進路とモヤモヤ
──放課後。イヴェットは昨日と同様にモイラと遊びに出た。
新しくできたカフェの前を通ったけれど、やっぱり混んでいるので今回も見送った。流行りは気にするものの、あまりこだわりがないふたりである。
昨日イヴェットはかなり払い過ぎていたのだが、モイラの分どころか釣りの返金も受け付けない。なのでモイラは『今日は奮発し、貴族御用達の高級ホテル内ラウンジカフェへ行こう』と提案。そこへ向かうことにした。
注文したのはお値段の張る、アフタヌーンティーセット。
茶会である程度慣れているとはいえ、平日の学生にあるまじき豪華さに、ふたりのテンションも上がる。
毎日会っていても話題は尽きないのが女子。今日はカフェに向かう前に、モイラと行った手芸屋でイヴェットも組み紐用の紐を購入したので、その話からのようだ。
「組み紐、誰かにあげるの?」
「どうかしら……」
(そういえば、殿下のお誕生日って慰霊祭のすぐ後なのよね……その頃にはもう解決してるかしら?)
オリヴァーのことを思い出したけれど、あげるにせよ直接渡せるかは不明だ。まあそれ以前に、組み紐を作ったこともないのだけれど。
「初めてだし、出来映え次第かな」
「イヴェットは手先が器用だものね。 羨ましい」
「あら。 私が器用というならそれは、努力の賜物よ?」
それは誕生日などでいくら『骨の模型が欲しい』と強請っても、ホレイショが頑なに買ってくれず、仕方なく自己制作しようとした過去に遡る。
職人に話を聞き、珪藻粘土で作ることに決めたものの、やるならきっちり作りたい。すぐに制作には取り掛からずに、まずはデッサンから始めた。そのお陰で、イヴェットは絵も上手い。
単純に粘土を捏ねる行為が楽しかったからか、それからはキッチンメイドと共にパンやクッキーも手作りするようになった。今でもたまに大量に作っては、奉仕活動ついでに孤児院に持っていったりする。
成形時にさりげなく骨型を混ぜてくるので、ちょっとメイド達に嫌がられるのはご愛嬌だ。
「ああ~わかるわぁ。 パン作りってそうなるわよね」
「でしょ?」
いや、普通はならない。
多分このふたりくらいだろう。
ちなみにモイラは父の誕生日に、背中の筋肉を部位毎に模して成型したパンを並べて焼き上げた『理想の筋肉お父様パン』なるものをプレゼントし、ヒョロい父に多大なダメージを与えた過去がある。
「膨れ上がりこんがり焼けていく様が堪らないのよ~、筋肉的に」
「うふふ、モイラったら」
ヒョロい父を持つ彼女の筋肉愛がどこから来たのかというと、モイラの生家であるヘザー子爵家が薬師の家系であることに起因する。薬を卸す父に着いて行った騎士団にて、筋肉に魅了されたのである。
低位貴族令嬢では唯一のAクラスがモイラ。彼女の成績がいいのは、早いうちから薬師になるべく勉強をしていたことによる。
「そういえば、モイラは卒業後すぐ結婚するの?」
「う~ん、多分ね。 レナルド様がもう28だから……でも薬師にはなるつもり」
薬師ならば普段から、婚約者である騎士のレナルドの役にも立つ。
既に副団長、ゆくゆくは騎士団長という重責を担うであろう身なだけに彼の年金は高いようだが、それは最悪のことや退役を余儀なくされるようなことが起こった際出るもの。
それよりリハビリや休養に時間がかかるような怪我や病気をした時、確かに手に職があれば金銭的に──しかも薬師であれば、身体の面でも支えになるだろう。
「在学中に薬師試験に通ると一番いいのだけど、家でも勉強はできるし、まあそれは結婚後でも。 イヴェットは進学か就職かしら?骨関係? それとも魔術師?」
「あら、結婚するとは思われてないのね」
「思ってないわよぅ。 伯爵様が許さなさそうだし……するとしたらイヴェットは自分の意志でしそうだから、学生中の婚約はないかなって」
だから卒業後の進路は別に考えている、と思っていたそう。
「そうじゃなくても、そうなるわ」
「あら、どうして?」
実のところ、イヴェットは進路のことなど全く考えていなかった。オリヴァーが骨になった今、婚約者になるつもりでいるけれどそれも不確か。
イヴェットは一応は高位貴族とはいえ伯爵家の令嬢である。しかも継嗣ではない末娘。
婚姻可能な範囲だけで言えば、イヴェットは上から下までまさによりどりみどり。
また子煩悩な父ホレイショが、娘を変な男に嫁がせるわけがなく、『成績が良くなければいい相手が……』みたいな心配や『嫁がないなら働け』的な心配も皆無といっていい。
「だってイヴェットは勉強が嫌いじゃないでしょう?」
学園を卒業するには、素行に問題がなく赤点を出さなければいいだけだが、Aクラスにいるにはそれなりに難易度が高い。云わば特進クラスなのだ。
真面目な高位貴族女子でも伯爵家程度ならば、Bクラス以下が殆ど──これは婚約者がいる者が殆どだからでもある。
学園の勉強はそこそこの成績だけ維持して交流に勤しんだり、嫁ぎ先についての勉強に精を出す者が多い。
Aクラスには文官や進学を希望する男子と、まだ執務を与えられていない高位貴族男子ばかり。今年、女子は5人しかいない。それでも今年は公爵家侯爵家のお嬢様方がいる為、例年より女子が多い方だそう。ひとりは公爵家の分家の娘なので除くとして、女子唯一の低位貴族が薬師を目指すモイラである。
イヴェットにはモイラのように目的があるわけでも親が厳しいわけでもないので、実は学園で高成績を維持する理由は特にない。
勉強が嫌いではなく習慣づいている為に高成績という、Aクラスでもイレギュラーな存在。
予習復習が習慣づいているのだとしても、結局嫌いではないから勉強を続けているのだ……とモイラに言われれば、イヴェット自身『そうかな』とも思う。
「まあウチはお父様が『家にずっといてもいい』って言ってくれるし……あんまりなにも考えてなかったから、勉強はしていたのよね。 やだわ、なんとなくで進学しそう」
軽く言ったけれど、割とこれがモヤモヤの正体な気がした。
オリヴァーと比べ、あまりに自分が成長していないこと。それに漠然とした焦燥に駆られていたのではないか──
しかし、やはり自分同様に軽く返ってきたモイラの言葉に救われた。
「いいじゃない、まだ卒業まで2年あるもの。 なにも考えてなくても勉強は積み重ねだし、できた方がいざという時の選択肢が増えてお得だわ」
ついでに「筋肉だって脂肪がなければ増えないのよ?」と一緒についてきたけれど。
「確かにそうね……健康な骨こそ身体の支柱!」
「筋肉が骨にすり替えられたわ……!」
「モイラ、骨も筋肉も人体形成には必要よ」
軽快に続く筋骨ジョークに、イヴェットもモイラも笑う。
知らない人が聞いたら『なんの話だよ』となるであろうふたりの会話は弾んだ。




