魔女がやってきた夜
話は少し遡り、一昨日に戻る。
王宮を訪れていたイヴェットが父と共に帰った後のこと。
雨はまだ降っていない。
雲が広がりを見せ月を隠し出した、まだ宵の口の空。
「よ~いしょ、こらよっとぉ!」
そこから流星のように現れたのは、魔女ファティマ。
雑な掛け声と共に馬から降りた彼女が乗っていたのは箒ではなく、普通に馬。ただし彼女の乗ってきた見事な黒毛の馬は彼女の眷属であり、空を駆ける。そこは普通じゃない。
王家からの特別招請書簡を持っていた為、即座に国王陛下の元へと丁重に案内された魔女だが、皆内心で戸惑っていた。
その容貌があまりにイメージする『魔女』とは掛け離れていることに。
神経質そうな老齢の女でもなければ、麗しくも妖しい魅力を放つ妙齢の女でもない。
程よく日焼けし、恰幅が良く、ついでに威勢も良さそうな……それはもう、『間違えて酒屋の女将に書簡を届けてしまった』という有り得ないことを言われてもちょっと信じてしまうくらいの、実に健康的な中年女性だったので。
国王は丁重な態度で挨拶したが、ファティマは気負うことなく旧知の友人の様にアッサリ返し、早々にオリヴァーを診た。
「あー……これはよくないねぇ……坊っちゃん、アンタ倒れるところだったよ」
イヴェットの想像は的中していた。
半分とはいえ呪いが解けたことで、難を逃れたと言っていい。
だがホレイショの言もまた正しかった。
魔力の流れを見ていただけに、魔術師達もそれは既に推測済であり、報告をされていた一同は魔女の言葉にそこまで驚かない。
「やはり殿下はお命を狙われて?」
「いや、多分そうじゃないねぇ。 ……これを解いたのは、伯爵家のお嬢さんだったか……ふ~ん」
ファティマはこれまでの経緯が書かれた報告書の文字を追い、一息吐いてから視線をオリヴァーに戻し、続ける。
「これが本当に偶然でその子が信用できるのなら、坊っちゃんは別の意味でも助けられた。 改めてその子に感謝するんだね」
「……どういう意味だ?」
「この解けた分は『解かれる前提』の仕込みだよ」
ファティマ曰く、これは『真実の愛=呪いの解除』という罠だと言う。
「『真実の愛で呪いが解ける』ってヤツさ」
つまり犯人は呪いを掛け、いち早くそれを解くことにより、オリヴァーの婚約者として認められようとしたのだ。
確かにこれならば『真実の愛』を騙るのに、それなりの説得力がある。
「……ですが、それではどうやって呪いをいち早く解く気だったのでしょう?」
それはもっともな疑問。
今そうであるように、骨になったオリヴァーを表に出さないであろうことは目に見えている。
「発動タイミングに多少の誤算が生じたんだろう。 坊ちゃんは変化前、女の子と揉めたそうだね? おそらくそのせいで急激に力が集まり、予定より大幅にズレちまったんだ」
集団心理からの高揚もあっただろう。普段はそれなりに弁えていた女生徒達が我を忘れて言ってはいけないことを言う程、オリヴァーに怒りを向けていた。
『そのせいで急激に力が集まった』と言われても、納得しかない。
「狂った予定はイヴェットのことだけではなかったのか……本来の予定は予測が?」
「勿論。 一番狭間とこちらの空気が混ざり合い近付く時──つまり、慰霊祭さ」
これは皆を大いにザワつかせた。
『一番狭間とこちらの空気が混ざり合い近付く時=慰霊祭の期間』という意味合いだけではなく、解除できるタイミングとして狙っていたとしたなら、想定される犯人像は今までと異なってくる。
王宮での夜会はそもそもが魔族の方々をもてなす意図であり、招待状及び、それを持つ者の家族であることが必須条件であり厳守される。基本的に招待状が贈られるのは高位貴族のみ。
つまり──高位貴族令嬢。
その可能性が高くなった。
年齢の見合うめぼしいイヴェット以外の高位貴族令嬢は、既に皆婚約者がいる──それこそが動機ならば。
『呪いから解放する』という説得力のある『真実の愛』を皆に見せ付けることができれば、誰しも変更に納得せざるを得ないだろう。
ファティマは「とりあえず」と前置きし、一旦話を終わらせることにした。
「幸いまだ日がある、続きは明日」
予想していたより早かったとはいえ、彼女がすぐに駆けつけられなかったのは出掛けていたからだ。
休む間もなくこちらへ来たのでそれなりに疲れていたし、呪いについて今わかることは粗方診断した。今後どう対処するかは彼女が判断することではなく、話に加わるならばそれが決まった後でいい。
そもそも彼女は、オリヴァーを診るのを最優先したので、まだ資料すら満足に目を通していないのだ。
「呪いは完全に解けちゃいないが、もう坊っちゃんに生命の危険はない。 夕方からの変化で多少疲れるかもしれないが、ポーションでも飲んどきな」
「ファティマ殿、お疲れのところ真っ先に診てくださったこと感謝する」
オリヴァーが丁寧に礼を言うと、ファティマはニヤリと笑う。
「ああ感謝しとくれ。 やれやれ、ババアをこき使うモンじゃないよ」
貴賓室へ案内しようと待つ侍女の方へ歩を進め、そうボヤきながらわざとらしく肩を叩きつつ、ファティマは部屋を出ていった。
それから暫く、別室にて話し合いが行われた。
「今まで有力被疑者とみていた令嬢方は、被疑者から外しましょう」
揃ってオリヴァーに文句を言いに来て暴言を吐いた令嬢達は、被疑者から外すこととなった。
男爵令嬢のことがあっただけに、皆揃いも揃ってその日の内に、保護者かそれに代わる者と共に王宮に謝罪しに来た。来れないような遠方の保護者からは丁寧な謝罪の手紙が後日届いている。
もし誰かが術者で『真実の愛』ギミックによる演出を狙っていたなら、会えるのはこのタイミングのみ。だがこの時点では、まだオリヴァーは骨になっていない。そもそも慰霊祭での変化予定なら、今オリヴァーの不興を買うのは完全に悪手だ。
「彼女達は呪いの為の力の担い手として利用された、と考えるのが妥当か……」
「共通する媒介があると思われますので、それがわかれば操った人物も特定できるだろうと既に動いております。 ただ媒介の発見は困難であるとしか」
なんせ学生なので共通した持ち物ばかり。
被疑者とはいえ疑いだけで令嬢達の持ち物を漁るワケにもいかず、媒介自体の魔力残滓を辿ろうにも既に発動した上、元々個々の魔力は微量と推測されている。
秘密裏に動いている以上、見つけるのは難しかった。
この話し合いは概ね情報共有のみに終始したものの、魔女の診断が加わったのは大きい。各々それを踏まえ、昼食を兼ねた翌日の会議に備えることで終了となった。
(全く……『真実の愛』とはな。 くだらんことを考えるモンだ)
寝巻きに着替えたオリヴァーは姿見に映る骨の自分を見ながら、少し笑う。尤も骨なので、彼の微笑みなど誰もわからないだろう。
妙な企みが不愉快ではあるが、その一方で『真実の愛』を証明したのがイヴェットだったことがちょっと嬉しく、照れ臭くもある。
(いや…… 期せずして術者の鼻を明かしたのだから嬉しくないワケがない! 大体アレは『真実の愛(※骨への)』だ!)
まだ自分の気持ちを認めないオリヴァー。流石に7年の拗らせは伊達じゃない。
ちなみに、最近の湯浴みは朝だ。
夜は骨なので。




