解呪法
オリヴァーの『意識しちゃって、それを隠すのにいっぱいいっぱい』は、その翌日も続いていた。
(まだイヴェットは来ていないようだな……)
学園へ登校しても、まだイヴェットの姿はない。それが残念なのと同時に、謎の安堵。
こんなことは以前からあるけれど、拗らせによる無意識下の抑制により、感情が揺さぶられていることに気付ける程ではなかった。
イヴェットへの恋心は自身に気持ちを隠す為、心の奥底にある箱のようなモノに閉じ込め蓋をしていたから。(ダダ漏れにしても)
だが、今やその箱の蓋も外れかけている。
(いや! 意識するのは当然だろう! あんなことを言われたらッ!!)
それでも認めず抵抗するあたり。
流石は拗らせ上級者。
──オリヴァーがこうなったのは、昼食会議直後に、魔女ファティマに言われたことが原因である。
「坊っちゃん、坊っちゃん」
会議を締める言葉を発し、場を辞したオリヴァーが廊下に出てすぐ、ファティマが追い掛けて来た。
成長期真っ只中でこれから伸び盛り(※自称)である小柄なオリヴァー。恰幅がいいだけでなく、背も高い彼女と並ぶのがちょっと嫌で、僅かに眉間に皺を寄せる。
女性が自分より背が高いのが嫌というよりも、身長差や『坊っちゃん』呼びも含めたファティマの感じがとても乳母っぽいのが嫌なのだ……「そこまで子供ではない!」という子供じみた不満である。
ごほんと咳払いをひとつ。
最大限の威厳を醸しつつ、文句を言う。
「……ファティマ殿、『坊っちゃん』はやめて頂きたいんだが」
「おや。 ふふ、あまり気を悪くしないどくれ。 アタシから見たら陛下も『坊っちゃん』なんでね」
「そ、そうか」
納得の子供扱いに、子供じみた不満を口にしたことが逆に恥ずかしい。
しかも威厳まで醸そうと頑張っちゃった件──とはいえ、それも仕方ないこと。彼は成長期真っ只中なだけでなく、思春期真っ只中なのだ。
そんな思春期少年オリヴァーだが。
彼にはこの後、更なる追い討ちを掛けられることとなる。
「『解呪法は後回し』って言ってたけどさ、それはもうわかってるんだ」
「そうなのか?! 何故あの場で」
「いや……言ったら悪いと思ってさ、伯爵家のお嬢さんに」
「……イヴェットに?」
「ああ、最初の呪いと紐付いてるだけに、解呪はもうその子しかできない」
「なにを──」
一応小声で話してはいるが、ファティマは更に声を潜めた。
「『真実の愛』ギミックだもの……決まってるだろう? 接吻だよ」
「せっ……!? ……ッ!!!!」
オリヴァーは狼狽え、真っ赤になった。
そして──
「口付け、キス」
言い方を変えただけのファティマの要らん補足に、膝から崩れ落ちたのである。
ただでさえ(無意識下での)初恋。
それも(認めてはいないが)絶賛継続中。
そして思春期真っ只中。
これで意識せずにいられようものか。
いや、する。(反語にて強く否定)
昨日は結局、謝罪も礼も言えなかった。
それどころか接触の機会もなかった。
そして、『さりげなさってどう演出するの?』という……目立つわけにはいかないのに、どうしても目立つし、一人になれない。
とにかく人が邪魔過ぎる。
皆滅びればいいのに。(不穏)
ソワッソワしながらイヴェットを待つも、彼女は今日お休みのようだった。
ナサニエルの婚約者である影──ジェシカの報告によると、どこかに出掛けたらしい。
「これは……かなりお怒りなのでは?」
出掛けたことが『怒っている』に繋がる根拠は特にないけれど、ヘタレな主の背中を叩く為にナサニエルが煽る。
彼に『あの時のこと』は今もってわからないが、『なんか怒らせて謝れずに拗らせた』のは知っている。ここはさっさと謝って、ご機嫌を取って頂きたいところだ。
「殿下……」
「わかっている!」
(せっ……は兎も角!)
勿論『せっ……』は『接吻』。
脳内で単語を出すのすら憚られる、恥ずかし乙女男子のオリヴァー。
伏せるとなんだかもっといやらしい感じになるけれど、それはさておき。
(……慰霊祭では互いの動きをわかっていないと却って危険。 伯爵は協力してくれるだろうが、それとは別にこのままイヴェットを怒らせたままにしておく可能性はある)
陛下が『伯爵は誰が娘の相手でも気に食わないタイプ』などと零していたことを思い出す。
それに慰霊祭にはあのブロードン卿が来るかもしれない──今、閉じ込めていた気持ちへの蓋が外れ気味であるオリヴァーは、『あの時のこと』を何故か思い出した。
──それは、7年前の慰霊祭の少し前のこと。
ウォーラル伯爵夫人とともに王妃に招かれたイヴェットは指を怪我していた。
『イヴェット、指どうしたんだ?』
『えへ。 ちょっと刺繍が上手くいかなくて』
『淑女教育ってやつか? にょにんも大変だな』
『にょにん?』
『女の人のカッコイイ言い方だ!(ドヤァ)』
『へえ~さすがは殿下ですね! ……にょにん、今度私も使ってみます!』
(……コレじゃない!)
なにか『あの時のこと』に今の悩みへのヒントがある気がしたのだが、かなり手前から思い出したせいか、どうでもいい内容だった。
──なんだ、『女の人のカッコイイ言い方だ!(ドヤァ)』って。
他人から見たら微笑ましいが、当人にしてみれば立派な黒歴史。
「殿下? どうしました?」
「……ちょっと静かにしてくれないか」
主、無言の百面相に心配するナサニエル。
余計な事も思い出したが、なんだかんだ答えに辿り着いたオリヴァーは、ナサニエルを連れて早退することにした。放課後まで待たないのは、誰かに絡まれると面倒だからである。
「王宮へ?」
「いや、行きたいところがある」
向かった先は、商店街の中にある、とある雑貨店。輸入品や国内でも珍しい品を取り扱っている、なかなかハイセンスな店だ。




