自分にできること
店を出たイヴェットは軽装馬車を捕まえ、急遽王宮へ向かった。まずは一旦、父のところだ。
しかし──
「申し訳ございません、レディ。 ウォーラル閣下は今席を外しておられまして。 本日はどういった御用件でしょうか」
「父に直接伝えたいことが……待つことは可能でしょうか?」
「……今の時間からですと、ご令嬢ひとりをこちらでお待たせするわけには。 口外できないような緊急の案件でしたら、魔術契約密書をお持ち致しますが」
「お願いします!」
魔術契約密書は血判によって、押した者の任意の相手にしか内容が読めなくなる書類だ。
気を利かせてくれた父の部下のおかげで一応は伝達を果たしたが、イヴェットは少しガッカリした気持ちで帰路へとつく。
──その日の遅くに戻ってきたホレイショに言われたのは『もう王宮には来るな』だった。
「殿下からの伝言だ」
「え……」
バタバタしていたからにはなにかあったのだろう。タイミングが悪かったのかもしれない。
だが──
「私……そんなに考えなしだったかしら」
珍しくシュンとしおれ、明らかに意気消沈している……察して構ってちゃんではないので、滅多にこういうことはない。
素で落ち込んでいるようだ。
(どうしたんだ!? こんなイヴェットらしくない……)
それなりに世渡り上手なイヴェットは、周囲に自分がどう見えるかを上手く計算し、さりげなく我を通すところがある。身内や親しい者には計算もするが天然の面が強い。
計算にせよ天然にせよそれは、気位の高さや我の強さを隠したり緩和するといったモノ──そう、彼女はそう見えないだけで案外気が強いのである。
こういう時、身内に対する普段のイヴェットなら穏やかに見える顔で毒吐くか、無表情で自分の正当性を宣うかのどちらかが基本。
他にもわざとらしくもあざとくプリプリするとか、場合により様々なパターンはあれど、不満を示すのが常。
こんな殊勝な様子など、あまりにイヴェットらしくない。
娘の珍しい様子に、ホレイショは動揺した。
「いや………………そんなことはないさ」
「間が長いわお父様」
「うっ! そそそれより狼の骨が欲しいんだったか?! 父が買ってやろう!」
「えっ? 本当ですのお父様!」
「ああ!」
なんか期せずして、狼の骨を手に入れられることになったイヴェット。予てから欲していたのは仮装用の牛の骨だが、狼の骨に魅力がないわけではない。普通に喜んだ。
翌日から、何食わぬ顔で登校してきたオリヴァーに、イヴェットは驚いた。
(えっ、呪いが解けたっていうこと?!)
──そんなまさか。
疑問に答えたのは、自分の中の冷静な自分だった。
おそらく魔女は来たのだろうと思う。だが魔術師の言を鑑みるに、そんなに簡単に解ける呪いとは思えない。だからこそ昨日、イヴェットは必死だったのだ。
それにもし仮に呪いが解けたにせよ、犯人特定はまた別の話ではないのだろうか。
大体にして、『もう王宮に来るな』というあの発言。
(どういうことかしら……)
何食わぬ顔で、今迄通り過ごすらしいオリヴァーの表情を窺う。
男女関係なく『あわよくばお近付きになりたい勢』の熱い視線が注がれる中、本人はすました表情。挨拶もそれなりに返すものの、特に愛想は振り撒かないが、それも含めて今迄通りである。
だが、オリヴァーは頑なにイヴェットの方向を見ようとはしない。顔は向いても目が合わないのだ。
表情には出さないが、イヴェットはイラッとした。
「おはよう、イヴェット。 あら、ご機嫌ななめ?」
「えっ、そう見えて?」
「なんとなく筋肉がそんな感じ」
培った淑女力による無表情も、どうやらモイラの筋肉愛には敵わないらしい。
「それより昨日はごめんね、モイラ」
「ふふ」
「なに?」
「なんだか元気になってるから。 ──あっそうそう、置いてくお金が多過ぎよぉ~。 今返すから!」
「いいわ、途中で帰ったお詫び」
「じゃあ私がご馳走する! 暇な日はある?」
チラリとオリヴァーの方を見て、聞こえるのかはわからないがさりげなく嫌味を込めて言う。
「これから当面暇よ~」
イヴェットは表向き、普段通りに過ごすことにした。オリヴァーと同じといえばそう。
元々学園でのふたりに、『クラスメイト』以外の接点はないのだ。
成績順クラス分けのいいところは、Aクラスにもなると流石に皆弁えていること。それこそ身分関係なく、恭しい態度の者はいても馴れ馴れしい態度の者はいない。
「おはようございます殿下、心配しましたのよ」
「なんでも公務がお忙しかったとか」
「ああ、少し学園生活を楽しみ過ぎたようだ。 有益だったがこれからは控えるよ」
まず彼に話し掛けたのは、侯爵令嬢とその婚約者である公爵令息。公的な立場がオリヴァーの次にくる者達だ。
Aクラスの良くないところは、弁えているが故に王族のオリヴァーとは一歩引いて接するところだろう。
昨日のことを引き摺っているイヴェットは、モヤモヤした気持ちを抱えながらぼんやりとそれを見ていた。




