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楽しい時間

 

 案の定、オリヴァーはご機嫌ななめなご様子。


「全く……コレじゃ身体が鈍ってしまう!」

「というか太りますよ?」


 イヴェットが来ると、出された茶菓子をプリプリしながら口に入れている。そういえば昨日もそうだったことを思い出し、イヴェットは少し違和感を覚えた。


(確かに甘い物はお好きだったけれど、こんなに召し上がる方だった? もしかして呪いの中に『太る』というのもあったり……それとも単純に、ストレスによる過食なのかしら)


 結局それも魔女が来ないとわからない。

 イヴェットはオリヴァーに言うというより、ナサニエルに向けて口を開く。


「日中は少し外に出て、運動をなさった方がいいのではないかしら。 それも制限されてますの?」

「仰る通りですね。 問題のない範囲でしたら行動の許可がでるかと。 気が利かず申し訳ありません、殿下」


 ナサニエルがそう謝罪し動く素振りをみせると、侍女長が「僭越ながら」と歩み出る。


「折角こうしてご令嬢もいらしておりますので、王妃宮の庭園のお散歩は如何でしょうか。 あちらなら警備も厳しく部外者は入れませんし、裏側ですので行き帰りも見られません。 勿論、王妃様の許可は必要なので明日以降となりますが、反対はなさらないかと」


 そう、反対などしない……元々王妃の指示なので。


 イヴェットを婚約者に据えたいのは、なにもナサニエルだけではない。本当は頃合いを見てナサニエルが切り出す予定だったところを、イヴェットから言い出してくれたのは嬉しい誤算というやつである。


「まあ、王妃様の庭園ですか?!」

「なんだ、イヴェット。 随分嬉しそうだな」


 王妃宮の庭園は、この国随一の美しい庭園と言っていいが、なかなかお目にはかかれない。貴族女性なら誰もが憧れる場所──それが『王妃様に呼ばれるというステイタスも含めて』だとしても、招かれた誰もが忖度なく『美しいお庭でした』とウットリと語り、思い出して吐息を漏らすという。


「殿方にはおわかり頂けないかもしれませんが、この国の貴族淑女なら当然の反応ですわ」


 幼い頃のイヴェットの趣味嗜好は確かに少年じみており、それは今も健在。好きなモノは変わらず『骨』が不動の一位……だが、それはそれ。

 ちょっと優先順位が人と違っただけで、当時から綺麗な物は普通に好きだ。今は性別を含めた立場への自覚もそれなりにあるので、貴族淑女としての勉強にもなる『王妃様の庭園』を見る機会を喜ばないワケがない。

 ちなみに庭園の設えを指示するのは女主人の役目である為、学園の淑女教育でも多少習う。だが触れる程度で『貴族淑女たるもの積極的に社交に勤しみ、他家の茶会などでセンスを磨け』的なお説教じみたやつだったりする。


「……殿下はお嫌です?」

「フン、別に嫌でもない。 昔何度か行ったことがあるだろうが、と思っただけだ」

「そりゃあそうですが、色々変更なさっておいででしょうし。 それに当時で覚えているのは庭園の美しさよりも『そこでなにをしたか』の方ですもの」

「!」


 ナサニエルの妙な気の利かなさから、一連の流れに作為的なモノを感じたオリヴァーだったが、イヴェットが嬉しそうなだけに文句も言えず。

 しかも当時呼ばれたのは、イヴェットやナサニエルなど極一部の子供のみで、女児はイヴェットだけ。男児は言い含められていたのかイヴェットに構うことはなく、複数での遊び以外で彼女と遊んだのはオリヴァーしかしない。


 つまり『そこでなにをしたか』という記憶は、『オリヴァーと遊んだ記憶』にほかならないのだ。そりゃあ、余計に文句も言えない。


 代わりに「ぐぬ……なんてあざといヤツだ……!」とモゴモゴと口の中で呟きつつも満更でもない感じの主に、ナサニエルも思わずにっこり。そこにツッコミが入らないうちに、ナサニエルは『当時の話題』として予め用意していたゲームの話をし、ふたりをカードゲームへと誘導。


 その日は平和にカードゲームで盛り上がり、翌日は会話に花を咲かせながら、庭園の中を無意味な程に歩いた。


 それはとても楽しく、7年の空白を埋めるような時間だった──





 ──けれど。


「イヴェット? どうした」

「……お父様」


 帰りの馬車が動き出して暫く。なにやらイヴェットは、唇に手を当てて思案顔だ。

 そんな娘の様子にホレイショは、自身の複雑な気持ちの中から、彼自身の為に存在する都合のいい解答を導き出して言う。


「やはり殿下との時間は苦痛か?! ならば──」

「いえ、今日も楽しく過させて頂きましたわ」

「そ、そうか………………チッ」

「やだわお父様、舌打ちなんてお下品でしてよ」


 父と他愛ない会話をするイヴェットは、既にいつも通り。だがその実、そこはかとない不安を感じていた。


「……早く魔女様がいらっしゃらないかしら」

「イヴェット?」


 不意に漏らしたその呟き。

 ホレイショは喜色満面で勢いよく娘の名前を紡ごうとしたが、様子を見た途端にそんな気は失せ、質問として返した。


 イヴェットの心配事はオリヴァーの体調……有り体に言うと『食欲異常』だ。


 骨だった時には飲食をしなかったオリヴァーは、一体どう肉体を維持していたのかが疑問。

 おそらくは魔力──ただ、人間の体内にある魔力はそう多くはない。体力同様、回復もするけれど、だとしてもきっと睡眠だけでは足らない。


「……もしかしたら殿下の食欲異常は、骨になった時間分の栄養補給では……と」


 イヴェットは声を潜めた。


 もしそうだとすると、たまたまイヴェットが看破して、たとえ半日であれすぐ肉体が元に戻ったことは、相当運が良かった(・・・・・・・・)のではないか。


「──イヴェット」


 これにはホレイショも思うところがあった。


 元気で日中元に戻ったとはいえ、オリヴァーの問題は解決はしていないのだ。


「お前の心配はわかった。 だが第二王子であらせられる殿下への周囲の体調管理は徹底されている筈だ。 魔術師達もいる」

「お父様」


 本当は不安を表に出さなかった娘を褒めてやりたいところだが、自身への反省も含め『弁えよ』とやんわり言うに留めた。


 自分達より能力の高いものがオリヴァーの様子を見て考え、判断しているのも事実。それくらいのことはとっくに気付いている筈だ。悪戯に不安を煽るような言葉を口にすべきではない。


「私達もいる。 大丈夫だ」

「……はい」


 返事は低く静かな声だったが明瞭で、それにホレイショは安堵する。




 窓の外では日が傾き始め、気付かぬうちに空を別の色へと染めている。水彩絵の具のように透き通りながら混じる、赤と紺。

 呪いの時間はもう始まっていた。


【おまけ:その後の父娘の会話】

イヴェット「ところでお父様、狼の骨の件ですが……」

ホレイショ「ん? 狼のホネ?」

イヴェット「え?」

ホレイショ「え?」

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「ぐぬ……なんてあざといヤツだ……!」←これよ、これ!♡ 「骨とて狼」が「狼の骨」に(笑)
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