昼食会議
翌日、昼食会議。
昼食会義とは言っても昼食会、のち会議と言った感じ。食事や休憩時間を忘れて任務に勤しみがちな、関係者各位への労いも兼ねている。先に充分な睡眠を取ってもらう為の昼からだ。
日中も骨だった際に、唯一欲を感じた睡眠の有難みを、まさに骨身に沁みて知ったオリヴァーの計らいである。
メンバーはオリヴァーを筆頭としており、父王や王太子は時間の都合上不参加。指定された書記官からの報告となっている。情報漏れを防ぐ為、集められたのは一部のみだが地位も職種も様々。魔術師と魔女以外はいずれオリヴァー直属の部下となる者達だ。
「ファティマ殿、『真実の愛』ギミックは運良く解けたが半分。 この場合呪い返しはどうなる?」
「……そうだねぇ。 発動のきっかけと思しき事象から考えると、力は集積媒体からだ。 絡んできた令嬢に特になにもないなら、まだ大元に紐づいてるんだろう」
どうやら呪い返しはまだ起きていない様子。
オリヴァーは令嬢達が無事なことに安堵した。確かに彼女達の言動は不愉快だったが、謝罪もされた。利用された挙句に呪い返しを受けたとなると、流石に不憫過ぎる。
「『真実の愛』と謀り解呪を目論むのに、慰霊祭に合わせ術の発動を──と考えて行ったとするなら、解呪法は後回しだ。 明日から私は通常通り学園に行く」
「まだ発動もされていないことになさる、と?」
「ああ。 その方が怪しい者を絞りやすい」
第二王子であるオリヴァーが慰霊祭で参加するのは、勿論王宮での夜会の方。『真実の愛』ギミックによって、被疑者対象は高位貴族令嬢か高位貴族に身内か婚約者がいる令嬢では、となっている。
だがまだ日があるだけに、接触を図り『学園でのパーティーに出ないか』と誘ってくる可能性もある。
「なるべく他者との接触は控える。 影を含む護衛に周囲の様子を見て貰い、気になる者を調べよう。 最悪でも慰霊祭には判明するだろうが、なるべく事を荒立てたくはない」
「「「御意」」」
「──…………坊っちゃん」
護衛達が揃って返事をした直後、タイミングを外したらしく、少しバツの悪そうな顔でファティマが「ちょっといいかい?」と呼び掛け、難しい顔をした。
「犯人を捕まえるのを先に持ってくるのはいい……呪い返しのことだけでなく。 もう問題は坊っちゃんの呪いの方じゃない気がするんだよ」
「呪いの方じゃない?」
オリヴァーがもうこの呪いで死ぬことはない。そのことも含めファティマは『概ねの問題は別のところに移っている』と考えているそう。
「さっき言った大元の力さ。 悪魔の仕業だってのは、もう予測済だったろう?」
『解けてない呪いの展開時間を鑑みるに、ことの発端は、儀式による悪魔召喚と思われる』──と、この時点の報告書にも既に記載されている。
その上でファティマは、呪いに媒介を使用したこと、術式まで使用されていることの本質を『悪魔の力自体が弱いからでは』という見解を述べた。
「呪いを二段階にわけた理由はそうせざるを得なかったから。 ただそれに加え、別の意図もあるからじゃないか?」
なにしろ沢山の集積媒体を使用して力を集めるだなんて、回りくどい上に手が込み過ぎている。術者が呪い返しやそれによって犯行がバレることを恐れて……と考えることもできるが、それならば既に解かれた分の呪いだけで充分だろう。
「ファティマ殿は『術者の目的の他、呼び出された悪魔にも狙いがある』とお考えのようですな」
ふむ、と髭を触る老魔術師ジムの言葉に、ファティマが重々しく頷く。
「慰霊祭ってのが引っ掛かるね」
悪魔は術者に対価を求めるのではなく、術者の求める『呪い』に乗じて自分の力をつける為に動いた──と考えているらしい。
故の、慰霊祭まで待たねばならない仕様。
満を持しているのだ。
「ならばこの『悪魔』は魔族ではなく、穢れた魂と断定していいでしょう。 市井や術式への知識が相応にある死者を死亡者リストから洗い出します」
「そうじゃな……だが他にもやることはある。 殿下、儂が指揮を取りましょう。案ずるより産むが易し、現段階での話し合いで捜査より有益なのはこのあたりまでかと。 ファティマ殿にご助言頂きながら、適宜対応します。 日々定時に報告でよろしいか?」
「ふっ、相変わらずだねぇ」
ファティマが思わずといった様子で笑う。
後に聞いたところ、今でこそ好々爺みたいな老魔術師ジム・マクグリンだが昔はもう『せっかちな会議嫌い』と有名だったそう。この国に大きな戦はなかったが、小競り合いが多発していた頃は参謀兼指揮官として自ら前線に赴き、ついたふたつ名は『閃光の魔術師』……ちなみに、雷撃系の攻撃魔術が使用できるとかではない。判断と指示が兎に角早いだけである。
そんなジムのお陰で、会議は意外と早く終わった。
──この後。
イヴェットの報告により、集積媒体の目星がつくことになる。
そして翌日。
何食わぬ顔で、再び学園に登校したオリヴァーだったが。
「──殿下」
「なんだ」
『なんだ』と返したが、ナサニエルの言いたいことはなんとなくわかっていた。
当初はこの時点でさりげなくイヴェットに『王宮には来るな』とやんわり伝える予定だったが、予期せず昨日来たことで端的で厳しい伝言になってしまった。
イヴェットのおかげで集積媒体の目星がついた。そのことへの礼も言いたい。
しかしさりげなくもなにも、視線すら合わせられない始末である。
そのくせ何故か、影に任せるとは言わない。
「イヴェット様、既にへそを曲げてらっしゃるのでは」
「……わかっている!」
そう、わかってはいる。
だが結局上手く接触できないまま、今に至る。
この時ある理由から、オリヴァーはイヴェットをとても意識してしまい、それを隠すのでいっぱいいっぱいだったのだ。




