『あの時のこと』/オリヴァー視点
7年前のイヴェット(9歳)は、刺繍で指を怪我した理由をこう語っていた。
『淑女教育ではないんです。 でもその……急いで仕上げなきゃいけなくって』
『そ……そうなのか……』
それは慰霊祭の少し前のこと。
ということは、慰霊祭後に訪れるオリヴァーの誕生日の少し前でもある。
なんとなく話を濁してはにかむイヴェットに、オリヴァーはドキッとした。
(もしや……私の誕生日プレゼントでは……いや、そうと決まったワケではない。 早とちりしてはダメだ)
期待はしたものの、この時すぐに勘違いはしなかった。
だがイヴェットは王宮に忘れ物をした。いや、落し物だったのかもしれない。
それは件のハンカチの、刺繍の図案である。
(これは……!)
──骨である。
この時(※厳密に言うとその後も)『骨カッコイイ』というイヴェットの価値観は、家族にも周囲の男児にも理解されず、賢しいイヴェットは既に公言しなくなっていた。
この価値観を認め、共有しているのはオリヴァーのみ。
(間違いない……刺繍のハンカチは私への誕生日プレゼントだ!)
「──それは、勘違いしても仕方ありませんね……」
「だろう?!」
同情心に満ち満ちた声と瞳で、ナサニエルは言った。
なにしろ骨好きになるきっかけこそオリヴァーも知ってはいたが、この更に4年前のこと。そしてこの時点で、イヴェットは『ブロードン』の名前すら知らないのである。
交流どころか名も知らぬ不死の騎士に、誰が『プレゼントを渡す』などと思うだろうか。
しかも自分は彼と違い、交流しているのだ。
慰霊祭でブロードンとイチャイチャしつつ(※オリヴァー視点)、頬を染めていたイヴェットの表情はまさに恋する乙女。
骨野郎(※あくまでもオ以下略)の膝にはイヴェット、手にはイヴェットの刺繍したハンカチ。
あの時のショックと言ったら、ない。
ちなみにその数日後のオリヴァーの誕生会でイヴェットがくれたのは、おそらく伯爵夫人が見繕ったであろう万年筆だった。
誕生会でオリヴァーは、上手いこと折を見てイヴェットのみを中庭に連れ出した。この辺は昔から配慮するタイプである。
そこで慰霊祭の話を出し、困惑する彼女に忘れていった刺繍の図案を叩き付けて嘲笑した。
『フン……骨野郎に骨の刺繍を贈るなどナルシストと言っているようなモノではないか!』
──それは確かに。
そうイヴェットも思ったのか、この罵倒に傷付いた様だった。
しかし彼女も気が強い。特に『骨野郎』のフレーズが許せなかったらしく、激怒。ちょっとズレているのは昔からである。
『まさに愚の骨頂! 骨だけにな!!』等と、何気に上手いことも言っているあたりもイヴェットの怒りの火に油を注いだようだった。
「まあ……勝手に期待したことへの羞恥と悔しさに逆ギレたのは良くなかった。 それは認める……」
「気持ちはわからないでもないですが、今何故その話を?」
「……『プレゼント』で思い出しただけだ」
というか、コレを思い出したことで『プレゼント』に思い至ったというか。
そう、オリヴァーはイヴェットに贈り物をすることで、ご機嫌取りと今後も交流したい旨を示すことにしたのである。
その為の『早退からの、買い物』だ。
ついでにかつての苦い思い出を、こうして初めて他人に吐露した。なんとなく。
これは彼なりの懺悔であり、過去のわだかまりとの決別──……なのかもしれない、きっとそう。
「手紙とか付けなくて宜しいんですか?」
包装前の贈り物の箱に入れてしまえば、他人の目にはつかない。それでも重要な事柄は書くのを控えるべきにせよ、オリヴァーの気持ちくらいは書いても……いやむしろ、書いた方がいいのではないだろうか。
どうせ大したことなど書けないだろうし。(辛辣)
しかしオリヴァーの返事はこれ。
「いや、メッセージカードだけでいい」
オリヴァーには『どうせ大したことなど書けない』というのも事実だけれど、仮に書けたとしても書く気はないのだ。
それは彼が色々と拗らせているから、ではない。
「イヴェットになにかを伝えるなら、全て終わった後だろう、今じゃない」
なんだかんだ再開した交流を、まだ続けていたい──その気持ちが伝わりさえすればいい。
元々潔癖なところのあるオリヴァーだ。(自分の心も含め)問題も解決もしてないうちに囲い込むのをヨシとするワケがなかった。
「これはあくまでも協力への感謝の品だ」
「はぁ。 まあ……殿下らしいですよね」
返事とも溜息ともつかない相槌だが、ナサニエルは言葉通り『らしい』とそれなりに納得した。多分イヴェットも、簡単なメッセージしかない贈り物にそう思うだろう。
(それにしても、イヴェット様はどちらへ向かわれたのか)
ナサニエルはイヴェットが誰と一緒にいるか知っている。オリヴァーには伝えていないだけで。
「さあ着いたよ、お嬢さん」
「綺麗なところですね!」
その頃イヴェットは、西の森の手前にある小さな村を訪れていた。
──魔女、ファティマと共に。
昨夜窓の外からやってきたのは、彼女。
そしてファティマは昼食会議前に国王の元へ赴き、解呪の鍵であるイヴェットのことについてあれこれ尋ねていた。
実のところ、彼女の姿はファティマの『この国での姿』であり、妙齢の美女にも偏屈そうな老婆にもなれる。
曰く、この国での彼女は『基本的に善良であり少しお節介だが気も利く、気風のいいオバチャンキャラ』だそう。
多少見た目に引き摺られる部分が気に入っている……と言うだけあって、今の彼女はしっかりお節介オバチャンなので、まだ若いふたりの今後が気掛かり。
特にイヴェットについてはオリヴァーへの忖度もあり、巻き込まれた伯爵令嬢であることしか資料ではわからないので。
陛下の話と昼食会議後のオリヴァーの反応で『まあ悪いことにはならんだろ』とは思ったけれど。
ファティマはイヴェットに興味が湧いた。
(『骨好き令嬢』か。 まずは会ってみようかねぇ)
陛下と話した時点ではまだ手掛かりだったとはいえ、集積媒体捜査に有力な情報を齎したのは彼女。
そりゃ興味も湧くというものだが──それとは別に、他にも気になることがあった。




