外から中、中から外
ナサニエルとは見えているモノが多少違うけれど、イヴェットだって『殿下は本当は気の置けない少数と遊ぶのが好き』くらいのことは知っている。
伯爵令嬢の自分とは違い、王子の彼だ。
本来ならば、成績優秀で弁えた者以外の低位貴族以下の者とは、交流が難しいことも。
Aクラスは皆成績がいいだけに、高位貴族が中心。それ以外もしっかりした教育を受けてきた者ばかり。
辛うじて平民もいるが、なんの後ろ盾もなく入学できるのは成績優秀者のみだ。所作はまだおぼつかなくとも彼等の素行は皆良く、将来も有望である。
だが成績が満遍なく良くはなくとも、なにかに特化している者は他クラスにも多い。
そしてAクラス以外の傍系貴族や男爵などの準貴族階級の平民達は、成績に関係しない色々なことに詳しかったりする。
おそらくオリヴァーはそういう人達と交流したいのだろう。
──王妃宮の庭園で散歩中のこと。
「殿下が交流幅を広げるのは、大変でしたでしょう」
「……いつも通り我儘を通しただけだ」
そう言ってぷい、と横を向くオリヴァーに、イヴェットはふふ、と笑う。その仕草は相変わらずの『拗ねちゃま』だが、その頭はもうヒールを履いているイヴェットより少し高い。
振り向くや否や、オリヴァーは盛大にドヤ顔をしてフフンと鼻を鳴らして自慢をした。
「だが、それだけの価値はあった! おかげでできた『王都城下街抜け道マップ』などは既に警邏隊で活躍を見せている!」
「まあ」
実はドヤるのはイヴェットにだけである。
オリヴァーは手柄をひけらかさない……というか、手柄にしていない。曰く『仲介しかしていない』だそう。
その手柄はしっかり貧乏な男爵家の三男である発案・制作者に還元され、彼は就職も決まった。
他人のしたことを自分のことのように自慢する、というと誤解を生みそうな表記だが……イヴェットはそれを正しく、微笑ましく受け取った。
そもそも『仲介しかしていない』は確かにそうだが一介の学生の思い付きを形にさせ、その成果を認めて然るべきところへ持ち掛ける──というのは、なかなかできないことだと思うので。
「趣味が人様の役に立ち、自分の立身にも繋がるなんて素敵ですわね」
「趣味にせよなんにせよ熱意は大事だ。 女子も男子もなにかに向けてひたむきな夢や熱意がある低位貴族以下の者は、距離感を間違えがちではある。 皆私には『あわよくば』で擦り寄ってはくるがそれは構わん。 『あわよくば』にヨコシマな野心がないなら」
権力効果は望んでも、その根幹にあるのが自領の産物や自社製品等への自信ならば、『逆に清々しい』とオリヴァーは言う。
実際、そういう足掛かりにならいくらでも使われていいと彼は笑う。
「そんなことが気軽にできるのも、学生のうちだけだしな」
結局のところ物が確かなら広まるし、駄目なら淘汰されるのだ。
オリヴァーがするのは良くても駄目でも感想を述べる程度だ。求められれば多少意見も出すけれど。
それらを改善の機会にできるかどうかは本人次第だが、基本的にやる気のある者との交流をしているだけに、皆頑張るそう。
オリヴァー自身の学びにもなるし、有用な人物を早くに知る機会でもあるのだとか。
「まあ……最初のうちは不届き者との区別がどうしても難しいのは事実だ。 そのせいでこうして呪われてしまったわけだし、非難されても仕方ない」
「大丈夫ですわ。 もしもの時は骨は私が拾って差し上げます。 大切に」
「君の骨は物理だろう。 まあ精々大事に保管してくれ」
「ふふ、残念ながら非難なんかされません。 殿下が線引きに厳しいことぐらい周知されてましてよ?」
その言葉に「残念……いや、『骨が拾えないのが』か……?」とオリヴァーが眉間に皺を寄せてモゴモゴと呟いたのは、イヴェットは聞こえていなかった。
イラッとはしたものの、登校を再開したオリヴァーを眺めながらイヴェットは、改めて彼の成長を感じていた。なにも、背がちょっと伸びただけじゃない。
(そうなのよねぇ……学園ではもうあまり『拗ねチャマ』感はないのよね。 ちゃんと王子様だわ)
彼の学園入学時の『皆と遊ぶ』『婚約者は作らない』等々の我儘にも。
(クラス内でアレだもの。 婚約者がいて周囲を今より更に固められていたら、低位貴族以下は成績と振る舞いを見て周囲が勝手に振り分けてしまい、一部の生徒としか触れ合えなかっただろうし)
入学後に我儘を発動していたら、気を利かせた高位貴族の反感を買っていたことは容易に予想できる。
それを考えれば、オリヴァーはかなり上手く立ち回った。
(実際、Aクラス以外の生徒達との交流は有益だったのだから、控えはしても止めるつもりはないのでしょうね……『囮役』も自らやるつもりだわ、きっと)
なんだか胸がザワザワする。
それは憤りだとか嫌な予感だとか、心配だとかとは少し異なる感じで。
交流を再開してから、外から眺めるよりも遥かにオリヴァーが成長していることに気付いたイヴェット。
だがそれを再び外から見たら、何故か今までのように微笑ましいだけではない。
イヴェットは、そんな自分に戸惑っていた。




