敵な骨の男性であった。