令嬢は骨がお好き①
青い空に浮かぶ白い雲のかたちで、いつの間にか夏の空から秋の空へ変わっていることに気付く。
季節は緩やかに移り変わっていた。
「もうすぐこの光景も、また暫く見れなくなるのね……」
「ええ……寂しいこと」
ほう、と切なげにイヴェットとモイラは溜息を吐く。互いに愛しいものへと視線を向けたまま。
──だが、ふたりの『愛しいもの』は『愛しい者』に非ず。
ここは見学の許可を得て入った、騎士団の演習場である。
視線の先にいるのは屈強な男性達。
騎士団の見学が許されるのは、暖かくなってきてから寒くなるまでの期間。なので、そろそろ終わりを迎える。
だからか少し離れた場所から見詰めているふたりの間にも、他にも応援している女子達や、騎士の婚約者や妻子がそれなりにいる。
婚約者や妻子は勿論、女子達の中には特定の男性を見に来る者も少なくない。
ふたりが彼女達と違うのは、『愛しいもの』が『愛しい者』でないこと。つまり、ここに来る目的である。
モイラは筋肉を愛でる為に。
そしてイヴェットは──
「あっ! あの騎士様素敵だわぁ~」
「……どこがいいの?」
「ホラ、あの腕の動き……胸椎の回旋がしなやかなのだわ! 素敵!!」
──骨。
そう、伯爵令嬢イヴェット・ウォーラルは骨を愛している。
「骨なんて見えないじゃない」
やれやれ、といったようにモイラは鼻で笑う。
「それに比べたら筋肉は最高よ!」
「フッ……筋肉なんて所詮、ガワに過ぎないわ!」
相手の好きなモノを貶めて自分の好きなモノを上げるような遣り取りだが、勿論ただの軽口。
気の置けない仲だからこそで、それが喧嘩に発展することはない。
今はこんなふたりも、最初の頃はお互いに探り探りだった。
特に父が子爵であり爵位が低い側のモイラは、イヴェットに骨の良さを尋ねては「筋肉もいいけど骨も魅力的なんですね!」などと、今とは逆に『私のもいいけどアナタのもいいよね』という平和的な褒め方をし、本当はさしたる興味もない骨の部位の名称だとかをその為に調べたりしていた程。
つまりこの些細なディスり合いは、互いの趣味を充分に尊重した上でのこと。理解できない部分への線引き──それがネタと化したのはふたりの関係性が近くなり、過度な遠慮がなくなったからである。
それは特に、骨スキーであるイヴェットにとってはとても嬉しいことだった。
モイラの筋肉好きは、ちょっと人より専門的というか……少しばかり特殊だけれど、それでも筋肉スキーはそれなりにいるだろうと思う。まあ、骨好きに比べたら断然メジャー界隈とか言っていい。
なのにわざわざジャンル違いのイヴェットと仲良くなろうとしたのは、結局のところ盛り上がるのには『ジャンルが同じかどうか』よりも、相性を含め『仲良くしたい相手かどうか』が重要だということなのだろう。
勿論イヴェットもモイラといるのは楽しく、彼女には感謝している。
騎士達の骨を観察するのもいい。
どうしても骨というのは皮や肉に邪魔されるモノであるが、脂肪に比べて筋肉は骨がわかりやすいので。しかもイヴェットのような手練になると、筋肉の動きからも骨を感じることができるのだ。
とはいえモイラがいなければ楽しくなかっただろうし、まずわざわざ騎士団に見学に行こうという発想にすらならなかったに違いない。
だがその一方、マイナージャンル側のイヴェットはどうしてもモイラに対し『羨ましい』という気持ちを消せずにいる。
やはりコソコソ盛り上がるだけでなく、できれば公言したい。
公言というか、今のように騎士団の練習風景などを見学し、素敵な筋肉で盛り上がり、『あらあの子、筋肉スキーなのね』みたいな、知られても問題ない感じで皆に知られたい。
似たようなことはしているワケだが、まず『骨が好き』なんて傍目ではわからないので『あらあの子、骨スキーなのね』とはならないし、かといって『骨が好きなんです!』と実際に公言しようものならその性癖を理解されず『うわコイツなんかヤベェヤツだ』と思われる可能性は高い。
マイナージャンル好きの悲しみである。
ましてや自分も周囲も貴族令嬢ばかり。
愛するのは別ジャンルだが、尊重してくれる理解者が友人として傍にいてくれるだけで奇跡的なのだ。
それはわかっている。
けれど、それでも『この胸に秘めたる熱い想いを……骨の素晴らしさを存分に語りたい!』という布教の欲求が心の奥底で燻っている自覚が、イヴェットにはあった。
割と不毛な情熱であると言える。
「モイラ、もっと近くで見たらいいわ。 これから打ち合いみたいだし」
「イヴェットは?」
「私はそろそろ……うふふ、もうすぐ慰霊祭があるもの」
そんなイヴェットにとって楽しみなのが、『慰霊祭』。
(今年はブロードン様、いらっしゃるのかしら……)
家に着き、クロゼットを開けてなんの仮装にすべきかを考えつつ、想いを馳せるのは憧れの方、ブロードン。
ブロードンとはイヴェットの初恋であり、骨に傾倒するきっかけとなった男。
狭間の者代表とは魔族。魔族には倫理観どころか知能の備わっていない者もいるが、魔界から来る慰霊祭のゲストは皆知能が高く、意味なくこちらを害したりはしない。
ブロードンは『不死者』と呼ばれる種族であり、不死の騎士──つまり彼は、骸骨の騎士である。